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華のパーティー

「私達はここの支払いをして、ホテルに戻ってから準備して参ります。手筈どおりお願いしますね。一番危険な役をお任せして申し訳ございませんが、良い結果を祈っております」

「いえお気になさらず、こちらは任せてください」


 そう言葉を交わし、店前でナフィーサとサイードと別れ、メリッサ達は車に乗ってボルドア卿のパーティーへとそのまま向かった。



 明かりが灯り出した夜の街を颯爽と走る高級車。革張りでふかふかとした座席の広々とした車内で、快適なドライブと言いたいところだが、重い沈黙が充満していた。

 先ほどから、クロードは何やら本を読むことに集中している。

 一方のメリッサはというと、潜入に対して緊張し、言葉を発する気にはなれなかった。


「ボルドア卿邸宅に着きました。エントランスまでお送りいたしますので、もう少しお待ちを」


 沈黙を破ったのは、運転手だった。

 彼の言葉に反応して、メリッサがフロントガラスの方を見ると、大きな門が目の前に迫っていた。門構えからして、ボルドア卿の権力の大きさが分かる。

 その大きな門を潜ると見えてきたのは広大な庭。そこには車が通れる道が整備され、木々も丁寧に刈り込まれ、鬱蒼とした雰囲気はない。所々に照明器具も焚かれ、公園といった表現の方がしっくりくるぐらいである。


「お待たせいたしました」


 先に来ていた数台の車の後ろで、しばし順番待ちをしてからエントランスに横付けすると、運転手がドアを開けてくれた。

 「ありがとう」と言ってメリッサが、差し出された運転手の手を取って車外へと出ると、クロードが既に待っていた。


「では、良い夜を」

「ああ、ありがとう」


 クロードが、爽やかに微笑むと運転手の胸ポケットにチップを差し込んだのだが、その光景にメリッサは驚いた。

 クロードが自然に、かつ爽やかに微笑んでいるのだ。

 いつもの客の前での猫かぶりでも、あんなに爽やかには笑わないぞ……そんなことを思っていると、次の彼の行動に更に驚かされることになった。


「さ、手を取って」


 そう言って、メリッサにも、その貴公子スマイル(爽やかな笑顔)を向け、手を差し伸べたのだ。


「……え?」


 完全に、呆気に取られてしまった。

 誰だ、お前は。

 その時、メリッサはそう思わずにいられなかった。


「……何をしている愚図、さっさと手を取って、我と腕を組め」


 笑顔のままクロードが囁いた。話し方はいつもの冷たい感じなのに、顔は爽やかな笑顔である。正直、気味が悪い。

 メリッサは、予想外のことに我を忘れかけたが、彼の言葉に、すぐに潜入だということを思い出した。

 そう、クロードは既に招待客という上流階級の人間を演じていたのだ。

 メリッサは気を取り直し、彼の手を取って近づくと、彼と腕を組んだ。


「さ、行こうか」

「……はい」


 クロードにエスコートされながら、しゃなりしゃなりと歩く。

 メリッサはパーティーの様な、社交界というもの自体は初めてではなかった。こういった場所での所作も心得ている。というより、マリアにみっちり仕込まれたという方が正しいが。

 何せよ、こういった場での振る舞いは難なくこなせた。

 一方で、クロードは先ほど車内で読んだ『華麗なる社交界デビュー(男女同伴編)全450ページ図解付き』を完全に暗記しているため、人格から挙動まで全て社交界にふさわしいものに変えることが出来ていた。

 若干、メリッサの笑顔がぎこちないことを除けば、どこから見ても社交界に参加するお似合いの2人だ。


「ようこそいらっしゃいました」


 入口で屋敷の使用人に招待状を見せたが、他人の招待状であることなど微塵も感じさせない堂々とした振る舞いで、2人は難なく中に入った。


「……凄いな」

「たわけが、あまりキョロキョロするな。目立つだろうが」


 歩きながらひそひそと話す2人。

 まだ廊下を歩いているだけなのだが、ボルドア卿の邸宅は、まるで宮殿のような華美な装飾で彩られ、眩いほどの内装であった。

 赤絨毯に沿って、廊下を少し歩くと、中央に階段を備えた広場に出た。

 中央の大理石の階段を上り、使用人が2人控える大きな扉の前まで行く。どうやら、パーティー会場は、この扉の向こうの様だ。


「いらっしゃいませ」


 使用人によって開かれた扉を通って中に入った。扉の向こうは、廊下以上に煌びやかな空間が広がっていた。

 ダンスホールと言われる広場である。そこは、眩いというより、もはや目のくらむと表現した方が正しいくらいに、飾り立てられた場所だった。

 ホールには、メリッサ達同様に、着飾った貴族や有力者たちが、酒の入ったグラスを片手に思い思いに歓談に興じていた。


「お飲み物はいかがいたしますか?」


 入口を通ってすぐにカウンターがあり、そこに立つ使用人がメリッサ達に飲み物を聞いた。


「赤ワインを貰おうか。肉料理に合う奴で頼む」

「かしこまりました」


 しれっと酒を頼むクロード。


「……おい、任務で酒を飲むつもりか」

「こんなもので酔うわけがなかろう。それに酒でないと目立つだろ」


 周りに聞こえない様に、小声でひそひそと話す。


「お連れのお客様は?」

「えっと……私も彼と同じものを」 

「かしこまりました」


 結局、メリッサもワインにした。目立つわけにはいかないからと自分に言い聞かせた。横でクロードが鼻で笑う音がしたが、それには無視を決め込んだ。


「お待たせいたしました。立食形式になっておりますので、あちらから料理の方をお取りになりまして、ご自由にお召し上がりください」


 使用人がワインの入ったグラスを渡しながら、並べられた机の上に並ぶ豪勢な料理を指して言った。


「ありがとう。ところで……私達は今回初めてこのパーティーに招かれたんだが、恥ずかしくて周りに聞けなくてね。君、ちょっと教えてくれないか?」

「はい、何でございましょう?」


 ごく自然に微笑みながら、クロードが使用人に問いかけた。何度見ても違和感の酷い光景だと思いつつ、メリッサは黙ってそれを見守る。


「向こうの舞台の上で、楽団が演奏しているだろ? でも舞台の形がT字の様に変わった形をしていて、細く前方に突き出しているね。あれは今夜の出し物に関係あるのかな?」

「ああ、あれでございますか。あれは、ランウェイといって、ファッションショーの際、モデルがあそこを歩くんですよ。お客様に商品が見やすいように」

「ファッションショー? 珍しいものが買えるとは聞いていたが、珍しい物とは服なのかい?」

「はい、ボルドア様が世界各地から集められた素材を使って作った素晴らしい服や装飾品です。皆様、いつも喜んで買って行かれますよ」

「なるほど」


 クロードと使用人が喋っていると、1人の男が話しかけてきた。


「どうかされましたか?」


 その太って丸々とした男は、まるで卵に手足をくっつけた様な風体だった。


「ボ、ボルドア様!?」

「お前、このお客様に何か粗相をしたのか?」


 びくりとして姿勢を正す使用人を、太った男――ボルドアがぎろりと睨んだ。


「いえ、彼には今宵の出し物のお勧めを聞いていたんですよ。といっても今宵はどれも素晴らしい品だから、全てお勧めだって言われちゃいましたけどね」


 クロードがにこやかに、2人の間に入った。


「ああ、そうでしたか。いやはや、本日はどれも素晴らしい品ばかりですので、ぜひご購入していってください。そちらの綺麗なお嬢様にもぜひ」


 ニヤリと笑うボルドア。その舐める様な視線がメリッサをじっと見つめた。


(うっ……気持ち悪いな……)


 彼の視線に気づいたメリッサは、鳥肌が立つのを感じた。ただ、不快さを表情に出さないようにして、努めて笑顔を浮かべる。


「では、パーティーをお楽しみください」


 そう言って、ボルドアは他の客に挨拶をしに2人の前から離れていった。

 メリッサ達も少ししてから、カウンターを離れ、ホールの隅に歩いて行った。


「さて、この広い屋敷のどこにシルクタイトがあるかだが……」


 メリッサが、ワインに口を着けながら、目だけを動かして辺りを窺った。


「シルクタイトとやらはこの宴で貴族たちに売ることが出来る様に、何かに加工されているのだろう?」


 同じように、目だけを動かしながらクロードが言った。その彼の質問に、メリッサが返す。


「それは恐らくアクセサリーだろう。今は禁止されているが、昔は、磨き上げると七色の光を放つ宝石として珍重されたんだ。そのせいで次々と発掘され、希少種になってしまったんだがな」

「では、どこかに商品として保存してあるわけだな…………どうやら、ファッションショーの後に商品を購入するようだな。オークションの様に一点ものではないらしい。数は多そうだぞ」

「また、聞き耳を立てたのか?」

「そうだが?」

「まったく、恐ろしい地獄耳だ」


 クロードは聞き耳を立てて、招待客たちの会話から情報を収集していた。

 彼曰く、人間の聴覚でも、その力を最大限に活用すれば、雑然とした場所だろうと離れた場所の特定の人間の会話を聞くことができるらしい。

 ただ、そんな真似は悪魔である彼しか出来ないだろうが。


「む……ボルドアのやつ、何やら使用人に指示を出しているな……準備……もう少し……駄目だな、ここからでは流石に全ては聞き取れない」


 クロードは、ホールの隅、柱の陰で使用人と話しているボルドアの方に歩き出した。


「娘、ここで待ってろ。もう少し接近して話を聞いてくる。商品の場所について何か分かるやもしれぬ」


 そう言い残して、さっさと行ってしまった。

 メリッサは、追いかけることもできず、諦めてその場に留まり、彼が戻るまでワイン堪能することにした。

 流石は権力者のパーティー、主人に好感は持てないが、ワインは一級品で美味だ。

 グラスに顔を近づけ、しみじみと香りを楽しんでいると、突然、声を掛けられた。


「ワイン、お好きなんですか?」

「え?」


 声の主に視線を向けると、金髪が鮮やかな1人の男が立っていた。すらっとした長身に甘いフェイス、白いタキシードを着こなす、正に貴公子という言葉が似合う青年だった。


「あ、はい」

「ふふ、私も自分の領地でワインを製造するくらい好きなんですよ。あなたとは気が合いそうだ」


 にっこりと微笑む若い男性。


「私はミッシェルと申します。失礼ですが、このパーティーには初めてですか?」

「そうなんです。あまり勝手が分からなくて。お見苦しい姿を晒して、悪目立ちしていましたでしょうか?」

「貴女が目立っているのは間違いないですね、ただ、美し過ぎてですが。貴方の様な美しい人なら覚えているはずなので、初めてのお方かなと思ってお声がけした次第です」

「そ、そんな美しいなんて……」


 メリッサは頬を赤く染めた。


「ふふ、事実ですよ。ところで、初めてということなら、私と一緒にショーをご覧になりませんか? 色々と教えて差し上げますよ」


 ミッシェルが手を差し出した所で、別の方向から、別の男の声が掛かった。


「そのお誘いには、僕も名乗りを上げさせて頂きたいですね」


 声の方を見ると、栗色のウェーブ掛かった髪の青年がいた。ミッシェルより年下の感じだが、こちらも、くりっとした大きな瞳で端正な顔つきの美青年だった。


「マドマゼル。あなたのエスコートは、このシャルルにお任せください」


 シャルルというこの青年も、メリッサに誘いの手を差し出すのだった。

 しかし、当然、ミッシェルは面白くない。


「おや、シャルル君、年中領地で花の栽培ばかりしてる君には、甘い蜜の味は分かっても、熟成した大人の味であるワインは分かるまい?」

「確かにワインは分かりません。でも可憐な花が浮名の垂れ流す様な悪い虫に食い荒らされるのは、見ていられないんですよ」


 笑顔のまま、2人の視線が火花を散らす。


「え、えっと……」


 2人の貴公子の間で、メリッサはおろおろとするだけだった。

 そこにまた、別の人物が現れた。


「まったく、若い人たちは血気盛んでいけませんな。そんなに目を血走らせて、お嬢さんが怯えているではありませんか」


 今度は30代後半ぐらいの、髭を生やした男性だった。彼も背が高く、柔和でダンディーな印象を受ける顔をしていた。


「どうですかお嬢さん、このサイモンに、今宵貴女の騎士を務めさせては頂けないでしょうか? あなたの様な麗しき姫に群がる若い狼は、私が追い払いましょう」


 三者三様に、凛々しい貴族の男たち。彼らは社交界では有名な貴公子たちなのだろう。その証拠に、会場にいる女性客たちが、彼らに熱い視線を向けている。

 そんな二枚目達が、メリッサ1人を競って誘う。

 メリッサは生まれて初めての経験に戸惑った。もちろん男性に誘われること自体、初めてだった。


「……え、えっと」


 誘いは断らなければならないのだが、上手い言葉が見つからない。

 男たちの期待に満ちた熱い視線が、彼女に注がれる。

 メリッサが苦慮していると、突然、4人目の男が、メリッサと男たちとの間に割って入り、立ちふさがったのであった。



なんか乙女ゲーの逆ハーレム展開みたい……なのかな?


乙女ゲーやったことないから、わかりましぇん!

とりあえず、メリッサのモテ期到来(´ω`)


次回、メリッサお嬢様ラブコメの予感です!

マリアさんにばれたらヤバい(-_-;)

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