憧れのドレスアップ
30分程してから、サイードが戻って来た。部屋に入って来た彼の手には、赤い上質紙の封筒が握られていた。サルマンから受け取った招待状である。
サイードは、それをソファに腰掛けるナフィーサに手渡した。
「こちらが招待状です」
「ありがとう、サイード」
早速、ナフィーサはその封筒を開き、中から招待状を取り出した。そこには、ちょっとした挨拶文とパーティーの日時と場所が書いてあった。
「パーティーは、今夜19時からですか……あら? 宛名が無いですね。サルマン様宛になっていると思っていましたから、私達が代理だって一筆頂く必要があるかと思いましたが……」
「おそらく、非合法な取引のあるパーティーですから、参加者の名前が後の証拠にならないようにしているのでしょう。失礼します――」
サイードはそう言って、ナフィーサの持つ招待状に手をかざした。
「魔法による刻印等もありません。完全な無記名の招待状ですね。周到なことだ……しかし、これはこれで都合がいいですが」
「というと?」
「この招待状さえ持っていれば、誰でも入れるということです。主催者側は来る人間が誰なのかはチェックしてないのでしょう」
「なるほど、チケットみたいなものね。でも、チケットとなると潜入できるのは、2人だけですね」
ナフィーサは重なっていた招待状を分けると、両手に持って向かいに座るメリッサとクロードに見せた。
「では、私とクロードで行って参ります」
「おい、我を含めるな」
メリッサの答えに、クロードが彼女の方に渋い顔を向けて言った。
「ロゼッタを助けるんだ、私達が動かないでどうする。それにナフィーサ様を危険な目に合わせる訳にいかないし、サイードは私達がいない間、ナフィーサ様を守る。残るは私とお前だけだろ」
「では、貴様だけで行けばいいだろ」
2人のやり取りを横で見ていたサイードが、ふふっと笑って言った。
「このパーティーは同伴者がいないと入れないぞ。招待状を受け取った時にサルマンが教えてくれた。男女のペアでないと駄目だとな」
「そういうことだ、クロード」
クロードは舌打ちして顔を背けた。
その態度にメリッサは、してやったりという内心の気持ちが、くくっという笑いに出た。
クロードの不満げに睨む視線を躱して、ちらりと時計を見ると、既に時刻はもうすぐ16時である。
移動時間も考えると残り2時間程だ。
「さて! 潜入するからには準備をしないと! メリッサさんとクロードさんのお召し物を揃えに行きましょう!」
突然、ぱんっと手を叩き、ナフィーサが急に声のボリュームを上げた。一方のメリッサは、一瞬、ナフィーサが言ったことが上手く理解できなかった。
「……ん? お召し物って……あ!」
そう、パーティーに行くからには正装が必須である。女性のメリッサであれば、ドレスに装飾品、化粧とドレスアップしなければならない。潜入することばかりに気がいっていて、自分が着飾るなんて考えていなかった。
ドレスに化粧なんて全くしないぞ……と普段と違う恰好をすることに不安がよぎる。
「さぁ、行きましょう!」
「そうなると思い、先ほど招待状を貰いに行くついでに、ホテルの人間に言って高級車と運転手を手配しておきました」
「さすがサイードです! さ、時間が無いんですから、急いで急いで!」
ナフィーサの声が弾んでいる。
どうやら買い物に行くことに、はしゃいでいるようだ。王女であっても年頃の少女ということだろう。
しかし、メリッサには、それとは別のことでも彼女がはしゃいでいる様に感じ、その姿が普段買い物に一緒に行く時のマリアと重なって見えた。
♦ ♦ ♦
「うーん、こっちの紺色かなぁ……いや、緑も捨てがたい……」
いくつも並ぶドレスを前にして、ナフィーサがあれこれと悩んでいる。
ブツブツと独り言を呟く彼女の横で、メリッサが見守っているが、その表情は、落ち着かない様な、疲れた様な、なんとも曖昧なものであった。
「メリッサさんは、きりっとした顔立ちで大人っぽいですし、スタイルもいいから、かっこいい感じのドレスがいいと思うんですよね」
「はぁ……」
あやふやな返事を返す。
(同じだ……)
メリッサは思ったーーマリアと服を買いに行った時と同じだと。
服に頓着しないメリッサに、マリアは常日頃から『お嬢様はお美しいのですから、もっとお洒落をするべきです』と言い、買い物に行けば、次から次へと服を選んで試着させるのである。
そして『ああ、お嬢様はどれも似合うから迷うわ』などと言って、メリッサを置き去りにして1人で悩みにくれるのである。
まさに今の状況と同じだ。
「メリッサさんは何でも似合うから、本当に迷いますねぇ」
メリッサに背を向けたまま、棚に掛かるドレスを漁るナフィーサの声が弾む。
今度は独り言ではなく、話しかけてきた。
「私は王女たちの中で末の妹なんですけど、しょっちゅうお姉様たちの着せ替え人形にされてしまうんですよ。でも、今はお姉様達の気持ちが分かる気がします。ふふふ」
なんとも楽し気で鼻歌まで聞こえてきそうな雰囲気だ。
カジュアルな服でもよく分からないメリッサは、ドレスなどさっぱりなので、ナフィーサに任せっきりである。
しかし、ドレス自体に興味が無いわけではない。
むしろ、可愛らしいドレス姿には、密かな憧れもあった。だからメリッサは、悟られないようにキョロキョロと、店内に飾られたドレスを目で漁った。
「こっちは露出が多い……こっちは形がいまいちだなぁ……ん?」
再び自身の世界に浸っていたナフィーサだったが、急に服の裾が後ろから引っ張られた。何かと思い振り返ると、それはメリッサだった。
「えっと……ナフィーサ様……」
彼女は俯いて、若干顔を赤らめモジモジしている。
「どうしました?」
「あの……もし、もし可能でしたら……あのドレスが着てみたいのですが……」
恥ずかしそうに小声で彼女が指したのは、少し離れた所にあるマネキン。それが着ている淡いピンクのドレスだった。
メリッサが服に頓着はしないのは、自分が男勝りなので、一般的な女性の好む、可愛いくて、お洒落な恰好などは似合わないと思っていたからだった。
ただ、人並みに、可愛くありたいと思う気持ちぐらいはあり、そういった恰好に憧れをもっていた。
そのため、今回の特別な機会に、せっかくならピンクの可愛いドレスが着たい、と思いたったのである。
「さっき目に入って……いいなって……あ、いや! 私なんかに似合わないでしょうし、会場で浮いちゃいますよね!? やはり他のでいいです!」
黙ってピンクのドレスとメリッサを見比べるナフィーサ。それに対して間違ったことを言ったと思い、メリッサは慌てて前言を撤回した。
「……いいですね! あれにしましょう!」
ナフィーサがにっこりと笑顔で答えた。
早速、店員に言ってそのドレスを用意させ、試着に掛かった。
そして、少しして、試着室のカーテンが開いた。
「わぁ……」
ナフィーサが感嘆の声を漏らした。今まで何着も試着して、メリッサにはどのドレスも似合うと思っていたが、どこかしっくりこなかった。しかし、目の前にいる淡いピンクのドレスを着た彼女は、言葉にならないほど美しかった。
同姓のナフィーサが見ても、見惚れてしまうほどに。
「えっと……どうでしょう? 変ですかね?」
じっと見られているメリッサは、顔を赤くして、しおらしい声で尋ねた。
「変? とんでもない! とっても可愛いです! まだお化粧も髪のセットもしなのにこんな……可愛い感じのドレスが正解だったとは……」
「あ、ありがとうございます」
言われ慣れない誉め言葉に、嬉し恥ずかしと、彼女はぎこちなくはにかんだ。
「よし! ドレスはこれで決まり!」
ナフィーサが、急にテンションを上げた。普段の彼女の1.5倍はきびきびしている。
「店員さん! このドレスください! あと、ここから着ていきますから、スタイリストさんとメイクアップアーティストさんを呼んでください。あ、あと向かいの宝石店にも連絡して、パーティーに出向くのに適したアクセサリーを見繕って、ここに持ってきてください。大至急で!」
「か、かしこまりました!」
早口で捲し立てるナフィーサの勢いに、店員は慌てて電話を掛けに飛んで行った。
この店の様に高級なドレス店になると、本格的なメイク室を備えており、頼めば専門家を呼んで化粧や髪をセットしてくれ、そのままパーティーに行けるようなサービスが受けられる。
宝石店からの出張セールスは異例だが、ナフィーサの謎の迫力に、店側も対応してくれた。
そんなナフィーサの様子にメリッサは、思った。
(今のナフィーサ様……本当にマリアに似てるなぁ……)
そして、連絡の後、10分もしないでメイクルームに1人の男がやって来た。
両脇にどっさりと道具の入ったバックを抱えている。つかつかとナフィーサたちの近くに歩いてくると、ナスのへたの様な帽子を取って言った。
「どうもぉ、こんにちはぁ、ビューティーデザイナーのSARAでぇす!」
その男は、独特のイントネーション、かつ、軽い感じの口調で、ナフィーサに挨拶を述べた。
「あ、えっと、サラさんですか。可愛らしいお名前ですね。あはは……えっと髪も化粧も両方あなたが?」
正直、相対したナフィーサは彼の妙な雰囲気に面食らっていた。
話し方もさることながら、彼の恰好からして妙なのである。側面がメッシュになった白いズボンに、上半身はベストだけ。ベストの下には、筋肉の塊という表現がしっくりくる裸体が覗いていた。
しかし、その妙な格好の体に乗っている顏は、肩までの金髪が鮮やかな、甘いマスクの麗人だった。にっかり笑う口元に光る白い歯が眩しい。
「そうよぉーあたしはビューティーデザイナーですもの」
再び白い歯がきらりと光った。
「それでぇ、あなたがあたしのキャンパスちゃんかしらぁ? なかなかの逸材ね。興奮してきちゃった」
「あ、いえ、私じゃなくて、こちらの方です」
じっと舐める様な視線から逃れる様に、ナフィーサは横にどいて、彼女の後方に恥ずかしそうに小さくなって控えていたメリッサを紹介した。
「あ、あの、メリッサです……よろしくお願いします……」
着慣れないドレスで落ち着かない様子のメリッサ。それをサラは、食い入るように見つめた。
その表情は先ほどと打って変わって笑みがない。真剣過ぎて険しいぐらいである。
「……やだ、上質なキャンパスどころか、でっかいダイヤモンドの原石が出てきちゃったんですけど……」
そう呟いたと思った後、長い睫毛のついた目が、かっと見開いた。
「いいわ! 化粧台の前に座ってちょうだい!」
サラは、メリッサを座らせると、興奮した様子で、ガチャガチャと持ってきた道具類を辺りに広げ出した。そして、彼女の両肩に手を置いて言った。
「最高に可愛くしてあげるから! 私も久々に昂って来ちゃったわぁ!」
サラは身悶えしながら言った。
メリッサもナフィーサも、正直、妙な格好をした彼の美意識には大いに不安を感じるが、今は彼に任せることにした。
しかし、その不安も彼の仕事ぶりを見るに、杞憂だったことが分かるのだった。
――1時間後
「……完成よ」
「あとは、これを着けて……さ、立ってみてください」
サラが額を拭いながら、化粧台から一歩下がり、それと代わる様に、ナフィーサが銀と宝石が輝くネックレスをメリッサの首にかけた。
そして、メリッサは慣れないハイヒールに戸惑いながらもゆっくりと立ち上がった。
「うわぁ、とても綺麗で可愛いですよ。メリッサさん!」
「着飾ったらこれほどとは……メリッサ……恐ろしい子」
ナフィーサとサラに褒められ、メリッサは照れと喜びを混ぜた笑顔を見せた。自分でも仕切りに鏡を見て、変身の出来栄えにご満悦といった様子だ。
コンコン
メイクルームの扉がノックされた。ナフィーサが、どうぞと答えると、サイードが入ってきた。
「ナフィーサ様、そろそろ向かいませんと……」
「あ、もうこんな時間! クロードさんは大丈夫ですか?」
「はい、準備万端です」
クロードの方は、サイードに付き添われ、別の階の紳士服専門フロアで準備をしていた。ただ、彼の方は30分で早々に支度を終えて、店の1階で待ちぼうけを食っていた。
「メリッサさんも、ちょうど今終わりました。どうですサイード?」
「おお、なんともはや……これほどの美女は、この国にも数人とおりますまい」
「ですよね? 本当にうっとりするほど綺麗です。まるで、お姫様みたい」
王女がお姫様みたいと褒める。これはナフィーサなりの冗談なんだろうか、とメリッサは思いつつ、急ぎましょうと言われたので、特にそれには触れず1階に降りた。
1階ではクロードが、待たされたことに苛ついている様で、腕組みをして待っていた。
その彼も、今はタキシードを着て、髪もかっちりとセットしてあり、正装が様になっている。
メリッサの目から見ても、なかなかの魅力を持った男性になっていた。
メリッサたちの後ろについてきたサラがそれを見て、「いい男がいるわぁ」と身をくねらせていたほどだ。
「どうだ? クロード」
メリッサが、ややはにかみながらも、クロードに対して自分のドレス感想を求めた。
この時、ナフィーサ達に褒められ少し浮かれていた彼女は、普段から見下してくるクロードに対して、見返してやろうという思いがあった。おそらく、仏頂面の彼も少しは面白い表情をするだろうと。
しかし、彼の反応は予想とは異なった。
「さっさと行くぞ。時間が無い」
短くそう言うと、くるりと踵を返して、送迎用の高級車が待つ出口へと歩いて行ってしまった。
メリッサは一瞬、悔しい様な、残念な様な、そんな複雑な気持ちを抱いた。が、クロードに何を期待していたんだと思い、小さな溜息と伴に、そんな気持ちを拭き飛ばした。
そして、微熱の様な浮かれた気持ちを冷まして、宵闇の中、店の前に止まる車に乗り込むのだった。
ビビデバビデブー
いやテクマクマヤコン テクマクマヤコン
いやいや、パラレル パラレル
ええい! 悪魔ならこれだ! エロイムエッサイム エロイムエッサイム
お姫様にな~れ~
次回、華のパーティー




