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「ケイト姉様、姉様のお告げを聞くわ」
思わず私はそう言ってしまった。
だって、間違いないもの。
「もう、からかわないでよ」
「からかってなんかないのよ?真剣なの。マドレーヌに好きな人がいるなら、私は彼女の為になることをしてあげたいの」
「そうね…、けど、違っていたら許してよ?」
「わかった」
姉様は少し考えてから話し出す。
「マドレーヌは恋をしてる、それは間違いないと思うの」
「うん、それで?」
「相手は、多分、私達も知っている人」
「え?」
「それだから、彼女は言い出せない」
「そうなの?」
「彼女は貴女と違って好きな気持ちを前面に出すのが苦手そうだもの。だから押さえ込んでいるんだろうとね、そう思うのよ。でも、それが段々と苦しくなってきてる」
「苦しく?」
「そうね、例えば、想う人に彼女がいることを知ったとか、その方が彼女の事を何とも思ってない事を知ったとか、ね。単に好きって想うだけじゃいられなくなった事が起こってる。だからどうして良いのか分からなくなって、意固地になってる。どう?」
今度は私が思いを巡らす番だった。
だって、心当たりがあり過ぎるんだもの。
なんで気付かなかったんだろう?
あれは、数日前の事。
「今度王太后様のところから家に調理師が来るってきいてますけど、ヴァンさんの紹介って本当ですか?」
マドレーヌだった。
電話口で珍しく早口で、どうしたんだろうかって思った。
「うん、まぁ、そうなるのよね」
「それって、この間教えてくれたルリって子ですよね?」
「うん」
「どのような、子なのでしょう?」
「どのようなって、良い子よ?私は妹みたいに可愛がってるの」
「可愛いのですか?」
珍しく食らいついてくる。
「ええ、可愛いわ。だって、素直だし明るいもの」
「ヴァンさんとは、その仲が、…」
「ヴァンと?仲は良いわ。だって、ルリの作る菓子にヴァンは夢中だもの」
「夢中!」
大きな声でビックリする。
「マドレーヌ?」
「あ、はい」
「どうしたの?」
「いえ、」
「変よ?どうしたの?」
けど、受話器の向こうからは沈んだ声が返って来ただけだった。
「ヴァンさんは、そのお菓子が好きなのでしょうか…」
「ええ、でもね、私も大好きよ?だって、物凄く美味しいの。ルリは天才だと思うのよ」
「天才、ですか…」
なのに、私はルリのお菓子の素晴らしさを語る。
「そうなの、マドレーヌも食べたら分かるわ。そう、近い内にラルと一緒に城に来て?お婆様のところから運ばせてるお菓子を食べてもらいたいの」
「運ばせてる?」
「そうなの、なにせ、ヴァンはそのお菓子に夢中だから私が城に入るって決まった時に渋ったのよ。でもね、どうしても食べたいから人を雇ってね、城に運ばせてるの」
「そこまで夢中…」
「今はね、陛下やシャルまでも楽しみにしてるくらいだから、だから、マドレーヌにも食べて欲しいんの」
「ええ、…」
「あれ?甘い物、嫌いだった?」
「そんなことは…」
「なら、連絡するね?」
「はい…」
あああああ!
馬鹿だ、私は。
その話を聞いた姉様が、とても分かりやすくため息をついた。
「聞いただけで、マドレーヌはヴァンさんが好きだって分かるわね」
「…、そうだね」
「まぁね、ルミーアは城の生活に馴染むのに一生懸命で、気にしてる暇もなかったでしょうし」
「ううん、最低かも、私」
「落ち込まないの」
「でも、」
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、って言うらしいわ」
「なに、それ?」
「お母様が教えてくれた。昔流行ったことわざですって」
「変なことわざだわ」
「でも分かりやすいでしょう?」
「うん。けど、今の私に例えるには、ちょっとズレてるって、思う」
「そ、そうね」
姉様が困ったように笑った。
「貴女も冷静に突っ込む様になったわね?」
「日々鍛えれてますの、これでも」
「そうよね」
真剣な瞳になる。
「で、貴女はどうするの?」
「決まってるわ、ヴァンに確かめるの」
「勝算は?」
「大丈夫、あるわ」
色々と思い出してきた。
多分、あの日からだ。
あの日、2人とも変だったもの。
マドレーヌだけが変ならば片想いかも知れない。
けど、ヴァンも変だった。
シャルが教えてくれたの、ヴァンが無口で気味が悪かったってね。
そうとなれば、何をモタモタしてるのか分からない2人の仲を整理整頓しないとね!
姉様と別れた私は、急いで城に戻った。
そして、だ。
初めてシャルの仕事場に押し掛けてしまった。
「どうした?」
シャルは驚いている、でも、嬉しそうだ。
「ゴメンなさい。けどね、どうしても聞いて欲しい事があったの」
頑張ってやってきたんだけど、やっぱり、仕事場に押し掛けるなんて緊張する。
知った顔もいるけど、知らない方々もいる。
初めて会う方々は珍しそうに私を見詰めてる。
来ちゃいけなかった?
ううん、これはマドレーヌの為だもの、大丈夫。
「ルミーア様、もう暫く時間が掛かります。宜しければ殿下のお隣に腰掛けてお待ち下さい」
「そうね、そうするわ」
「待っていてくれ?」
「はい」
タリだけが部屋の隅に留まり、デイジーは私の部屋へと戻る。
活発な議論が交わされているのを初めて見た。
シャルの言葉を聞いているだけじゃなくて自分の意見を述べて、反論とまではいかないけれど疑問を呈している。
詳しくは分からないけど、聞いてるだけの私もワクワクしてくる。
凄いね、こうやって国が動いていくんだ。
数十分の後に、部屋は静かになる。
議論を交わしていた人達は一人一人私に別れの挨拶をして去っていった。
「どうした?」
熱気に当てられていた私をシャルは気遣ってくれた。
「熱いなって、思うの」
「そうだな、皆、国の為に真剣なんだよ」
「素敵ね」
「ああ、だから、俺ももっと成長しないといけないんだ。この国を、他の国に負けないようにしないといけないからな」
「うん」
セバスチャンが冷たいライムジュースを運んできてくれる。
「ありがとう」
「いえ」
私は少し咽喉を潤すとシャルの手に触れた。
「うん?」
「シャルのことが、好きよ?」
「知ってる」
その瞳が優しくて安心する。
「で、急にどうしたんだ?」
あ、そうだった。
「前に、ヴァンが無口になったって言ってたでしょう?」
「そうだな、そんなことがあった」
「どうしてそうなったか、私、多分、分かったの」
「ミア?」
「だから、シャルに聞いてもらって、私に協力してもらいたいの」
「?」
話が見えないって顔をしたシャルに、私は姉様との話をした。
だって、絶対に、ヴァンはマドレーヌを気にしている。
そして、マドレーヌはヴァンが好きに決まってる。
「腑に落ちるな…」
「でしょう?」
「ああ、納得できる」
シャルが頷く。
「で、俺に何をさせたいんだ?」
「一緒にヴァンの話を聞きたいの、いいでしょう?」
「一緒に?」
「だって、ヴァンの饒舌は私だけじゃ丸め込まれるもの」
「それもそうだ」
「お願い?」
「わかったよ。じゃ、ヴァンを俺達の部屋に呼ぼう。その方が色々と聞けるだろう?」
「そうね」
オルタンス家の屋敷から戻ったヴァンを私達は呼びつけたんだ。
暫く更新はお休みとなります。
続きは必ず書きますのでお待ち下さい。
それはもう、必ずです。