冬のクローバー⑤
【*冬のクローバー⑤*】
私と悠人君は二人揃って聞き返していた。
春陽ちゃんの口からシスコンなんて単語が出てくるなんて思わなかったから。
「春陽、シスコンってどこで聞いたんだ? 果歩の姉ちゃんか?」
「ちょっと、私はそんな事言わないよ!」
悠人君に両肩をガシッとつかまれ春陽ちゃんはキョトンとしている。
私の事は無視ですか?
「カズキ君だよ」
「カズキって、たしかタツキの弟だな。その話詳しく話せるか?」
「うん。この前果歩ちゃんが家でお兄ちゃんの話をすると、咲歩お姉ちゃんの機嫌が悪くなるって話をしててね。果歩ちゃんとお兄ちゃん達がケンカでもしたのかなって話をしてたの」
果歩、今日から私は果歩の宿題みてあげないからね!
機嫌が悪くなったのは、果歩が春陽ちゃんの家に連れてけとか、春陽ちゃんにお手紙書くから、私にも悠人君に手紙を書けってうるさいからじゃないの。
こっちの気も知らないで。
春陽ちゃんがらみでなぜか私まで一緒に何かをやらせようとしてくるから。
「それで、どうしてタツキの弟のカズキが出てくるんだ?」
私がおしゃべりな果歩を恨めしく思っていると、春陽ちゃんが突然私に声をかけてきた。
「お兄ちゃんって口が悪いしカズキ君が言ってたシスコンで、今まで係りのお仕事もしてなかったみたいだから。咲歩お姉ちゃんを怒らせちゃったんじゃないかと思ったの。咲歩お姉ちゃんゴメンなさい」
私は焦ったよ、小さい子に謝られるなんて想像してなかったから。
私は春陽ちゃんの頭を撫でた。
「たしかにお兄ちゃんはちょっとお仕事してなかった時もあるけど、最近はやってくれてるよ」
「でも今、咲歩お姉ちゃん一人で本を運んでたよ?」
これは困った、春陽ちゃん鋭いね。
「え〜……とね、実はお仕事は代わり番こでやってるの。今日は私がやる番。ところで春陽ちゃんはカズキ君から何を聞いたのかな?」
春陽ちゃんの横で悠人君が、何か言いたげな顔を私に向けてくるけど私も無視。
「カズキ君がシスコンは妹バカだって、カズキ君自分のお兄ちゃんが言ってるのを聞いたんだって。わたしのこと、シスコン女だってチクチク言葉を言ってきたの」
まったく、男の子って……。
「春陽ちゃん、私もお兄ちゃんはシスコンだと思うけど、私はそれは良い言葉だと思うよ」
「どうして?」
春陽ちゃんがわからないと首を傾げる。
「妹バカって言うのはね、お兄ちゃんが春陽ちゃんを大好きで、いつも春陽ちゃんの事を気にしてる。そんな風に妹に優しいお兄ちゃんの事を言うんだと思うよ」
春陽ちゃんの顔がぱあっと明るくなった。
「悪いことじゃなかったんだね!」
「カズキ君はたぶん春陽ちゃんの事が羨ましかったんじゃないのかな」
「わたしのことを?」
「春陽ちゃんも悠人君もとっても仲良しだから」
「わたし咲歩お姉ちゃんの事大好き!」
春陽ちゃんが突然私に突進して来て、私は後ろによろけて床にお尻をつけた。
春陽ちゃん、なんて可愛すぎるの!
しがみついてくる春陽ちゃんの頭をよしよしと撫でる。
「私も春陽ちゃん大好きだよ」
春陽ちゃんが顔を上げて聞いてきた。
「咲歩お姉ちゃん、お兄ちゃんの事は?」
「えっ?」
そこを聞かれると正直かなり困る。
春陽ちゃんの期待の込められた眼差しが……ううっ、痛いよぉ。
「お兄ちゃんも好き?」
この質問に悠人君本人を目の前にしてどう答えろと?
私が言葉を探していると。
「春陽、こいつを困らせるなよ」
「お兄ちゃん、こいつじゃないでしょ。咲歩お姉ちゃん!」
「わかったわかった。咲歩をあまり困らせると嫌われるぞ」
えっ、ちょっといきなり呼び捨て!?
悠人君からしたら、特に意味はないんだよね。
春陽ちゃんがおずおずと聞いてきた。
「咲歩お姉ちゃん、お兄ちゃんを嫌わないで?」
ああ、もう春陽ちゃんの可愛さにはかなわない。
「大丈夫。お兄ちゃんの事嫌ってないよ」
春陽ちゃんがまた笑顔を向けてくれた。
うう〜ん、天使だよね。
うちのうるさい妹と春陽ちゃんをトレードしたいくらい。
天使の笑顔に思わずにこにこしていると。
「じゃあ、わたしのお姉ちゃんになってね!」
「もちろん、喜んで!」
と、即答する私に春陽ちゃんは、悠人君にも天使の笑顔を振りまいた。
「お兄ちゃん、咲歩お姉ちゃんと結婚できるよ。良かったね!」
「えっ……?」
今のお姉ちゃんになってね、はそういう意味だったの!
即答しちゃったよ。
「あの……春陽ちゃん……」
訂正した方が良いよね。
でも、困った。春陽ちゃんを傷つけずにどうやって言おう……。
悠人君に視線を向けると、ため息を吐いている。
「春陽。ちょっとこいつ……」
「咲歩お姉ちゃん!」
春陽ちゃんがすかさず注意すると、悠人君はすぐに降参と両手を見せた。
「わかったって。咲歩と話があるから校庭で遊んでられるか?」
「良いよ。話が終わったら三人で一緒に帰ろうね?」
えっ、ちょっと待った。
「三人でって、私も入ってるの?」
「もちろんよ。だって春陽のお姉ちゃんだもの」
春陽ちゃんは校庭で待ってると言って、天使の笑顔で手を振りながら階段を降りて行っちゃった。
話ってなんだろう? 気まずい。
とりあえずこの本は片付けないと。
私がダンボールいっぱいの本を運ぼうと箱を抱えると、悠人君にダンボールを取り上げられた。
「咲歩はぼーっとしてるからな、また落としたら二度手間だ」
「うっ、ゴメン」
悠人君、相変わらず直球だなぁ。
春陽ちゃんに接するみたいに、みんなにも接したら女子ともうまくやっていけると思うのに……。
悠人君は階段を上りながらぼそりと呟いた。
「悪い、今のはその……悪口とかバカにして言った訳じゃなくて」
必死に弁解している悠人君。
悪気があって言った言葉じゃないんだね。
「うん、悠人君の言いたい事はわかったよ。とりあえずこれ片付けようよ。春陽ちゃん待ってるから」
「お、おう」
私と悠人君はクラスの本棚にダンボールの本を入れていった。
「この前は悪かった」
悠人君が図鑑を持った手を止めて私に話しかけてきた。
「何の話?」
私も作業の手を止めて悠人君を見ると、悠人君は気まずそうに視線を逸らした。
「黒板の落書き。あの時はクラスのヤツらにからかわれて頭にきたのもあるけど、ちょっと混乱してたって言うか。後から冷静になって考えてみたら咲歩の字じゃなかったんだよな」
私の字を覚えてくれてたんだね。
なんだかぽわぽわして、ちょっと嬉しいかな。
「誤解が解けたならもう良いよ」
悠人君は拳を握ると、ずいっと近寄って来た。
「いや、良くない。オレ、ずっと言おうと思ってたんだよ。咲歩に謝まろうって。でも、色々酷いこと言ったし、許してくれないんじゃないかって思ったら言い出せなくて……」
悠人君は一気にまくし立てて、言葉を切ると勢い良く頭を下げた。
「たった今春陽の話を聞いて犯人もわかった。今さらだけど咲歩を疑って悪かった!」
私は手に持っていた百人一首解説集に目をやった。
「ショックだったよ。消しゴム窓に投げ捨てられたり、犯人扱いされたり。家に帰ってからわんわん泣いちゃったんだからね」
悠人君が言葉を詰まらせた。
「オレ、その辺にいる女子と違うってわかってたのに、咲歩のこと傷つけたな。一番気の合うヤツだって思ってたのに……ホントにごめん」
さっきの勢いは何処へやら、悠人君は一瞬にして沈んだ顔でまた頭を下げた。
反省してくれてるみたいだね。
それに私の事を友達と思っていてくれてたんだ。
なんだかむずむずするけどすごく嬉しい!
「もう良いよ。今のはウソだから」
顔を上げた悠人君に向かって私はにっと笑うと、悠人君はぽかんと口を開けた。
「は? ウソ?」
「うん、ウソだよ。頭にきた事もあるけどわんわん泣いたりしてないよ。あんなヤツ知るかーーって、思った……」
「泣かれるのもまいるけど、それはそれでなんだかイヤだな」
複雑な表情を浮かべる悠人君に私はまた、にっと笑う。
「それも冗談だよ」
悠人君の顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「お前なぁ……。オレ を玩具にするなよ!」
悠人君が図鑑で私の頭をポンっと軽く叩いた。
「ごめんごめん。でも、これでおあいこね。それよりどうして消しゴムを学校に持って来たの?」
悠人君は宙を見ながらポリポリ頭をかいている。
「春陽のヤツが勝手にオレの筆箱の中に入れたんだよ。それをたまたまクラスのヤツに見つかってあんな騒ぎに……」
「そっか。そうだったんだね」
消しゴム事件はたまたま運が悪いのが続いただけだったんだ。
私は持っていた百人一首解説集を悠人君に渡す。
「じゃあ、また係りよろしくね」
悠人君は私の本は受け取らずに、上着のポケットからうさぎ柄のお年玉袋を取り出した。
「これ……」
「くれるの?」
「この前の消しゴムのお礼だ」
「お礼は良いよ、消しゴムなくなっちゃったでしょ? あれはクローバーのしおりのお礼のつもりだったから。お礼のお礼ってなんだか変だね」
私がふふっと笑うと、悠人君は反対側のポケットから何かを取り出して私の前で手の平を開けた。
「あっ!! これ、私が探しても見つからなかったあの消しゴムだ。悠人君が見つけて持っててくれたの?」
あの日、先に帰ったと思ってた悠人君は、消しゴムを探して下校が遅くなったたんだね。
この消しゴム、使った形跡がない。
もしかして、大事に取っておいてくれたのかな?
「イニシャル間違えてるし、作り直すね」
私が受け取ろうとしたら、悠人君は手の平を閉じて消しゴムをポケットの中にしまっちゃった。
「こ、これは貰っといてやるよ」
「イニシャル間違えてるのに良いの?」
「咲歩はオレがやったのなくすなよ」
「あ、そうだった。この袋の中には何が入っているの?」
小袋を開けてなくすなと言われた物が何かを確認すると、手作り消しゴムが出てきた。
消しゴムのお礼に消しゴムってなんだか面白い。
あれ、イニシャル入りだ。
「Y・Sって悠人君、私のイニシャル間違えてるよ。この前私に名前が先だって教えてくれたよね?」
悠人君は突然すごい速さで本をしまい始めた。
やる気満々の悠人君って珍しい。
本の整理に集中しながら返事が返ってきた。
「きっと咲歩の間抜けっぷりがうつったんだな。同じ係り同士記念に貰っとけ!」
耳を赤くしてぶっきらぼうに言う悠人君の顔は見えない。
友達記念って事かな?
「悠人君ありがとう! 私も手伝うよ」
二人でやったら本の整理はあっと言う間に終わっちゃった。
家に帰ってから、消しゴムを目ざとく見つけた果歩が私にこう言った。
「お姉ちゃんこれおまじない消しゴムじゃん! バレンタインのお返しにもらうなんてすごい!」
「は? なんの事?」
「知らないの!? イニシャル入りの物を片方が渡すといつも一緒にいようね。だけど、交換すると想いは一つって意味なんだよ」
「想いは一つ……?」
「その交換をバレンタインとホワイトデーにやると、効果抜群なんだって!」
もう、開いた口がふさがりませんよ。
なんなのそのおまじない!
私は果歩からおまじないの本を引ったくって確認した……!
確かに書いてある。
だからって、悠人君がこの本を読んで消しゴムをくれたとは限らない。
こんなラブリーな表紙の本、男子が読みそうな本じゃないもの。
それは悠人君に確認できないまま、気がつけば春休みに入っていた。
そして、悠人君と春陽ちゃんは新学期の前に学校を転校して行っちゃった。
*****
新学期が始まって少し経った頃。
春陽ちゃんから果歩に宛てた手紙の中に、私宛のうさぎ柄のお年玉袋が入っていた。
袋の中は四つ葉のクローバーの押し花だった。
それは私達が再会するまで毎年続いた悠人君からの贈り物。
私の宝箱の中には、クシャクシャになった幼なじみからの四つ葉のしおり。
そして、冬に悠人君からもらった四つ葉のクローバー。
毎年悠人君から春に送られて来る、うさぎ柄のお年玉袋と押し花が入っている。
******【*END*】******
いかがでしたか?
「ピュアもキュンも薄いぞ!」とツッコミが入りそうです(*_*)
児童文学?っぽい物に初挑戦してみました(*^_^*)
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!