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38  王都に到着

 イベール子爵領を出て十日。 日が西に傾きかけた頃、朔達は予定通りサルバー王国が王都、サルベル近郊までたどり着いた。


 道中、多少の雨に降られはしたものの、特にこれと言って問題も無く平穏無事な旅であった。


 朝晩の剣と魔術の練習は、旅の間休む事無く続けられていた。 ただ初日以外、部屋割りは大体トーレスと一緒になってしまったので、夜の特訓が出来なかったのが、朔としては残念であった。


「サクは王都に来るのは、初めてだよね?」


「うん」


 王都に興味津々な朔が、馬車から前方を覗き見ていら、ミラベルが話しかけてきた。


 旅の序盤こそは色々あったが、今ではこの世界に不慣れな朔の世話を焼いてくれることも多い。 体質も理解してくれた様で、食事が終われば、嫌がる朔に「わがまま言わないの。 魔術の練習にいくわよ」と手を繋いで、率先して連れて行ってくれるくらいだ。


 父親譲りの赤髪の勝気な美少女に、まるでアニメかラノベに出てくる「お節介な幼馴染」みたいに振舞われ、朔としても嫌な気はしていなかった。 


 しかも、人前で手を繋ぐのが恥ずかしいのか、食事の後、毎回ミラベルの顔がほんのりと赤く染まっているのも、朔としてはポイントが高かったりもする。


 残念ながらその後には、女性陣による魔術の習得練習と言う名を借りた、羞恥プレイが待っているのだが、それでも手を引かれると、嬉しくて後ろを付いて行ってしまうのは、男子の悲しいさがだろう。


「いい? 王都は広いし、人もいっぱい居るから、何時もみたいにふらふら歩き回って、どっかいっちゃだめよ? それと、知らない人に付いて行ったら、人攫いに遭うかもしれないから、気をつけなさい!」


 取って付けた様なしかめっ面で、腰に手をあてて朔にお姉さんぶってみせるのも、何時もの事だ。


「わかった きをつける」


 その格好はオバサンっぽいのだけど、ミラベルがやると頑張って背伸びをしているみたいで、とても可愛らしい。


 傍に居るメイドのムルビィも、微笑ましそうにこちらのやり取りを眺めている。


 最後の荷台の住民である、チェミーも絡んでくること無く、タットン達と軽いやり取りをしていた。


 会話の端々から「次の仕事は~」とか、「報酬が多かったから、少し休んで~」とか、聞こえてくる。 どうやら、無事に王都に着いたらチェミー達の仕事は終了で、そこまでの付き合いになりそうであった。


 一時、あまりに朔を構いすぎるので、タルラがチェミーに釘を指したことも有ったが、

「サクちゃんを抱きしめてる時に、ミラベルちゃんの方をチラッと見ると、焼きもちやいてて、すっごく可愛いのよ! それで、止められなくってつい…」

なんて、言い訳をしていたのを、聞いてしまったことも有る。


 朔も子供の頃、友達が他の子と仲良くしていたら、面白くなくて物に当たってしまい怒られた事もある。 確かに(中身だけ)大人になった今では、そんな焼きもちすら可愛く見えてくるのは、仕方の無いことかもしれない。 


 チェミーとしても、すぐに離れてしまうのだから、今の内にこの関係を満喫したかったのかも知れない。 少し前に知ったことだが、タルラと同い年の十七歳だ、元の世界ではまだまだ子供と言ってもいい年なのだから、この後に訪れる別れに対する寂しさの裏返しと思えば、納得もできると言う物だ。


 馬車の中からこの旅の面々を眺めながら、そんな事を考えていると、前方に街が見えてくる。 左右には、どこまで続いているのか一目では分からないほど長い柵が設けられ、街道を挟んで奥へと木と石組みの街並みが広がっている。 そしてさらに向こうには、高い石壁越しに、尖塔の頭が飛び出していた。


 故郷の街並みに比べれば、建物の高さはぜんぜん足りていない。 広さも人口も比べるべくも無いであろう。 なのに道行く人々から溢れ出る活気は、どこか人の生命力の様な物を感じさせられる。 そんな街であった。


 王都への旅ももう終わろうとしている。


良い出会いが出来た物だと、朔は感慨深くこの世界に来てから一月弱を振り返った。 この街に入れば、きっとまた新しい何かが待っていることだろう。 そんな期待に胸を躍らせ、馬車の揺れに身を任せるのだった。



 **********



 王都の中。 とある建物の一室で、数週間前まではドーマと名乗っていた男が、初老の男性と向かい合って座っていた。

   

 街に出れば、どこにでも解け込めれそうなラフな格好の自分と比べ、皺一つ無い執事服を隙無く着こなし、中背の身体で背もたれも使わずに背筋を姿勢正しく伸ばしてソファに座る、白髪混じりの痩せた男性が口を開く。


「例の一行が、到着したようですね」


「へい、事後処理に多少の日時が掛かった以外は、問題なくここまで戻ってこれたみたいで」


 目の前の男こそが、自分の所属する組織のボスである。 本来なら組織の下っ端である自分がこのように一対一で会う事の適わぬ存在で在るにもかかわらず、こちらのテリトリーにまで足を運んでくるあたり、先の報告が気になっていたのであろう。


 自分が見たものが、魔物であったとしても、ボナホート家或いはタルラの手駒であったとしても、無視できる存在でないのは確かの事なのだ。 今頃、城の中では西の国境の森に対して捜索兼討伐隊が編成されているかもしれない。


「にしても困った物です。 囮として送り出したにも拘らず、現地の問題を解決してしまったのですから」


「はぁ、それでこれからいかがしやす? 見張れと言われれば見張りますが」


「その必要は無いでしょう。 シメオン様の事もタルラ卿の事も良く存じています。 性格には多少の問題もありますが、決して力におぼれるような方々ではありません。 放っておきましょう」


「いいんですかい?」


 ボスの意外な言葉に、思わず聞き返してしまう。 自分なりにこの国のパワーバランスを真剣に考えて聞いてみたのだが、どうやらこのボスは、根本的な所での判断基準が違っているようだ。


「えぇ。 それよりも、人攫いの方はどうなっていますか? 郊外の仕入先が減ったせいで、そちらの被害が増えていると聞き及んでおりますが」


「あ、はぁ、一応エサは撒いておきやしたが、受け持ちの所で喰らい付いてくれるかは運任せでやすから」


 言いながらも、自分で撒いたエサには自信がある。 この国では滅多に手に入らない上物なのは間違いない。 問題があるとすれば、エサにその自覚が無いことだけだろう。 先の奴隷狩りの時ように好きに動き回られて、下準備が台無しにされてはたまらない。 それでも、得物が掛からなければ何の意味も無いと、今回の作戦に今回の作戦に付き合ってもらうことにしたのだ。 そんな事情から、ボスの前では下手な事も言えず、曖昧に答えるしかなかった。


 奴隷狩りをしていた連中から聞き出した、トルネリオと言う商人の過去の付き合いを洗い、ようやくつかみかけた尻尾なのだ、ここでの失敗は出来るだけ避けたい。 正確に言うなら作戦が失敗しても良い、その責任が自分に掛かってこなければそれで良いだけだ。


「ふむ、そうですか。 彼の者たちに痛手を与えられたらそれが一番ですから、上手く行くことを願ってますよ」


「へい、努力しやす」


「あ、そうそう、今回私がここに来た理由ですが…」


(来た!)


 ボスの急な話の転換に、心の中で身構え次の言葉を待つ。 ボナホート家に見張りが要らないとなると、本題は別に有る。 作戦の進行状況の確認にわざわざ下っ端の所まで足を運ぶほど目の前に居る人物は暇ではないはずだ。 そこまではこれまで話しながら容易に想像は付く、だが、その内容までは皆目見当も付かない。


「この作戦の成否よって、ウラド殿、貴方の昇進が決まりますよ。 上手く行ったら部下の勧誘にも精を出してくださいね。 今回のエサ役の子も、なかなか見込みがありそうだと聞いております。 期待してますよ」


「…へい」


 ドーマと名乗っていた男は、この組織ではウラドと呼ばれている。 そして、ウラドの所属する組織は、国王直属の諜報機関であり、目の前のボスは王宮で「筆頭従事長」と呼ばれる、現国王陛下の側近中の側近でもあった。 ただ、発足して日も浅い組織でもあり、嘘か本当か、深刻な人手不足で、昇進の際には、自分で部下を見つけ出さなくてはならないと聞かされている。 ましてや、学園の様に訓練施設があるわけでもない様だ。


 そして今回ウラドがエサに使った人物の事も、当たり前のように知られている事実に、肩の力が抜けると共に、胃が痛くなるのを感じていた。


 スラム出身の彼にとっては、昇進などどうでも良い話で、二度とあそこに戻ることの無い程度の稼ぎさえあればいいのだ。 仕事も一人で動いたほうが気楽で良い。 人の責任まで背負い込む気なんて、さらさら無かった。 しかし、組織に属している以上、部下を持てと言われたら、持たなければならない。 世の中、ままならないものである。



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