第19話 死闘(下)
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「ハァー、ハァー」
背中がチリチリする。
木々を薙ぎ倒しながら迫りくる脅威を確かに感じる。
「フゥー、フゥー」
足を止めるわけにはいかないのだが…
どのくらい時間が経った?
どれくらい距離を稼いだ?
クソッ、感覚が曖昧になっている。
走るのを一旦止めて近くの木に身体を預けた。
酸欠でボーっとする頭を振り、息を整えるように一度だけ深く息を吸う。
「スゥー……」
飛竜とのデスレース開始してからずっと俺は休みなく全力で走ってきた。
ここは、足場の悪い森で薮や野生の木々がそこらに溢れている。
本来ならそんな森をこれだけ動き回るのは不可能である。平地に比べて疲労の蓄積が早く思いがけない負傷が絶えないからだ。
事実、俺も4度転倒して内3度は走行に支障が出るケガを負っている。
普通の人間だったらその時点で即ゲームオーバーだっただろう。
だが、俺はホムンクルスだ。その程度の負傷は瞬時に治癒して問題にならない。
「ハァー……」
ここで肺の限界まで溜めた空気をゆっくりと吐き出した。
「ふっふっふ…まだイケる!後10年は逃げ続けてやるさ!!」
・・・ゴメンナサイ、10年はやっぱり無理です。
ランニング・ハイ気味な自分の言葉に内心でツッコミを入れる。 一連の思考に苦笑しながら俺は木から身体を離した。
僅か数十秒の休憩を切り上げるためだ。
…仕方ないよな。
近づいて来る気配と距離が縮まっているのだから。
そして、俺はまた走り出した。
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突然、視界が拓ける。
エル達がいる地点から距離だけは、十分に稼いだ事がわかった。
なぜなら目の前に嫌というほどあった木々が姿を消した代わりに壮大な草原が広がっているからだ。
そう、俺は森を抜けてしまった。
「グゥガァァアアア!!」
背後から伸びてきた顎門の一撃を反射的に転がって避ける。
い、今のはヤバかった!
背筋に冷たいものが走る。
予定外の草原に動揺して、足が止まっていたらしい。
すぐに跳ね起きてバックステップで距離を空ける。
態勢を立て直した頃には、既に飛竜が森の前に立ちはだかっていた。
俺が森の中に戻れないようにしているのか…トカゲ頭のくせに知恵がまわる。
これは、かなり辛い状況だ。
ここまでは、森の木々などを障害物にしてなんとか逃げ回れていた。
しかし、現在の立っている場所は草原。周囲に何の障害になる物がない拓けた場所。
ここで、身体能力が圧倒的に違う竜と追い駆けっこなど論外だ。
「いよいよ追い詰められたか…」
額を拭いながら相手が呼吸を整えている僅かな猶予を使って打開策を探る。
相手は、失血で随分呼吸が荒くなっているな。足元もおぼつかない感じだ。
隙を見て森の中へ逃げ込むか……いや、それを許してくれるほど温い相手じゃないだろう。
「ってか、よくこんな血みどろで生きてられるよな。タフ過ぎるだろ」
悪態をついて視線をヤツの頭部、腹部、足部と順に下げる。
ロデリックさんに斬られ続けていた右足なんかズタズタじゃんかよ。
うん?…ボロボロの右足か……イケるかもしれんな。
よし、決めた。
頭に浮かんだ案をすぐに採用する。
そして、即実行に移った。
そうしないと及び腰になってしまうとわかっているから。
かなり無茶な思い付きなんでな…。
俺は、片手剣をゆっくりと正眼に構えてから敵を睨みつける。
「グルルゥゥ…」
相手も何か感じ取ったのか、唸って応えた。
数秒間の静寂が流れる。
俺もヤツも相互に相手の出方を窺う態だ。
汗が頬を伝って滴り落ちる。
時間が長く感じる。
周囲の音もやけに大きく聞こえる。
そんな緊張の時間を最初に破ったのは飛竜だった。
俺達が睨みあっている間もヤツの血は流れ続けていた。それに焦りを覚えたのかもしれない。
咆哮と共に巨体が草原を駆ける。
俺もそれに合わせて疾走する。
糸を引きながら飛竜の顎門が開く。
そこへ、片手剣を左斜め下に構えた俺が地面を這うように突っ込む。
一人と一匹が交差した。
バッズン!!!
目の前で牙と牙がぶつかり合って顎門の閉じられた音が響いた。
一瞬、時間にして1秒もないだろう…
その様子を地面に背を向けるように身体を捻りながら俺は眺めていた。
交差の瞬間、迫りくる顎門をギリギリまで引きつけてから俺は全力の逆袈裟斬りを放った。
狙いは僅かに相手の軌道を上方に逸らすこと…そして、できた隙間を抜けて懐に潜り込むことだ。
タイミングは極めてシビア。遅ければそのまま食われるし、早ければ食われなくとも身体ごと弾き飛ばされただろう。
成功の確率は五分五分ぐらいか。極めてハイリスクな賭けだ。
・・・結果、賭けには勝った。
不安定な姿勢で死線を潜りながら左手で地面を衝く。
その反動さえも身体を前へ進めるバネに変え、突っ込む。
懐には入った。
目標の右足もすぐそこだ。
後は――――――
「あ゛あ゛あああああああ!!!」
―――――斬る!
跳躍した体勢から全身の筋力、さらには重力をも利用して正真正銘絞り出せる最大攻撃力を込める。
それを剣に伝え、上段から一気に袈裟斬りに振り放った。
肉を裂く独特の感触の後にすぐ返ってくる強力な反発の衝撃。
刃は、右足半ばまで喰い込んで沈黙した。
か、硬い。
骨が邪魔をしている。
飛竜が苦痛の咆哮を上げる。
それに合わせて傷口から噴き出す血。視界全てが紅に染まった。
剣と骨とのせめぎ合いが続く。
極限状態にもかかわらずいや、極限状態だからこそか…俺は自然とロデリックさんとの試合も最後こんな感じだったよなと思い出していた。
あの試合は、結局負けたけど―――――――
「ぐぅぅっううぁぁあ゛あ゛あ゛あああ!!!!」
―――――――まあ、今回は俺の勝ちだろ!
腹の底から雄叫びを上げ、撫で斬りに剣を振り抜いた。
勢い余ってそのまま転がりながら飛竜の懐から離脱する。
完全に骨を切断に至らなかった…だけど、それでも刃の感触が十分だと教えてくれた。
バキッ!! ズゥゥウウウウウウン!!!!
鈍い音の後に轟音と地面の揺れがその場を支配する。
舞い上がる土煙。
自重に耐えきれず右足の骨が折れたことでバランスを失った飛竜が崩れ伏せた。
このまま森の中に入れば、逃げ切れる。
いくら竜でも立てない、走れないでは追ってこれないだろう。
俺は、土煙が晴れる前にこの場を去ろうと森に身体を向ける。
この時、俺はとりあえず目の前の危機を脱した事で完全に油断していた思う。
・・・息の根を止めたわけでもないのに。
視界ギリギリに土煙を割ってくるものが見えた次の瞬間、全身がバラバラになるような衝撃が俺を薙ぎ払った。
自分にかかる強力な負荷で身体の自由を奪われ、なすがままに地面を跳ねながら転がる。今、自分が上を向いているのか下を向いているのかもわからなくなる。
地面と身体が擦れる感触がした後、荒れ狂っていた視界に落ち着きが戻る。
しかし、未だにグニャグニャに歪む景色で自分がどうなったのかわからない。
ガハッ!ガハッ!
咳き込んだ拍子に違和感を感じて手で口元を拭う。
なんだ、コレ・・・俺の血か?
どうやら俺は攻撃を受けたらしい。
全身のあちらこちらからシューシューと肉体再生の開始された音が聞こえる。活発な細胞分裂による発熱で湯気まで出ていた。こんなの初めて見る。これまでにないダメージを負ったらしい。
俺は、何をしていたんだっけ?・・・クソッ!?頭がハッキリしない。
思考がまともに働かない。
と、ともかく起き上がろう。
それから・・・そうだ、ここから離れるんだった。
身体を動かそうと力を入れるが、右腕が少し動くだけで、他は全く反応しない。
それでも、右手で地面を掴んでなんとか這って移動しようとするも全然ダメだ。
そんな俺を嘲笑うかのように土煙を散らしながら圧倒的な力が俺の身体をさらう。
痛みはない・・・腹部に、いや、背中からも異物が侵入してくる感触がする。
異物の侵入箇所からドロリとした生温かい液体が溢れ出るのと同時に力が抜け落ちていく感じもする。
あ、口からも溢れてきた。
ゴフッ! ガハッ! ガハッ!
・・・咳が止まらない。
・・・視界が・・暗いな・・・・頭も・・・ハッキリしない。
抗えない虚脱感に俺が意識を手放そうとした、そんな時だった。
混濁する頭にビーというけたたましい電子音が鳴り響く。
それと同時に急浮上する意識。
どこからか無機質な女性の声が流れてくる。
《肉体へのダメージが許容範囲を超えました。緊急対策マニュアル№▲■▼■●▲▲事項に抵触、身体の管理者権限が一時的に本人から疑似人格へと移行されました。本人と疑似人格間に相互インターフェースを確立…確立完了。疑似人格設定時の動作パラメータと現ステータスに差異確認、修正及びコンバートを同時並行作業で開始…差異修正完了、動作パラメータのコンバート終了。身体操縦プログラムへフィードバック及び最適化を開始…完了。脅威排除システム『人工精霊殺戮01』の正常起動確認しました》
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・ふぁっ?!
お読み頂きありがとうございます。
次が第一章本編ラストとなります。
次回、更新は金曜日18:00頃です。




