第18話 死闘(上)
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ゴブリンとの戦闘を終えてから30分後。
「いいですか?理解しましたか、バトスさん―――――」
ロデリックさんの説教はまだ続いていた。
それどころかさらにヒートアップしそうな気配さえ漂っている。
「あ、あの~ロデリックさん…証明部位と魔石の収集作業も終わりましたんで、そろそろ帰りませんか?」
「ん?そうですか…仕方ありませんね。正直、まだ言い足りないのですが・・・続きは帰ってからにしましょう!いいですね?バトスさん」
どうやら逃がす気はないようだ。
バトスさんは半泣き顔でこちらにSOSを送っているが、俺とエルも巻き込まれたくないので我関せずの姿勢に徹した。粘着質な説教なんてノーサンキューだからな。
「あれ、ユーマさんは魔石まで収集してきたんですか?ゴブリンの魔石は、最底辺の品質ですから使い道がありませんから買い取りもしてませんよ。上位種の個体なら話は別なんですけどね」
な、なんだと!?気持ち悪いの我慢して解体とかしたんですけど・・・そういえば、エルは耳だけしか回集してなかったな。
ふとエルに視線を向ける。
「・・・趣味だと思った」
「そんな趣味ないよ!!」
あの悪臭…あの苦労は何だったのか。
ショックで、俺は思わず膝から崩れて落ち込んだ。
するとすぐに堪えるような声が隣から聞こえ、顔を上げるとエルが背を向けて肩を震わていた。
こちらをチラ見する彼女と視線が重なる。
「・・・デコピンのお返し」
こ、この魔女っ子め~~~知ってやがったな!!
ドヤ顔の魔女っ子にデコピン執行をと立ち上がる。
そう、そんな時だった。
不意に暗くなる視界。
森の中とはいえ、雲一つない快晴の今日は、幾筋もの木漏れ日が差して明るかったのだが・・・それが急速に失われていく。
ん?なんだ??
天気が崩れたのかと懸念しながら空を見上げ―――――
「グォォオオオオオオオオオ!!!」
突然、周囲に地の底まで震わせる様な咆哮が響き渡った。
「この鳴き声はっ!?皆さん、隠れっ―――――」
焦った表情のロデリックさんが何かを言い終わるより前に…声の主が俺達の前に姿を見せる。
森の上空に現れたのは、竜。
まぎれもない竜だった。
恐竜を思い起こさせるシルエットに身体の倍以上はあるだろう巨大な翼と大人1人分ほどの鋭い鉤爪を備えた二本の脚、前足がないことからおそらく飛竜と呼ばれる種類だろう。
飛竜はこちらを見定めたのか、上空から急旋回で木々を圧し折りながら突っ込んで来る。急降下というよりは墜落に近い角度だ。
無謀なダイブ…だがその甲斐なく、ヤツの身体は俺達の頭上を越えて行った。
目先の地面に着地するも勢いを殺せず身体を擦りながら滑って約50mくらい遠くで盛大な土煙りを上げている。
えっと、自滅した・・・なんか知らんが助かった、のか?
「っ!?」
どうやらそんなに生易しい生物ではないようだ。
土煙りで姿は見えないが先程と同じ咆哮が聞こえてくる。
「皆さん、残念ですが飛竜に認識された以上逃げることは叶いません。戦闘の準備を・・・彼らはとてもしつこい性格ですから」
「なっ!?相手は銀色三本線の冒険者がパーティーで対応する飛竜ですよ!!」
「わかってますよ~バトスさん。私はこれでも金色ランクですからね。それに、戦わないのならどうするんですか?逃げ切ることはできませんよ。相手は空を飛んでくるんですから・・・戦うしか生き残る選択肢はないんです。余計な事を考えずに死ぬ気で臨まなければ全滅しますよ。死中にしか活路はありません…今は、そんな状況なんです」
諌めるように告げられる言葉をバトスさん、俺とエルも黙って聞く。
「冒険者をしていれば、突然命懸けの状況に追い込まれるなんて誰でも経験すること。それは、わかっていたはずでしょう。貴方達にとって、ただ今日がその日だったというだけです。安心しなさい、相手はたかが空飛ぶトカゲですよ」
ロデリックさんは俺達に笑顔で励ます。
しかし、その笑顔は、既にあの底冷えするモノに変わっている。
抜き身の片手剣を右手に構え、左手にはバックラ―を携えた姿から発せられているプレッシャーは試験の時の比ではない。
「ユーマさん、銃の残り残弾はどれくらいですか?」
「予備も含めて11発です」
「エルさん、飛竜に有効な魔法はありますか?」
「任せればいい」
「わかりました。それでは、戦闘の陣形は前衛を私とバトスさんが務めます。後衛はエルさん、ユーマさんは遊撃に入ってください。基本はエルさんの護衛を優先に動き、銃で援護を。このパーティーと現在の装備では、エルさんの魔法が頼りですからね。そろそろ・・・来ます!!」
ロデリックさんが素早く戦力の確認と陣形の振り分け終えるとタイミングを計ったように薄くなった土煙りを割って飛竜が顔を出した。
ヤツの眼がこちらを見定める。
二、三度脚で地面を掻き―――――
「グガァァアアアアア!!」
―――――揺れを伴い全速力で突進してきた!
「【氷柱槍】」
エルの言葉に呼応して、飛竜の行く手を阻まんと地面から3~4mの尖鋭な氷槍が幾重にも生える。
それに、飛竜は反応して急停止をかける。
だが、走り出した竜は簡単に止まらない。たいした減速もならないまま氷槍の剣山と飛竜が正面からぶつかり合う。
凄まじい轟音。
砕け散る高音。
激突の衝撃で氷槍の破片がキラキラと舞った。
氷槍の剣山は、半ばまで砕かれるも数本の氷槍が飛竜の身体を貫き真っ赤な鮮血を噴出させていた。
「ギァァアアアアアアアア!!!」
飛竜が竜の末席を担うのは確かだ。しかし、ヤツらには一部を除いて竜独特の堅固な防御力はない。飛竜の脅威は、あくまで空を飛ぶ圧倒的な機動力なのだ。まあ、それでも鋼鉄のプレートアーマー並みに頑丈なのだが・・・。
ただの氷であったなら突破もできただろうが、魔法によって生成・強化された氷の強度は金属製の槍と変わらない。そこに飛竜が全速力で突進すれば、結果がこうなるのも道理である。
それはともかく、これで飛竜の動きは止まった。
突き刺さった氷槍の先が、内臓まで達していたようで口からも血を吐き出し唸っている。
「はぁぁあああ!」
「いやぁぁあああ!」
この機会を逃さずにロデリックさんとバトスさんが、飛竜の懐に潜り込んで各々に斬りつける。
技量不足でバトスさんの方は、表面を浅く傷付けるだけで有効なダメージを与えていない。それでも、ヘイトの分散には役立っているようだ。
ロデリックさんはというとさすがで、分厚く強固な皮膚を斬り裂き血を撒き散らしながら着々とダメージを蓄積させている。
飛竜も何もしないまま突っ立ってはいない。
脚を蹴りだし、尾を振り回して応戦しようとしている・・・が、上手くいってはいない。
俺が『イルリヒト』で前衛二人に意識を向けようとする度に牽制しているからだ。飛竜の集中を乱して上手く狙いを定めさせないように努めている。癇癪を起こしたように暴れるだけならば回避も問題ないだろう。
後衛のエルは、前衛を巻き込まないために対個体用で小範囲の魔法に切り替えたようだ。
さっきから氷の矢、槍、弾丸が絶えることなく次々と打ち込まれ続けている。・・・先制攻撃により付けた傷口を拡げるように狙っているところがなかなかにエグい。
前衛2人―遊撃1人―後衛1人のパーティーとしてはお手本のような動きで順調だった。
このままいけば最小の被害で撃破もできた、はずだ。
構成メンバーのほとんどが、まだ銅色にもなっていない冒険者でなかったならば…
「ぐぅあ゛っ!!」
飛竜の滅茶苦茶に振り回した尻尾が、不運にもバトスさんに直撃した。
弾き飛ばされ、地面で何度もバウンドしながら身体を木に叩きつけられる。
彼はそのまま蹲って動いていない。
この戦闘での復帰は絶望的なのは明らかだ。
前衛が一枚減っただけ…
それだけで…
戦況が一気に飛竜の有利へと傾く。
相手にしているのは格上の存在だった。
この戦闘は、最初からずっと細い糸の上を渡るようなものだったんだ。
・・・今、その糸が切れた。
「グガァァアアアア!!」
飛竜の意識が、ロデリックさんに集中する。
「ちぃっ!」
これまでの闇雲に暴れていた動きではない。
狙いを明確に定めた獲物を狩る動きだ。
繰り出される脚、尾、顎による暴力の嵐。
ロデリックさんは瞬きすら命取りになる攻防を強いられた。
左手のバックラ―で、右手の片手剣で逸らし防ぐ。
跳んで、転がって、屈んで、反らして避ける。
目の前で行われる圧倒的高次元の戦闘はただ、ただ凄まじかった。
俺だったら最初の2秒で死ぬ自信がある。・・・これが金色ランクの実力。
それでも無傷では済んでいない。
装備していたレザーメイルは所々壊れているし、服は滲んだ血と汗と泥でボロボロだ。
俺だって何もしていないわけではない。これまでと同じく牽制に弾丸を撃ち込んでいる・・・撃ち込んではいるが意味をなしていない。
飛竜は集中し始めてから全くこちらを眼中に入れないのだ。
後衛のエルは、ロデリックさんと飛竜の動きが激しくなったことで攻撃魔法の巻き込みを気にして手が出せないようだ。
このままでは、いくらなんでもヤバい。
方法はある。単純だ。
無視できない箇所に弾丸を撃ち込めばいい・・・すなわち、頭部しかもおそらく脆いだろう眼に。
だが、問題がある。
『イルリヒト』の残弾が2発しかない事と標的の激しい動きで狙いがブレる事だ。
「ぐはっ!!」
そうこう考えている内に、ロデリックさんが掴まった。
飛竜の蹴り上げをまともに受けて弾き飛ばされてしまったのだ。
一瞬、最悪の予想が頭をよぎる・・・が、良かった!生きてた。深刻なダメージだったようで立ち上がろうとする傍から崩れているけど、確かに生きている。
安堵の息を吐くのも束の間に、そこへ飛竜が止めと言わんばかりに顎門を開きながら迫る。
「させるか!中れぇぇえええええええ!!」
ドォン!!ドォン!!
一か八か。
飛竜の頭へ向けて鳴り響く銃声。
「ガギャァァアアアアアアアアア!!!」
二発の弾丸の内一発が眼に直撃した。
完全に眼球が抉られたしく噴水のように血を撒き散らす。
飛竜が己の眼を奪った者に狙いを絞る。
これまで第三者として感じていた殺意が俺一人だけに向けられた。
身体ごと吹き飛ばされそうになる威圧感に奥歯を噛み締めてなんとか耐える。
すぐさま襲ってくるかと警戒したが、どうやらヤツも余力十分というわけではないらしい。
ここまでの戦闘で、飛竜が失った血の量は決して少なくない。
その証拠に前衛二人と争っていた場所は血の池と化している。さらに俺の眼への一撃が、失血の許容範囲を超す最後の一押しとなったのだろう。目に見えて動きが鈍っている。少し動くだけでよろめき足元もおぼつかない様子だ。
しかし、それだけボロボロでも戦闘意欲が衰えないようで憤怒の形相のままこちらを睨んでいる。
こ、これなら…俺が囮になって逃げ回るくらいできるかもしれない。ってか、もう俺しか見ていないからな、こいつ。
ロデリックさんもだけどバトスさんもぶっ飛ばされてから時間が結構経っているし、容態が心配だ。どちらも治療が必要なのは間違いないだろうけど。
「エル!こいつをここから引き離すから二人を頼む!!」
「ん?」
エルがこちらを訝しげに見つめる。
俺は『イルリヒト』をホルスターに戻し、片手剣を抜いて決意を込めて叫んだ。
「こっちだトカゲ野郎!追ってこい!!」
「っ!?ユーマ!――――――」
ここで初めて俺の意図がわかったらしい。
エルが何か叫んでいる。
だが、決意の挑発と共に飛竜とのデスレースを開始したので聞き取れなかった。
走り出してすぐに、自分はこんなに勇猛な性格だったっけ?という思いに囚われる。
だけど、その事を深く考えるよりも先に背後から咆哮でそれどころじゃなくなった。
生き残れるかな、俺… orz
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