5-5
一度、テオの家に戻る。
いない。
もう一度、池の近くまで歩く。
いない。
あの女性たちも、干された洗濯物を残していなくなっていた。
テオが自分でここを離れた? それとも誰かに連れ去られた?
魔法で人探しとかできるんだろうか。中級魔術の域は超えている気がする。
人探し……。
なんだっけ、現場百回?
現場は、ここだよね。テオを最後に確認した場所。
あとは、虫眼鏡? 持ってないけど。
遺留品……は、特に見当たらないかな。
一応、這いつくばって地面を見てみる。
……足跡が見える。
昨日の雨で柔らかくなった土に、足跡が付いていた。
下足痕、下足痕だ。刑事ドラマとかで聞いたことがある。
テオの家は少し離れた所にあるから、雨が止んでからここを歩いたのは俺たちくらいだろう。
大きい方は俺の足跡、小さい方がテオだろう。
……小さい足跡が多いな。二人分かな。誰か子供が来たんだろうか。
その足跡は、村の中心部から遠ざかるように続いている。
誰かと、こっちに向かったのかな。
足跡を辿っていくと、村を囲む柵があった。一部が壊れている。
どうやらテオは、この柵を越えたようだ。
その向こうは木々がまばらに立ち並び、村の中より地面が湿っているように見える。
俺も柵を越えて、足跡に沿って進んでいく。
林の中はぬかるんでいて、少し歩きにくい。
足跡は、地面に開いた大きな穴に向かっていた。
穴の周りには二本の木が倒れている。
背筋がヒヤッとした。
テオがここに落ちたのだろうか。
足跡は、途中から何かを引きずったような跡になり、途切れている。
最悪の考えが浮かび、心臓がバクバクと響いてくる。
「テ、テオー!」
精一杯叫ぶ。
不用意に近づくと、俺も落ちてしまうかもしれない。それに、もしもの事態を想像して、穴の中を覗く気にはなれなかった。
「ユウトか?」
意外と普通の声が聞こえた。
「テオ! 大丈夫!?」
「近づくなよ、崩れるかもしれない」
「わ、わかった」
急に崩れたのかな。危険な場所だ。
「オレと、村長の娘がいる。怪我はないが、泥で登れそうにない。そっちから、なんとかならないか?」
木に縄を縛って登ってもらうとか? そんな長い縄、あるかな。
村の人を呼んできた方がいいかもしれない。村長とか?
悩んでいると、倒れて斜めになっている木が視界に入る。
根元が崩れていて、穴に落ちそうになっている。
……あの木、ちょっと押したら足場みたいにならないかな。
木の方に近づいてみる。なんの木かはわからないが、葉っぱも少ないし幹も真っ直ぐだ。
「テオー。この木、落としてみて大丈夫かな?」
「ん? じゃあ離れてるから」
少し待って、木を押してみる。あまり動かないな。思ったより重かったようだ。
魔法、使ってみようかな。
身体強化。これなら中級魔術のはずだ。
周りには誰もいないし、加減すれば大丈夫じゃないかな。
自分の胸に手を当てて、イメージする。
「身体強化。少し腕の筋肉増量で」
体が一瞬光る。できたかな?
もう一度木を押す。動いた。いけそうだ。
ゆっくりと、穴に落としていく。途中からは自然と滑っていき、そのまま底に着いたようだ。
「テオ、大丈夫? 登れそう?」
「ああ、いけるんじゃないか」
待っていると、少女がノロノロと木をよじ登ってくる。
村長の娘だ。テオはこの子と一緒だったのか。
俺の近くまで来たので、ヒョイと持ち上げて、地面に下ろしてやる。
「あ、ありがとう」
服は泥まみれだが、顔と髪には付いていない。
次にテオが登ってきた。
この子と同じように持ち上げてやろうとしたが、断られた。
三人で村まで戻った。
テオは泥の付いた服を着替えると、村長の娘に話しかける。
「あの穴のこと、村長に言った方がいいよ」
「うん、わかった」
娘は昨夜と違って、穏やかな顔でテオに接している。
仲良くなったのかな。
「これ、あげるわ」
少女はストールを留めていたブローチを外し、テオに渡す。
緑色の飾りが付いたブローチだ。
「勝手にあげたりして、村長に怒られないか?」
「別に、棚の奥に落ちてた物だし。お母さんのじゃなさそうだから、いいわよ」
「ありがとう」
テオはニコッと微笑み、ブローチを受け取った。
村長の娘も、照れたように微笑んでいる。
「ユウト、そろそろ行こうか」
少女から離れ、俺に声をかける。
「また、帰ってきてもいいわよ」
「……そうだな」
テオは少女の言葉に軽く応えると、そのまま門に向かって歩いていく。
俺は村長の娘にペコリと頭を下げてから、テオの後を追った。
「ごめん。テオの家の荷物のことは、聞けなかったんだけど……」
村人たちに嫌な話を聞かされただけで、何の成果も得られなかった。
「もういいよ。目的の物は手に入ったし」
「その、ブローチ?」
テオはブローチを見つめている。
「たぶん、テオの母親の物だ」
テオの母親のブローチが、村長の家にあったんだ。洗濯していた女性たちの噂話を思い出し、少しモヤっとする。
テオはそれを大事そうに布にくるみ、カバンに入れた。
村を出て、道を歩いていく。来た道とは違う道だ。
「夜までには、次の街に着くはずだ」
テオの歩調に合わせて、隣を歩く。
どうか、このまま無事に進めますように。




