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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第3章 混沌と狂気

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防御だけ

中央塔の運用方針が変わると、空気の質まで変わった。


「仕掛けない」

その一文は、現場の手を縛る以上に、現場の頭を縛る。


疑似欠損は使わない。

捕縛も、印付けも、偽履歴もやらない。


勝ちに行けない。守るだけ。


それが志乃を”運用”する上で通った「条件」だった。


位相整流室。


志乃は測定リングを付けられ、背に導子を当てられていた。抑制環は外れない。

“特別保護観察A”の名札は付けない代わりに、空気がそれを示している。


制御主任が、いつもより短い言葉で言った。


「今日から入力は防御のみ。縁を消す。足場を作るな。段差は作るな。偽装も作るな」


志乃は頷く。


偽標識も、偽探針も、問も使わない。

相手を読まない。捕まえない。


守る。


三条が横から補足する。


「守る、ってのは押し返すことじゃない。お前の癖を“出さない”ことだ」


志乃は胸の奥の波を確かめた。

塔の応答はある。整いすぎる重さもある。


そして、その重さは日増しに「こちらの制御外」の匂いを濃くしていた。


(防御だけで、足りるの?)


その疑問は口にしない。

口にした瞬間に、方針の弱さが現実になる。


接触は、来た。


予兆は薄い。削られる痛みも、以前より少ない。

その代わり、違和感が“長く”残る。


空間の端が薄く歪み、塔の応答が一拍だけ「古い形」に寄った。


志乃は押さない。


段差も作らない。

ただ、縁を丸める。


黒塗りの縁を溶かした時と同じ。形を消す。足場を消す。

相手が乗る場所を、最初から作らない。


モニターに短い表示が走る。


外部位相ノイズ:接触(極短)

志乃入力:防御(縁消去)

欠損:未発生

備考:内部参照同期 継続


欠損は立たない。

それだけなら、成功と言えた。


だが次の欄が、じわじわ上がっていく。


制御輪:外部参照 同期率 上昇


三条の指が止まる。


「……同期が深くなる」


制御主任が顔をしかめる。


「触られているのに、欠損が立たない。なのに同期が上がる。矛盾してる」


志乃は胸の奥で答えを感じてしまう。


入口を塞いだのに入られている。

欠損を守ったのに、別の場所から掴まれている。


——成立点。


前に出た言葉が、喉の奥で冷たく響いた。


その日の午後。


三条は上層向けの報告を短くまとめた。


「禁止事項は遵守。誘発なし。捕縛なし。偽履歴なし。

欠損発生は抑止。だが外部参照同期が深化」


紙のように整えた文章だ。

だが、整えれば整えるほど不穏になる。


上層の返答はさらに短かった。


方針維持。刺激禁止。

都市出力制限:継続。


三条は端末を閉じなかった。閉じると、現実から目を逸らすことになる。


「刺激しなければ、勝手に収まると思ってる」


制御主任が低く言う。


三条は言い返さない。


思っていないのは、自分たちの方だ。


夕方。


志乃は監督官の立ち会いのもと、面会室に通された。


西野と古本の「直接面会」は許可されない。

代わりに、監督付きの短い映像通話が一回だけ。


画面に西野の顔が映る。


「……志乃」


声が先に震える。


志乃は笑おうとして、少しだけ口角を上げた。


「元気?」


西野が即答する。


「元気なわけねえだろ」


古本が画面の端に入る。相変わらず落ち着いた目。


「防御だけに切り替わった、と聞いた」


志乃が頷くと、古本は続けた。


「なら“癖”は出しにくくなる。相手に学習素材を渡しにくい。理屈は正しい」


西野が噛みつく。


「理屈じゃなくて、志乃は大丈夫なのかよ」


志乃は答えに詰まる。


大丈夫、ではない。

でも残ると決めた。


「……まだ、平気」


平気と言った瞬間に、胸の奥がわずかに重くなる。

塔の応答が、近い。


古本がそれを見抜いたように、ほんの少しだけ声を落とした。


「平気のまま、決断し続けろ。壊れる前に」


西野が黙る。

監督官が「時間です」と言い、通話は切れた。


画面が黒くなった後の静けさが、いちばん残った。


夜。


中央塔の制御室で、警報未満のアラートが一つだけ点った。


内部参照:成立期相当

位相固定:強化

備考:外部入力未検知


“未検知”。


誰も触っていないのに、固定が強まる。


制御主任が、初めて「停止」を口にしかけた。


「このまま外部参照が完全固定したら——」


言葉は続かなかった。

都市を止めるのは禁句だ。だが、止めない方が禁句になり始めている。


三条が言う。


「止めても、ほどけない可能性がある」


「……何だと」


三条の声は冷たい。


「いま掴まれているのは“現在の運転”じゃない。成立のほうだ。

停止は現在を切るだけだ。——結び目は過去にある」


誰も反論できない。

反論できるだけの理屈が、もう都市側に残っていない。


志乃は個室で、天井を見上げていた。


防御だけ。

仕掛けない。


それは確かに、相手に学習素材を渡しにくい。

でも同時に、相手の手を止められない。


胸の奥の波は整いすぎている。

誰かの手で整えられている。


そのとき、視界が一瞬だけ別色を帯びた。


白い照明。

紙の擦れる音。

図面の端。


——そして、手。


指先が線をなぞる。

なぞるのは欠損ではない。塔の断面でもない。


「中心」を示す一点。


志乃の胸が冷たく鳴る。


(成立点……)


次の瞬間、別色は消えた。

欠損は立っていない。揺れもない。


ただ、塔の応答だけが近い。


志乃は息を吸って、吐いた。


防御だけでは足りない。

そう言いたい自分がいる。


でも仕掛ければ足場になる。

それも知っている。


志乃は結論を出せないまま、掌を握り、ほどいた。


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