表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第2章 第三の位相

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/81

参照先

中央塔の警告灯は、音より先に色で知らせる。


外部位相ノイズ:接触準備(推定)

侵入深度:予測 上昇

備考:疑似欠損回避の可能性


その表示を見た瞬間、三条は椅子から立ち上がった。

「来る」では足りない。来方が変わる。


「疑似欠損を踏まない」


制御主任が硬い声で言う。


「本体に来る、ということですか」


三条は答えなかった。否定できないからだ。

相手は餌を学んだ。餌を避けるなら、狙いは“本物”になる。


0.4秒。


数字で呼べるものほど、弱い。


位相整流室は即時稼働に切り替わった。


志乃は個室から呼び出され、測定リングと導子を付けられる。抑制環は強めに締められていた。

締め付けではない。限界を決める締め方。


「来たら、守る。引っかける。離す」


制御主任が短く言う。


「でも相手は餌を避けます」


志乃が言うと、三条が低く返した。


「だから今日は、引っかけじゃない。——“位置を返す”」


志乃の喉が鳴る。


「私が、相手の座標を?」


「そうだ。お前が触れた瞬間、相手はお前も触っている。そこに“返し”の導波路を差す」


三条は志乃の目を見た。


「鍵を回すな。欠損を立てるな。相手の指先だけを、外縁アレイへ渡せ」


志乃は頷いた。


守る対象が増えている。

都市の光。塔の循環。0.4秒の空白。

そして、自分自身の形。


接触は、予測より早かった。


胸の奥が跳ねる前に、空間が薄く歪む。

第三の位相——いつもの“削り”とは違う。圧が直線的で、迷いがない。


(本体に来る)


志乃は反射で深層を固める。塔整えを最小で維持する。

押さない。段差を作らない。鍵を回さない。


だが相手は、外層にも表層にも噛まない。


偽標識を無視し、偽探針を食わず、疑似欠損も踏まない。


代わりに——


塔の波形の奥、観測系の“黒塗り”の縁を撫でるように入ってきた。


制御主任が息を呑む。


「……黒塗りを“縁”にしてる」


黒塗りは遮断のはずだった。

しかし遮断には縁ができる。縁は形になる。形は足場になる。


志乃の胸が痛んだ。


削られる痛みではない。

“探られる”痛みだ。


相手は欠損を直接見ようとしている。

0.4秒の索引に、指先を滑らせようとしている。


その瞬間、モニターに赤が走った。


内部ログ欠損:0.4秒(発生寸前)

保護回路:待機 → 作動準備


「やめろ……!」


制御主任が叫びかけた。誰に向けた叫びか分からない。

相手にか、塔にか、志乃にか。


志乃は息を吸い、押し返さないまま“返す”準備をした。


(位置を返す)


相手が欠損を撫でる瞬間、そこに触れている指先の角度が見えるはずだ。

触れた瞬間に、導波路へ乗せる。


「今だ、志乃!」


三条の声。


志乃は、波の縁をほんの一拍だけ硬くした。引っかけではない。摩擦でもない。

指先の“向き”を感じ取るための、最小の抵抗。


——見えた。


若い息遣いが一拍。

興味の呼吸。躊躇ではない。確認の呼吸。


そして同時に、視界が別色を帯びた。


高い天井。白い照明。紙の擦れる音。図面の端。

塔の断面。指先がそこを滑る感触。


女の声が近い。


内容は聞こえない。だが距離が近すぎる。

肩越しの距離。


志乃の胸が痛む。残留像ではない。触れてしまった痛み。


(今——)


志乃はその痛みを掴んで、外へ“渡した”。


導波路に乗せる。

指先の向き。触りの癖。息遣いの拍。

位置情報ではなく、“方向の癖”として。


モニターが跳ねた。


位置返し:実行(0.06秒)

外部位相ノイズ:接触点偏差 捕捉

外縁アレイ:受信確認(遅延)

欠損:未発生(抑止)


「欠損、立ってない!」


観測員が叫ぶ。


だが安堵の声は続かなかった。


相手は引かなかった。


第三の位相が、さらに深く潜ろうとした。

黒塗りの縁を足場にして、“その向こう”へ行こうとする。


志乃の胸が強く引かれる。

削りではない。奪取。持ち上げられる。


(鍵を回すな)


志乃は歯を食いしばり、深層だけを保つ。塔整えを最小で維持し、欠損を立てない。

押し返さない。押し返せば鍵になる。


代わりに、縁を丸める。


黒塗りの縁そのものを、波形の上で“溶かす”。角を落とし、足場を消す。

制御主任が一瞬、理解できない顔をした。


「……黒塗りを崩してる?」


三条が低く言う。


「縁を消してる。正しい」


相手が足場にしているなら、足場を与えなければいい。

遮断ではなく、形を失わせる。


志乃の額から汗が落ちる。抑制環が熱い。

でも欠損は立たない。塔は踏み留まっている。


第三の位相が一拍だけ揺れた。


怒りではない。

“手応えが消えた”揺れ。


次の瞬間、触りが途切れた。


逃げた。

撤退。


ただし、撤退の直前に、志乃の胸に薄い欠けが残った。外層でも表層でもない。深層の縁に、爪を立てたような微細な欠け。


志乃は息を吐いた。


勝ったとは言えない。

でも欠損は守った。


そして“返した”。


外縁アレイから通信が入った。ノイズ混じりで、言葉が歪む。


『受信……偏差一致……境界線沿い、東——南東……移動……停止、短……一名……』


「一名」


三条が復唱する。


制御主任が硬い声で言った。


「単独を前提に動かせば、罠です」


「単独でも罠でもいい」


三条は短く言う。


「座標が絞れたなら、次は“触らせない”んじゃない。触れた瞬間に——捕まえる」


志乃は椅子に背を預けたまま、胸の欠けを確かめる。


深層に残った微細な欠け。

相手は最後に、“本物”を一口だけ齧っていった。


(次は、もっと深く来る)


でも今度は、こちらも位置を返せる。

返した先に、人がいる。


学院の資料室。


古本の端末に、公開ログでは出ないはずの“揺れ方の癖”が一瞬だけ混じった。

平滑化の外側で、統計の皮膚を引っ掻くような小さな乱れ。


西野が顔を上げる。


「来たのか」


古本は頷いた。


「欠損じゃない。縁だ。黒塗りの縁を足場にした」


西野が眉を寄せる。


「黒塗りって、隠したやつだろ。なのに足場?」


「隠すと形が残る。形が残ると、使われる」


古本は紙のノートに短く書いた。


遮断=縁

縁=足場

足場=侵入


「だから次は“形を消す”必要がある。

……志乃は今、それをやった」


西野は唇を噛んだ。


「志乃、削られてないか」


古本は一拍遅れて答えた。


「削られてる。でも削られ方が変わった。

相手は“読む”だけじゃなく、“噛む”」


噛む。

読む目が、牙を持ち始めている。


夜。


志乃は個室で天井を見上げていた。


塔の応答はある。

その応答が、いつもより近い。守った直後の塔は、志乃に寄りかかっているように感じる。


胸の深層に残った微細な欠けが熱い。

触られた場所が、まだ「そこにある」と主張している。


志乃は掌を握り、ほどいた。


(次は質問じゃない)


次は、名前でもない。目的でもない。

“読む目”が何を見ているか——その参照先を折る。


索引があるなら、索引先を変える。

それができるのは、塔か。都市か。志乃か。


答えはまだ出ない。


だが確かに、分岐は近い。


遠い観測室で、短いアラートが鳴った。


外部位相ノイズ:接近(微弱)

備考:黒塗り縁回避、別経路探索の可能性


相手はもう、別の入口を探している。


そして志乃は、入口を塞ぐだけの存在ではなくなった。


入口の位置を、返せる存在になってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ