第六章――《Mystic Invoke》
「地獄に堕ちろォッ!!」
シンの一撃が爆弾のように炸裂し、骸骨の軍勢の半数近くを粉砕した。砕け散った骨と土煙が嵐のように吹き荒れる。
へっ。さすが俺の相棒だ。
誇らしげな笑みが自然と口元に浮かんだ。
別に俺が特別シンを鍛えたわけじゃない。だが、こいつと何度も何度も死ぬほど模擬戦を繰り返してきたのは事実だった。
「ぎゃあああ!! キリがないってぇぇぇ!!」
レイが悲鳴を上げる。
倒しても倒しても、骸骨たちは次々と湧き続けていた。
妙だった。
俺たちの攻撃は確実に効いている。なのに、まるで砕けた骨の粉塵そのものが新しい骸骨を生み出しているみたいに、数が減らない。
アリアが一歩後ろへ下がった。
「何かしらの神秘術式が絡んでるわね」
彼女が拳を握った瞬間、紫色の刃が空中に形成される。
「へぇ、そんなこともできたのか」
思わず感心してしまった。
てっきりフリントロック銃だけで戦うタイプだと思っていたからだ。
……完全に見誤ってたな。
――SLASH!!
紫の斬撃が暴風のように広がり、残っていた骸骨たちをまとめて吹き飛ばした。
「おぉ!! あの女、強ぇ!!」
シンが牙を見せながら嬉しそうに叫ぶ。
完全に“戦いたい相手”認定した顔だった。
一方で、俺はその場から動かず、状況を観察し続けていた。
ああ、アリアは強い。
それは間違いない。
だが今優先すべきなのは、こいつらの再生を止める方法だ。
そして予想通り――
骸骨たちは再び再生を始めた。
……やっぱりか。
ただ壊すだけじゃ終わらない。
だったら方法は一つしかない。
「いいか」
そう言った直後、俺は走り出した。
「はぁっ!?」
「兄貴ぃ!? 逃げるとかアンタらしくねぇ!!」
「その通りだこの馬鹿!!」
レイが即座に後を追い、次にアリア、最後尾にシンが続く。
「で? 作戦は? まさか逃げ回るだけじゃないでしょうね?」
アリアの声には露骨な皮肉が混じっていた。
だが俺は前を見たまま答える。
「今のところはな、お姫様」
「殺されたいのかしら〜?」
「悪かったって」
……やっぱこの呼び方、本気で嫌がってるな。
CLATTER! CLATTER!
背後から骸骨騎兵団が追ってくる。
今はまだ遅い。
だが――
永遠に逃げ続けられるわけじゃない。
「ん?」
その時、俺の視界に巨大な鉄扉が飛び込んできた。
外の門よりさらに重厚で黒ずんだ扉。
「おい! あそこだ!」
俺は扉を指差して叫んだ。
「はぁ!? あんなのじゃ止められないわよ!」
「黙って走れ! 今はあれしかねぇ!」
レイの声を遮り、俺はアリアとシンへ視線を向けた。
「準備はいいな?」
「でも軍勢はどうするんだ?」
シンが後ろを振り返る。
……まずい。
速度が上がってきている。
「任せろ」
俺はニヤリと笑い、その場で立ち止まった。
「おい!? 何してんだ!!」
後ろから焦った声が飛ぶ。
だが問題ない。
この作戦は通る。
それだけは確信していた。
SWIRL――!
「来い……」
目が焼けるように熱い。
視界が赤く滲む。
温かい血が目元から流れ落ちた。
当然だ。
この技は神秘エネルギーの消耗が激しい。
遠くでアリアたちの声が聞こえる。
多分、「無茶するな」とか「馬鹿か」とかそんなところだろう。
……知るか。
俺は俺のやりたいようにやる。
目を閉じる。
耳の奥で雷鳴のような音が響いた。
今だ。
「ぐっ――!!」
歯を食いしばり、下半身を大きく捻る。
大鎌を最大限に振り抜くために。
そして咆哮した。
「――STRIKE OF EXTINCTION!!!」
BOOOOOOM――!!!!
爆発が床も天井も吹き飛ばした。
だが館そのものは崩壊しない。
まるで傷口を修復するように、屋敷が自己再構築を始めていた。
……腐敗した神秘エネルギーに満ちた屋敷なら当然か。
その隙を突き、俺は仲間たちの後を追って扉へ飛び込む。
SLAM!!
扉が閉まる。
向こう側の音が一瞬で遮断された。
「ふぅ……ヤバかったな」
息を吐いた、その瞬間――
「アンタ正気なの!?」
ドンッ!!
「ってぇ!?」
次の瞬間、アリアに扉へ叩きつけられた。
「何すんだよ!?」
「もし怪我してたらどうするつもりだったの!? っていうかもう血が出てるじゃない!」
彼女が俺の頬を掴み、目元の血を確認する。
「離せアリア! お前は俺の母親か!」
「黙りなさいこの自殺志願者! 本気で頭叩き割るわよ!?」
……なんなんだこの女。
普通に腹立つ。
だがその時、俺は妙なことに気付いた。
シンとレイが静かすぎる。
視線を向けると――
あの二人が殺気全開で俺を睨んでいた。
「無茶しやがって……」
「兄貴……なんでそんな強ぇ技隠してたんだよ……」
レイは純粋に心配している。
それは分かる。
だがシン。
お前は“隠し技があったこと”にキレてんのか。
ほんとなんなんだこの戦闘狂。
「は? お前ら何――」
「静かにして」
視界が暗くなる。
アリアの手が俺の目を覆った。
「アリエル」
FWOOSH――!
瞬間、目の焼けるような痛みが消えた。
代わりに甘い香りが漂う。
目を開けると、緑色の光粒がこめかみ周辺で瞬いていた。
……回復術式か?
「おいおい、マジで何者だよお前。今の治癒魔法か?」
純粋に興味が湧いた。
「……小さい頃、母から教わったの」
アリアはそう答え、自分の手を見つめた。
少し震えている。
反動か。
「へぇ。じゃあ俺にも教えてくれんの?」
空気読めって話だが、気になったものは仕方ない。
「……」
だが彼女は答えない。
ただ視線を落とした。
「ん? どうした?」
「エデン、やめろ」
レイが俺を引き寄せ、小声で囁く。
「……彼女のお母さん、もういないんだよ。少し黙れ。な?」
――その一言で、俺の好奇心は一瞬で消え失せた。
空気が重く沈む。
「……悪い」
俺は静かに言い、アリアの肩へ手を置いた。
「気持ちは分かる」
彼女の呼吸がわずかに止まる。
「……あなたも?」
「両親ともな」
思った以上に冷たい声が出た。
頬の内側を噛み、記憶を押し込める。
後ろではシンもレイも黙っていた。
何を言っても余計に傷つけるだけだと理解している顔だった。
「まぁまぁ……母を失った子供が二人、ねぇ」
背後から滑らかな声が響く。
「ある神秘譚を思い出すわ」
「――!?」
振り返る。
そこにいたのは――
緋色の猫だった。
「な、ナイトキャットが……喋った……だと?」
シンが脳の処理を完全に停止させたような顔で呟いた。
……正直、俺も同じ気分だった。
「喋ってはいけないのかしら?」
緋色の猫は気怠げに笑った。
そして、その場で身体を丸める。
次の瞬間――
その身体が膨れ上がった。
骨が軋み、肉が歪み、毛皮が煙のように溶けていく。
猫だった存在は、ゆっくりと女の姿へ変わっていった。
そこに立っていたのは、一人の女性。
肩を露出した紫色のドレスを纏い、長い魔女帽子を傾けたその姿は、まるで世界そのものを支配しているかのようだった。
長い黒髪が背中へ流れ落ち、深紅の瞳が妖しく輝く。
ミルクのように白い肌。
そして、あの艶めいた笑み――
……俺には、“厄介事が人間の姿をしている”ようにしか見えなかった。
「ヴ、ヴェロニカ! なんで今変身するのよ!?」
アリアの声はいつもより鋭かった。
しかも彼女はすぐに視線を逸らす。
まるで、ヴェロニカに“見惚れている”と思われたくないみたいに。
「お……女……」
左隣から震えた声が漏れる。
もちろんレイだった。
顔面蒼白。
額には汗。
その視線はヴェロニカへ釘付けになっている。
まるで神託でも見たかのような顔だ。
「大丈夫?」
ヴェロニカがレイの異変に気付いて問いかける。
「うわぁっ!? だ、大丈夫ですっ!!」
レイは人語崩壊寸前の勢いで叫んだ。
「少しは落ち着けよ、メガネ」
俺は溜め息を吐き、レイの背中を思い切り叩いた。
「がはっ!? 何すんだよ!?」
レイが悲鳴を上げ、俺を睨みつける。
「必要だった」
俺は肩を竦めた。
「お前なぁ……」
怒りを露わにしかけたレイだったが、それ以上は叫ばず、視線を逸らした。
「さて、少年たち」
ヴェロニカの声が静かに部屋へ響く。
「骸骨騎兵たちは、そう長くは足止めできないでしょうね。逃げ道を探す必要があるわ」
……当然だ。
それしかない。
SLAM!! SLAM!!
騎兵たちが扉を叩く音が轟く。
このままでは、いつ破られてもおかしくなかった。
「そうだな……」
俺は頷きながら、次の行動を考える。
その時だった。
赤く発光した俺の視界が、廊下の奥にある“別の扉”を捉えた。
「――あそこだ」
俺はその扉を指差し、仲間たちを先導するように歩き出した。
「また扉か? 怪しすぎるだろ……」
シンの言う通りだ。
あの先にもっと厄介なものが待っている可能性は高い。
だが――
ここに留まるということは、あの怪物どもに屈するということだ。
そんな結末、俺は絶対に認めない。
その扉は、扉というより“装飾壁”に見えた。
取っ手すら存在しない。
代わりに中央には球状のオーブが埋め込まれており、扉全体には黒いルーン石が敷き詰められていた。
そこには奇妙な文字列が刻まれている。
俺はオーブを叩き、回転させようとする。
押してみる。
だが、まるで反応がない。
「これ、壊れてんじゃねぇの?」
シンが深い溜め息を吐いた。
「詰みかしらね」
ヴェロニカが不安げに笑う。
だが俺は諦めず、扉をこじ開けようと力を込め続けた。
――Sizzle!
「ん?」
突然、オーブ内部で火花が散った。
『Anomaly...』
「――!?」
その瞬間。
奇妙で――恐ろしい声が頭の中へ直接響いた。
本能が叫ぶ。
逃げろ、と。
だが声が出ない。
身体も動かない。
完全に凍り付いた。
*****
「……エデン?」
アリアが首を傾げる。
彼の動きが完全に止まったことに気付いたのだ。
「ボス? どうした?」
シンが一歩前へ出る。
だが、その目がエデンを捉えた瞬間――
彼の身体が凍りついた。
「エ、エデン……お前……」
鼓動が跳ね上がる。
動揺のあまり、いつもの“ボス”ではなく名前を呼んでしまうほどに。
「――っ!?」
次の瞬間。
全員が絶句した。
エデンの顔色は真っ青だった。
瞳からは光が消えている。
そして――
彼が“異常存在”である証だった、橙色の三角紋様までもが消失していた。
BAAAAM――!!
だが運命は、彼らに状況を整理する時間すら与えない。
金属製の門が爆散した。
骸骨騎兵団が突撃してくる。
「嘘だろ!?」
最初に我へ返ったのはレイだった。
だが目の前の扉は依然として開かない。
「やるしかない!!」
レイが叫び、震える手で剣を握り締める。
その視線は迫り来る絶望へ向けられていた。
「エデンも守りながら戦う!! 信じろ――この馬鹿は死んでない!! 絶対に置いていかせない!!」
その瞳には涙が滲んでいた。
それでも歯を食いしばり、彼は駆け出す。
「レイ、待て!!」
シンも後を追う。
「ヴェロニカ」
「分かってるわ」
すぐにアリアとヴェロニカも戦闘へ加わった。
一方――
エデンだけは動かない。
深紅の瞳は完全に虚ろだった。
まるで何者かに“中身”を奪われたかのように。
*****
ᚺᛖᛖᛞ᛫ᛗᚢ︍᛫ᚲ︍ᚨᛚᛚ,᛫ᛟᚺ᛫ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫ᚷᛟᛞ
……
ᚺᛖᛖᛞ᛫ᛗᚢ︍᛫ᚲ︍ᚨᛚᛚ,᛫ᛟᚺ᛫ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫ᚷᛟᛞ
……黙れ。
ᚺᛖᛖᛞ᛫ᛗᚢ︍᛫ᚲ︍ᚨᛚᛚ,᛫ᛟᚺ᛫ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫ᚷᛟᛞ
「黙れっつってんだろうがァァァ!!」
理解不能な古代文字が視界一面へ浮かび上がる。
見えるものは、それだけ。
聞こえるものも、それだけだった。
ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫
ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫
ᛗᚢ︍ᛊᛏᛁᚲ︍᛫
……
意味なんて分からない。
なのに、その文字たちは執拗に現れ続ける。
何かを伝えようとしているみたいに。
だが俺には理解できなかった。
Sizzle――!
やがて、漆黒の闇が淡い青へ変わり始める。
静寂に似た空間。
……少なくとも、そう願いたかった。
Rustle… Rustle…
風が耳元を撫でる。
足元の草の感触が妙に鮮明だった。
周囲を見渡す。
どこまでも続く緑の草原。
穏やかな風。
だが、この静けさは平穏じゃない。
――嵐の前触れだ。
『Anomaly...』
またあの声。
「話したいなら姿くらい見せろよ、腰抜け」
俺は左手の小指で耳をほじりながら吐き捨てた。
礼儀正しくしても意味がないことくらい分かっている。
なら最初からクソガキみたいに振る舞った方がマシだ。
「初対面で無礼とは。大胆だな、異常存在」
ビンゴ。
予想通り、数メートル先に黒い影が現れ始めた。
やがてそれは――
人型の骸骨へ変わる。
いや、ただの骸骨じゃない。
まるで古い肖像画から抜け出してきた貴族のような格好をしていた。
長い黒のコート。
袖や襟には金刺繍。
深紅のベスト。
骨だけの手には黒革の手袋。
「……うわ、最悪」
だが一番目を引いたのは頭部だった。
頭蓋骨じゃない。
――カボチャだ。
しかも間抜けな飾りカボチャじゃない。
裂けたような口。
燃え盛る炎。
まるでドラゴンでも中に閉じ込められているかのようだった。
「ようこそ、異常存在よ。あるいは――」
「エデンだ」
俺は腕を組みながら答える。
「その名、覚えておこう」
カボチャ頭の男は不気味に笑い、右手を握り締めた。
瞬間。
どこからともなく傘が現れる。
「私は獲物の名を忘れない」
SLAAASH――!!
「――っ!?」
熱が左頬を走る。
視線を向けると、血が流れていた。
「……へぇ」
俺はゆっくりと傷口へ触れる。
二本の指でなぞるように。
「間違いねぇな」
目を細めた。
「お前が堕落神秘使い……“レッドフォール”か」
「いかにも」
カボチャ男が笑う。
「ヴァークホロウ、と呼びたまえ」
「ヴァークホロウ、ねぇ……悪くない名前だ」
笑いが漏れる。
だが次の瞬間、その笑みは獰猛に歪んだ。
「――祓われる側としてはな」
Snap――!
俺が指を鳴らした瞬間。
青空が激しく震え始める。
やがて空は、血のような深紅へ染まった。
「今気付いたんだよ……」
ゆっくりと笑みが広がる。
「もう手加減する必要ねぇってな。今の俺、一人だから」
その言葉と同時に、空間そのものが歪み始めた。
そして――
「Mystic Invoke」
俺は静かに告げた。
〈FATE SIMULATOR — 観測記録〉
[地点:ヒストリア・ワイルド邸]
[対象ID:???]
[異常検出:DENIGRØS-ECHO]
[二次干渉:複数対象接触]
→ エデン・クレストフォール(第一共鳴体)
→ アリア・ヴェルシャイン(ゼロ系統適合)
→ ヴェロニカ(未知の使い魔存在)
→ レッドフォール:ヴァークホロウ(確認済み)
[局地現実歪曲:発生中]
[ルーン同期:開始]
[汚染領域密度:危険域]
[異常反応:覚醒段階]
[時間軸同期:同期崩壊検出]
[脅威レベル:測定不能]
[発動トリガー確認]
→ MYSTIC INVOKE




