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第12話 憤怒の決着

「エデン……?」


アリアはゆっくりと後退った。


視線を逸らせない。


目の前に立つ存在から。


そこにいたはずのクラスメイトは消えていた。


代わりに立っていたのは――


燃えるカボチャを頭部に持つ異形。


まるで怪物だった。


「……いや。」


マクスウェルが舌打ちする。


次の瞬間。


アリアを除く全員が武器を構えた。


マクスウェルの眼光が鋭くなる。


「坊主はどこだ、レッドフォール。」


手に握られた短剣へ力が入る。


今にも飛び掛かりそうな気配だった。


「何をした?」


「…………」


異形は答えない。


ただ静かに自分の掌を見下ろした。


「なんという力だ……」


ぽつりと呟く。


「私の予想すら超えている。」


「ちっ。」


マクスウェルの眉がぴくりと動いた。


「聞こえてないのか?」


無視され続けたことで苛立ちが表に出始める。


「おや?」


ようやく異形が顔を上げた。


そして。


口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「随分と怖い顔だな。」


低い笑い声が漏れた。


「一流のミスティックユーザーともあろう者が。」


くつくつと笑う。


「実に見物だ。」


そして大袈裟に肩を竦めた。


「だが失望したよ。」


炎の瞳が細まる。


「地位と知性が釣り合っていないとは。」


「なんだと?」


反応したのはマクスウェルではなかった。


ヴェロニカだった。


彼女の瞳が鋭く細まる。


主人の父親を侮辱されたのだ。


当然だった。


「ああ、誤解しないでくれ。」


すると突然。


異形の口調が変わった。


不気味な圧迫感が消える。


代わりに妙に陽気な笑い声が漏れた。


「だってさぁ。」


肩を竦める。


「マクスウェルさんが俺を見ても気付かないんだから、そう言うしかないだろ?」


「……は?」


一同の思考が停止した。


完全に。


「エ、エデン……?」


レイが震える声を漏らす。


だが武器はまだ下ろさない。


「本当にお前なのか?」


「いや、当然だろ。」


ヴァークホロウそのものの姿で。


エデンはわざとらしく目元を拭った。


「自分の仲間も見分けられないなんて。」


盛大にため息を吐く。


「傷付くわー。」


「ふん。」


だが。


マクスウェルの警戒は解けなかった。


「なぜ信じる必要がある?」


短剣が少しだけ下がる。


だが殺気は消えていない。


「もしお前が坊主を殺して記憶を奪っただけだったら?」


声が鋭くなる。


「話し方も真似できる。」


ミスティックエネルギーが微かに弾けた。


「だが本人じゃない。」


「うーん。」


エデンは腕を組む。


確かにその通りだった。


元々ヴァークホロウがやろうとしていたことも、それに近い。


彼らが疑うのは当然だ。


「なら簡単だ。」


エデンは人差し指を立てる。


「俺がエデンじゃないとしても。」


腕を組み直した。


少し胸を張る。


なぜか得意げだった。


「ミスティックエネルギーの波長は違うはずだろ?」


ニヤリと笑う。


「自分たちで確かめればいい。」


「ふむ……」


マクスウェルが目を細めた。


そしてシンとレイを見る。


「できるか?」


「はい。」


「もちろんです。」


二人は頷く。


そしてカボチャ頭へ意識を集中した。


静寂。


数秒後。


先に目を開いたのはレイだった。


「間違いありません。」


緊張していた肩が少し下がる。


「エデンのミスティックエネルギーです。」


「うんうん!」


シンが大きく頷く。


「間違いなくボスだ!」


「ほらな?」


エデンは肩を竦めた。


「最初からそう言ってるだろ。」


くつくつ笑う。


「反応遅すぎ。」


「それを慎重と言うんだ。」


マクスウェルは大きく息を吐いた。


どうやらようやく安心したらしい。


そして改めて。


エデンの姿を上から下まで眺める。


「で?」


首を傾げた。


「どうしてこうなった?」


「えーっと……」


エデンは後頭部を掻く。


困ったように笑う。


「その……」


少し視線を逸らした。


「話すと長いんだよなぁ。」

*****


「今、なんて言った?」


エデンの目が細められる。


露骨な苛立ちが顔に浮かんでいた。


「聞こえた通りだ、クレストフォール。」


ヴァークホロウは小さく鼻を鳴らしながら立ち上がった。


そして燃える瞳をエデンへ向ける。


「お前は確かに世界を変えるかもしれない。」


その声は少し低かった。


「だが――私の復讐を背負う資格はない。」


視線がゆっくりと血色の空へ向けられる。


「あの重荷は私だけのものだ。」


「へぇ?」


エデンは腕を組む。


まるで興味なさそうに。


「で?」


眉を上げる。


「それでどうするつもりなんだ?」


「……方法は見つける。」


ヴァークホロウは静かに答えた。


以前よりもずっと弱々しい声で。


まるで敗北を認めた人間のように。


「ほんっと馬鹿だな。」


エデンは盛大にため息を吐く。


そして指を鳴らした。


「なぁ、セバスチャン。」


視線が鋭くなる。


「本気で全部一人で背負えると思ってるなら。」


少し間を置く。


「絶対無理だ。」


断言だった。


「できるなら。」


乾いた笑いが漏れる。


「五百年前に終わってる。」


ヴァークホロウは何も言わない。


エデンはそのまま続けた。


「別に俺は正義の味方じゃない。」


一歩前へ出る。


「でもさ。」


瞳が少しだけ曇る。


「お前が経験したものを見た後で。」


「何も感じないなんて無理だろ。」


静寂。


燃える風だけが吹いている。


「……あれだけの憎しみを見せられてな。」


ヴァークホロウは黙ったままだった。


するとエデンはさらに続ける。


「それにな。」


表情が暗くなる。


「俺、あのホワイトデビルズについて少し心当たりがある。」


「――!?」


その瞬間。


ヴァークホロウの瞳の炎が激しく燃え上がった。


「知っているのか!?」


一歩踏み出す。


「奴らは誰だ!?」


声が震える。


「誰が率いている!? まだ生きているのか!?」


「落ち着けって。」


エデンは疲れたように手を振る。


「心当たりがあるってだけだ。」


肩を竦めた。


「全部知ってるわけじゃない。」


しばらく沈黙が流れる。


その後。


エデンはヴァークホロウの横を通り過ぎながら言った。


「これは俺自身の意思だ。」


足を止める。


振り返る。


紅い瞳が冷たく光った。


「俺は俺のやりたいようにやる。」


声が低くなる。


「そして今の俺がやりたいことは一つだ。」


拳が震える。


戦いを求める獣のように。


「ホワイトデビルズを潰す。」


歯を剥き出しにする。


「一人残らず。」


「クレストフォール……」


ヴァークホロウが呟いた。


「自分が何を言っているか理解しているのか?」


「もちろん。」


エデンは即答した。


だが心の中では別の思考が巡る。


(ホワイトデビルズ……)


(それ以上に。)


脳裏に浮かぶ一人の男。


(ノア。)


拳がゆっくり握られる。


(どうりで見覚えがあったわけだ。)


冷たい視線が地面へ落ちる。


(あいつが鍵だ。)


(俺の両親の死の真相へ辿り着くための。)


「……無茶な奴だな。」


ヴァークホロウは苦笑した。


しかし。


その瞳からは以前のような狂気が消えている。


ゆっくりと。


彼は手を差し出した。


「だが。」


炎が静かに揺れる。


「馬鹿ではない。」


それを見て。


エデンは小さく笑った。


「やっと分かったか。」


そして。


その手を握る。


固く。


確かに。


次の瞬間だった。


ヴァークホロウの身体が崩れ始める。


溶岩へと。


燃え盛る灼熱へと。


身体は砕け。


無数の炎の欠片となって散っていく。


轟音と共に火炎が渦を巻いた。


全てがエデンへ流れ込む。


《混沌領域》が激しく震えた。


緑雷。


灼熱。


崩壊。


その中心で。


一つの声だけが響く。


「全てを託すぞ、エデン。」


エデンは不敵に笑った。


いつものように。


自信満々に。


「後悔させないさ。」


そして――


次の瞬間。


全ての溶岩が彼の身体へ融合した。


BOOOOOM――!!!


眩い緑光が炸裂する。


その光は《混沌領域》そのものを呑み込み。


世界を白く染め上げた。

*****

「なるほどな……?」


マクスウェルは数度瞬きをした。


どうやら完全には理解していないらしい。


「まあ、お前が無事ならそれでいい。」


あっさり結論を出す。


そして踵を返した。


「よし、帰るぞ。」


手をひらひら振りながら続ける。


「この館の件は我らが『期待の星たち』によって解決された。」


なぜか誇らしげだった。


まるで自分が全て解決したかのように。


「ここに残る理由はないな!」


胸を張りながら先頭を歩いていく。


「お父さん……」


アリアは疲れ切った顔で額を押さえた。


だが何も言わない。


反論する気力すら残っていないのだろう。


あるいは。


単純に眠かっただけかもしれない。


「ふぁぁ……」


ヴェロニカが大きな欠伸を漏らした。


「もう眠いわ。」


その瞬間。


人間の姿が崩れ始める。


赤い光が弾け。


再びスカーレットキャットへと戻った。


「えっと……」


レイが恐る恐る声を掛ける。


「ミ、ミス・ヴェロニカ……」


「ん?」


ヴェロニカは首を傾げた。


「レイ君だったかしら?」


くすりと笑う。


「ヴェロニカでいいわよ。」


「ヴ、ヴェロニカ……」


レイは慌てて言い直した。


後頭部を掻く。


緊張しているのが丸分かりだった。


そして。


意を決したように口を開く。


「その……」


顔が真っ赤になる。


「そんなに眠いなら……」


さらに赤くなる。


「ぼ、僕が抱っこしてもいいかな!?」


一気に言い切った。


「ね、猫の姿限定で! もちろん!」


必死だった。


「その……休めるかなって!」


「無理やりじゃなくて!」


「ただ聞いてみただけで!」


「そ、そういう意味じゃなくて!」


もはや何を言っているのか本人にも分かっていなかった。


「まあ。」


ヴェロニカが楽しそうに笑う。


「優しいのね。」


次の瞬間。


彼女はふわりと跳び上がった。


レイは慌てて両腕を伸ばす。


そして。


しっかりと受け止めた。


「ありがとう、レイ君。」


スカーレットキャットの姿のまま。


ヴェロニカは小さく喉を鳴らした。


そのまま目を閉じる。


丸くなる。


完全にリラックスしていた。


一方のレイは。


まるで自分の魂そのものを抱きしめているかのような慎重さで彼女を抱えていた。


「やるじゃねぇか。」


その様子を見ていたエデンが満足そうに頷く。


「男を見せたな。」


「へへっ。」


レイの顔は真っ赤だった。


「ところでボス。」


不意にシンが話しかける。


指差した先はエデンだった。


正確には――


今のその姿。


カボチャ頭の異形。


「なんで戻らないんだ?」


「ん?」


エデンは自分の身体を見下ろした。


「ああ、これか。」


肩を竦める。


「慣れておこうと思ってな。」


そう言って。


シンへウインクを飛ばした。


そして前方へ視線を向ける。


(依頼は終わった。)


心の中で呟く。


(だけど――)


燃えるような橙色の瞳が細まる。


(本当の仕事はここからだ。)


ノア。


ホワイトデビルズ。


両親の死。


そして。


デニグロスの謎。


まだ何一つ終わっていない。


エデンは静かに笑った。


その笑みは獲物を見つけた捕食者のようだった。

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