第74話 去る者日々に疎し
新学期初日。
教室は再会を喜ぶ子供達の喧噪で包まれていた。
久しぶりに会うクラスメイトの中には
真っ黒に日焼けした顔がチラホラ見られた。
ナカマイ先生は挨拶の後で、
1人1人の顔を見ながら
丁寧に今学期初めての出席をとり始めた。
俺はそんな教室の光景をぼんやりと眺めていた。
ここでは葉山実果の死は
すでに過去の出来事となっていた。
たしかに葉山は隣のクラスの生徒で
直接の接点はない。
加えて夏休み中の出来事であり、
あれから1か月が経過しようとしていた。
わかってはいるが、
それでも子供は残酷だと思った。
いや。
それは何も子供に限ったことではない。
去る者日々に疎しは世の常だ。
だが。
俺はそう簡単に忘れることはできなかった。
俺だけが彼女の死が自殺ではないことを
知っている。
葉山の死は事件にすらなっていない。
葉山を殺した男は何の罰を受けることもなく、
今ものうのうと生きている。
そんなことは許されない。
「前世」では逃げおおせたようだが
「現世」ではそうはさせない。
犯人には必ず罪を償わせる。
葉山を殺した男は
葉山のお腹の子の父親であり、
この学校の教師でもある。
そこから考えると犯人はかなり限定される。
教師が特定の生徒と親密になるのは
意外と難しい。
受け持ちのクラスの生徒でなければ
そのハードルはぐんと上がる。
実際。
6年の担任であれば俺も把握しているが、
他の学年の教師となると
俺は名前すらわからない。
つまり他の学年の教師が
葉山に近づくのは困難だといえる。
そして。
6年生は全部で3クラス。
俺達3組の担任のナカマイ先生は
女性であることから当然犯人から除外される。
残るは2人。
1人は1組の担任である一色拓海。
一色はノリの軽い気障な男だった。
軽くウェーブの掛かった髪が少しでも乱れると、
スーツの胸ポケットに刺さっている櫛で
すぐに整えられた。
明るい性格というよりも、
俺の目には
学生気分が抜け切れない社会人1年目
のように映った。
それでいて実は30歳を超えている
というから驚きだった。
一色拓海はボス猿とは違って
子供達からは人気があった。
男子生徒からは「ヒーロー」と
女子生徒からは「拓ちゃん」と
まるで友達のように慕われていて、
本人も咎めることはなく
その呼び名を受け入れていた。
「前世」では
俺も変わった教師がいるなという程度には
認識していた。
しかし。
今改めて考えると
明らかに異端と言わざるを得ない。
一色拓海ならば葉山も気を許した可能性がある。
そして。
2組の担任である猿田権造は当然、
葉山と最も接点がある有力な容疑者だった。
ボス猿に関しては疑わしき過去がある。
さらに女子生徒の着替えを覗く
という余罪まである。
少女に対する如何わしい執着。
所謂ペドフィリア。
わかりやすい言葉で言えば小児性愛。
それに。
将来ボス猿はナカマイ先生と結婚する。
葉山の妊娠がボス猿にとって
都合が悪いことに変わりはない。
つまり。
葉山を殺したのはボス猿の可能性が高い。
それが俺の出した結論だった。
そして。
もしボス猿が犯人である証拠が見つかったら。
どうする?
この国の司法に委ねるのか?
しかし。
それでは葉山の妊娠も明らかになる。
それに。
この国では
被害者の無念よりも加害者の救済が優先される。
命の代償がたかが10年の懲役ならば
死者は浮かばれない。
『目には目を・・』
その声に俺は慌てて首を振った。
『熊谷大吾は上手く殺せたじゃないか』
違う。
あれは事故だ。
俺はすぐに心の声を否定した。
『そうだ。
あれは事故だ。
事故にみせかけろ。
そういう工作は得意だろ?
それに誰も子供のお前が殺したなんて
思わないさ』
俺は大きく深呼吸をして額に滲む汗を拭った。




