第44話 アタッシュケース
風呂から出て部屋に戻った俺は
開かれたアタッシュケースを前に
途方に暮れていた。
たしかに俺の予想通り
アタッシュケースの中には
ビデオカメラとテープが入っていた。
しかしそれ以上に目を引くモノがあった。
1つは輪ゴムで止められた1万円札の束だった。
数えたところ全部で89枚あった。
なぜこんな大金を大吾が持っていたのか。
それについては後で考えるとして、
その現金よりもさらに異彩を放つモノがあった。
それは乱暴に詰め込まれた
いくつもの体操着だった。
俺はそれらを1枚1枚取り出して床に広げた。
全部で9着。
床に並べると異様な光景が目の前に広がった。
ブルマに関しては
どれが誰の物かまったく判断できなかったが、
上着は縫い付けられたゼッケンで
その持ち主が確認できた。
9着のうち6着は6年3組の生徒の物だった。
当然、その中には奥川の名前もあった。
そして他のクラスの生徒の物が3着。
そのうちの1つの名前に聞き覚えがあった。
「葉山実果」だ。
もう2着には
「西園愛」
「神々美和」
と書かれていたが
この2人は初めて目にする名前だった。
これらの物をどうするべきか
早急に考える必要がある。
俺の手から持ち主に返すわけにもいかないし、
かと言って
このまま部屋に置いておくのは危険だった。
とりあえず俺は
床に散らばった体操着を1枚ずつ綺麗に畳んで
アタッシュケースに戻した。
そして現金の方は
机の鍵のかかる引き出しへ入れた。
それから俺は
床に残されたビデオテープに目を向けた。
ビデオテープは全部で5本あった。
その中でまず
「茜」と書かれたラベルのテープを再生した。
しばらくして若干赤みがかった画面に
一軒の家が映し出された。
時刻は夕方のようだ。
撮影者が画面の先に映っている窓に向けて
歩き出したのがわかった。
撮影に慣れていないのだろう、
画面の揺れが酷くて酔いそうだった。
ふいに画面が暗くなった。
そして次に画面が明るくなった時、
画面の奥に人影が写った。
その人物は裸で
こちらに背を向けてシャワーを浴びていた。
窓の隙間から撮影されているせいか、
視界の狭さと光の加減のために
はっきりとは確認できなかったが、
体のフォルムからその人物が
少女であることはわかった。
少女の後姿は
女としての成長の途上を予感させた。
少女は鼻歌を口ずさんでいた。
これが茜なのか。
後姿だけでは判断できないし、
鼻歌にしてもその声は反響していて
はっきりと茜の声とは断定できなかった。
そのまましばらく
シャワーを浴びる少女の後姿が続いたが、
最後まで少女が振り向くことはなかった。
映像はそれだけだった。
時間にして5分もない。
俺は少々拍子抜けした。
はたしてこれが
脅迫の材料になるのか疑問だったが、
案外、映像を持っているというだけでも
十分に効果的だったのかもしれない。
どちらにせよこれで茜の悩みの種は無くなった。
俺は次に
「体育」と書かれたラベルのテープを
手に取った。
それは文字通り体育の授業の時の
女子生徒の着替えを盗撮したモノだった。
そのアングルから教室の後ろの
掃除用具箱の中に
カメラを仕込んだことがわかった。
しかし画面は暗く視界も狭く、
おまけにピントもぼけやけていた。
数人の女子生徒が代わる代わる画面に映ったが、
それが誰なのかさえ判別するのは困難だった。
しばらく見てから俺はテープを取り出した。
残った3本のテープには
それぞれ
「ナカマイ先生」
「校長」
「ヒーロー」
と書かれたラベルが貼られていた。
「ナカマイ先生」
と書かれたテープは気になったが、
他の2本に関してはどうでもよかった。
「校長」というのもさることながら、
子供向けの「ヒーロー」番組には
まったく興味がなかった。
俺は「ナカマイ先生」と書かれたテープを
手に取った。
それは黄昏の小道を1人で歩いている
女性の後姿から始まった。
ツインテールの髪と
赤いジャージでそれが誰なのかは
一目瞭然だった。
閑静な住宅街だった。
道路の両側には大きな家が建ち並んでいた。
彼女はその中でもひと際大きな
純和風の門の前で足を止めた。
彼女は潜戸から中へ入っていった。
明らかに異様な雰囲気の門構えだった。
門の右上の隅に防犯カメラが確認できた。
門柱から伸びる塀は高く
中の様子は見えなかった。
そしてその塀はぐるりと屋敷全体を
囲んでいるようだった。
画面中央に
「畑中」と書かれた表札が映し出された。
それからしばらく。
遠くから門だけを映した映像が続いた。
俺が「停止」ボタンを押そうとした時、
画面に変化があった。
門が開いて黒いスーツに身を包んだ
見るからにガラの悪そうな連中が出てきた。
男達は門の前で綺麗に整列した。
それからすぐに
今度は黒塗りのベンツが出てきた。
ベンツはゆっくりと画面の外へ消えていった。
男達は走り去ったベンツに向かって
深々と頭を下げていた。
次に俺は「校長」と書かれたテープを再生した。
無機質なコンクリートと
上空に広がる空が映し出された。
空の色からしてこれも黄昏時だった。
画面奥のフェンスに見覚えがあった。
学校の屋上だった。
画面がゆっくりとフェンスへ近づいていった。
フェンスの前で一度画面が大きく揺れて
真っ暗になった。
次に映像が映ったとき、
俺は目がくらみそうになった。
映像は遥か下の地面を映していた。
画面が若干揺れていたのがリアルで、
映像とはわかっていても足が竦んだ。
撮影者である大吾はフェンスを越えて
屋上の縁からこの映像を撮ったようだ。
何のためにこんな危険な真似をしたのか。
やはり
何とかと煙は高い所が好き
というのは真実のようだ。
カメラがゆっくりと大吾の足元を映した。
そこには水の入ったバケツが置かれていた。
すぐにまた遥か下の地面にピントが向けられた。
それからはただ地面を撮影しているだけの
映像が続いた。
ふいに映像に変化があった。
下に小さな人影が現れた。
その長髪から校長の勅使河原だとわかった。
そして校長の姿が
画面の中央に差し掛かったとき、
先ほどのバケツが画面に割り込んだ。
一瞬の後、
真下を歩く校長が
「ひゃぁぁぁぁ」
という気色悪い悲鳴をあげた。
すぐに映像が乱れて切れた。
くだらない子供の悪戯だった。
大吾は校長に水をかけるために、
わざわざ屋上のフェンスを越えるような
危険を冒したのだ。
馬鹿馬鹿しい。
俺がテープを止めようとしたとき、
ふたたび画面が明るくなった。
画面の両側に障害物があるのか、
視界は全体の3分の1程度だった。
それでもその狭い画面の中に
ぴたりと人物が収まっていた。
その人物はまたしても校長の勅使河原だった。
どうやら茜を盗撮した時のように、
校長室の窓の隙間から盗み撮りしたようだ。
校長は服を脱いでタオルで頭を拭いていた。
先ほどの水をかけられた直後の映像だろう。
次の瞬間、
画面には信じられない光景が映し出された。
タオルを取った校長の頭には
あの自慢の長髪が無かった。
後頭部と側頭部には
気持ち程度の髪が残っているだけだった。
校長のあの似合っていない長髪は
カツラだったのだ。
「あっくん!ご飯よ~!」
その時。
階下から俺を呼ぶ母の声が聞こえた。
俺はテープを5本まとめて
机の一番下の引き出しに入れて部屋を出た。




