第34話 事故
俺が階段を上がると、
3人が俺に手を振っていた。
「Tombstone in 城之三崎」の屋上は
学校の屋上のように
だだっ広いコンクリートの地面が広がっていた。
視界を遮る物といえばただ1つ、
真ん中あたりにポツンと設置された
貯水槽だけだった。
「待ってたぜ、あっくん。
全員が揃ってからじゃないとな。
ひひひ」
3人は煙草を手にしていた。
俺は翔太から煙草を受け取って、
洋のライターで火を点けた。
俺達はその場に腰を下ろした。
その時。
俺はふと、
高校生の頃に見た
ある映画のワンシーンを思い出した。
それは囚人達が炎天下の下、
屋外作業中にビールを飲むという場面だった。
自由な小学生と不自由な囚人。
そして煙草とビールの違いはあったが、
俺はその時の囚人達の気持ちが
少し理解できたような気がした。
そしていつもは不快感ばかりの煙草が
この時ばかりは不思議と美味しく感じられた。
「大吾はどうする?
どうやって引き上げるか考えるか」
一服したところで俺は3人に聞いた。
「引き上げるって言ったって
あの体重は無理だよ」
「放っておけばいいんだよ。ひひひ」
「でも大吾さん、
悔しがってるんじゃないかしら」
「悔しいだろうね。
だってここに一番来たかったのは大吾だもん」
「今から痩せれば来年には通れるようになるぜ」
「まあ。痩せた大吾さんって想像できないわ」
3人は笑った。
「大吾も仲間だろ?」
俺の言葉に3人は顔を見合わせた。
「仲間?
翔太と茜ちゃんは仲間だけど、
あいつは別さ。
当然、あっくんは仲間だぜ」
「洋、そんなこと言って
大吾に聞こえたらまずいよ」
「そうよ。
洋さん、あの人すぐ下にいるのよ」
翔太と茜が慌てて制した。
洋は茜の言葉に一瞬驚いた表情を浮かべたが、
「そんなことより今を楽しもうぜ」
とすぐに気を取り直して立ち上がった。
普段は「大ちゃん」と呼んでいる翔太と洋が
今は「大吾」と呼び捨てにしていた。
「そうだね。
向こうからの景色も見てみようよ」
「私はここでもう1本吸ってからにするわ」
茜を残して俺達は太陽の沈むほうへと向かった。
端まで来ると翔太と洋は
地面に大の字になって寝ころんだ。
「気持ちいいね」
「最高だぜ」
俺は立ったまま周囲の景色に目を向けた。
この辺りで一番高い建物だけあって
見晴らしは良かった。
南南西にさっきまでいた
「Twilight Avenue 城之三崎」が、
そこから西へ視線を動かすと
「Paradise Garden 中之島」が確認できた。
北西には中之島小学校の校舎が望めた。
「ねえ、洋。煙草持ってきた?」
「いや。茜ちゃんのところに置いてきたぜ」
小学生の会話でなければ、
他愛もないやり取りだった。
「そっか。
じゃあ僕は向こうで一服してくるよ」
翔太は立ち上がると
先ほどの場所へと戻っていった。
「わかりやすいだろ?」
洋が上半身を起こして翔太の方を顎で指した。
「翔太は茜ちゃんのことが好きみたいだけど、
俺は無理だと思うぜ」
「どうしてそう思うんだ?」
「翔太は良い奴だけどさ、
さすがに茜ちゃんとは釣り合わないぜ」
つまり確たる理由はないということだ。
「そうかな?
俺は案外お似合いだと思うけどな」
「あっくんは頭は良いけど、
人を見る目がないな」
洋は「ひひひ」と笑った。
「それにここだけの話、
大吾も茜ちゃんを狙ってるんだぜ」
俺は驚いて洋の顔を見た。
「待てよ。大吾は奥川のことが・・」
「それはあっくんと奥川が
付き合う前の話だろ?
今は茜ちゃんに狙いを変えたのさ」
洋はまた「ひひひ」と口元を歪ませた。
大吾の気持ちが奥川から茜へと移ろった。
もしこれで
翔太と茜の未来が壊れるようなことがあれば。
それは俺の責任だ。
俺の行動が歴史を歪ませる。
俺は頭を振った。
いや。
過程は違えど
俺が「前世」と同じ渾名を付けられたように、
大きな歴史の流れの中では、
俺1人の行動など些末な問題で
歴史は同じ道を辿るように
その軌道を修正するのではないか。
ならば翔太と茜の将来も・・。
「きゃああ~!」
その時。
叫び声がした。
そしてそのすぐ後に
俺と洋の名前を呼ぶ声が聞こえた。
何事かと声のした方に目を向けると、
背を向けて立っている茜の隣で
こっちに向かって激しく手を振っている
翔太が見えた。
「あっくん、洋、こっち!」
翔太が大声で俺達の名前を呼んだ。
次の瞬間、
2人のいる場所が
あの排水管のある所だと気付いて
俺は駆け出した。
俺が2人の許へ着いたとき、
茜は口に手を当てて立ち竦んでいた。
その横で翔太はパニックになって
今にも泣き出しそうだった。
俺は翔太の隣に立って縁から下を覗きこんだ。
排水管にしがみついている大吾が
目に飛び込んできた。
「大吾!」
「た、助けて・・」
普段の大吾からは考えられない程
小さく怯えた声だった。
よく見ると大吾の足はすでに外階段の手摺から
離れていた。
この状態で戻るのは不可能だった。
大吾を助けるには
ここに引き上げるしかなかった。
「翔太!大吾の手を掴めるか」
「う、うん。
手を伸ばしてくれたら多分届くと思う」
「大吾、聞こえたか!
翔太の手を掴むんだ!」
俺は大吾に向かって叫んだ。
「茜!翔太の体を支えてくれ」
「わかったわ。翔太さん、頑張って」
「洋。俺達は翔太が大吾の右手を掴んだら、
左手を取って引っ張り上げるぞ」
翔太の手が大吾の右手を掴んだ。
「洋!」
俺は後ろを振り返った。
しかし。
そこに洋はいなかった。
俺は周りを見回した。
よく見ると、
洋は先ほどの最西端の場所で
寝ころんだままだった。
「洋ー!大吾が危険なんだ。
手伝ってくれ!」
俺は声の限り叫んだ。
それでも洋は動かなかった。
俺の声が届いていないはずがなかった。
「あっくん、は、早く・・。
ぼ、僕・・もう無理だよ」
翔太の声で俺は視線を下に戻した。
「大吾!その手を離して俺の手に掴まれ」
それでも大吾の左手は
排水管をしっかりと抱いたままだった。
「あっくん、は、早く・・」
翔太が苦しそうな声を出した。
「大吾!急げ!翔太が持たない。
俺の手に掴まるんだ!」
「う、ううぅ」
大吾が排水管から左手を離して、
俺の方に手を差し出した。
俺はその手を掴もうと精一杯、
手を伸ばした。
俺の指先が大吾の指に触れた。
が、
触れただけだった。
「だめだあぁ」
隣で翔太が叫んだ。
同時に大吾の体が宙に投げ出された。
「うあぁぁぁ」
という雄叫びのすぐ後で、
大吾の体が地面に叩きつけられる瞬間を
俺ははっきりと見た。




