世界で最も美しい童話の果てに:『星の王子さま』が遺した優しさと孤独
6月29日「星の王子様」の生みの親サン=テグジュペリ生誕126年
「大人たちは誰もが、かつては子どもだった。しかし、そのことを覚えている者は少ない。」
『星の王子さま』の冒頭に添えられたこの献辞の中で、Saint-Exupéry は穏やかな筆致で一つの残酷な真実を浮き彫りにし、物語全体にそこはかとない哀愁のヴェールを被せている。
大人という殻を被りながらも、彼は自らの内なる子どもを決して見失うことはなかった。まるで生涯のすべてを大空で過ごしたかのように、彼にとって飛行機は、かけがえのない巨大な玩具であったのだ。
若かりし頃はセネガルとトゥールーズを結ぶ郵便飛行士として空を駆け、後にはナチスに抗うため再び操縦桿を握った。パリ・サイゴン間の最短飛行記録に挑んだ折には、サハラ砂漠に墜落し、あわや命を落としかけたこともあった。
そうした幾多の過酷な道のりは、『南方郵便機』『戦う操縦士』『夜間飛行』『人間の土地』という数々の名作へと姿を変えた。果てしなく続く飛行の孤独が、彼にこの世界を遥か上空から俯瞰する視座を与えたのである。
そして『星の王子さま』は、ついに地球という枠組みすらも飛び越えていく。無数の孤独な小惑星が点在するその宇宙には、砂漠があり、一輪のバラがあり、キツネがいて、バオバブの木が奔放に根を張っている。そして豪奢な衣を纏った王様が、沈みゆく太陽に命令を下している。
それは間違いなく、この世で最も美しい童話だ。自らの言葉と挿絵でこの物語を完成させて間もなく、Saint-Exupéry は煙のように姿を消した。
44歳の時のことである。写真偵察機 P-38 Lightning を駆り、コルシカ島から南仏へ向かって飛び立った彼は、そのまま雲の彼方へと融けていった。以来、生身の彼の姿を目にした者は誰もいない。




