後退できないポーンたちへ:AIに敗北した人類が歩むべき道
機械との対立は産業革命の時代から囁かれてきたが、我々人類が真の意味で「機械の影」に怯えたのは、ある一つの盤上での敗北が始まりだった。
1997年5月11日。Garry Kasparov という生ける伝説が、IBMの産み出した鉄の塊「Deep Blue」に膝を屈した。第2局で「機械に神を見た」と畏怖し、第5局で「恐怖」を自認した天才は、最終局、圧倒的な嫌悪と共に駒を投げた。怒りと絶望に震える Kasparov をよそに、1.4トンの巨大な脳はただ冷徹に沈黙していた。
それから20年。かつて敗北を憎んだ天才はこう語る。「知能を持つ機械を、決して敵と見なしてはならない」。床磨きが機械に代わったと嘆くのは、抗生物質のおかげで墓掘り人が失業したと文句を言うようなものだ、と。
1947年に Alan Turing が紙の上に描いた夢は、50年後に世界王者を打ち倒し、さらにその約20年後、AlphaGo が柯潔を破る頃には、世界中のあらゆる仕事が「機械の足音」を聞くようになっていた。
盤上で機械に勝てなくなった我々は、どこへ行くのか。
後退を知らないチェスのポーンのように、我々もまた、前へ進み続けるしか道はないのだ。
人類の文明史にその「足跡」を深く刻み込んだ物語がある。
「人間対機械」という構図は産業革命の時代から広く語られてきたが、人類が機械から底知れぬ脅威を肌で感じたのは、あるチェスの敗北からだったと言えるだろう。
1997年5月11日、通常持ち時間の対局において、コンピュータが初めてチェスの世界ランキング1位のプレイヤーを打ち破った。世界チャンピオンである Garry Kasparov が、IBMの開発した「Deep Blue」に2.5対3.5で敗北を喫したのだ。
第2ゲームを振り返り、Kasparov は「あの瞬間、Deep Blue が突然『神』のような次元に達した」と語った。第5ゲームの後には、人類の代表である彼は「自分がいくらか恐怖を感じていたことを認めるのに、何の抵抗もない」と吐露している。そして最終第6ゲーム、彼はあからさまな嫌悪感を滲ませて対局を放棄し、試合後の記者会見で怒りと絶望を露わにした。その間、1.4トンの巨大な機械である Deep Blue は、ただ一言も発することなく、冷徹に沈黙を守っていた。
その後、IBMの株価は高騰し、彼らは Kasparov との再戦に応じることはなかった。
それ以降、ほぼ毎年のように名前の異なるコンピュータと人類のトッププレイヤーが盤上で激闘を繰り広げ、勝敗を分けてきた。しかし、1997年に米Newsweek誌が掲げた『The Brain's Last Stand(脳の最後の抵抗)』という見出しほど、人々の心を激しく揺さぶるものはもはや存在しない。
Deep Blue に敗れてから20年後、Kasparov はある記事でこう綴っている。「私が負けず嫌いであることは周知の事実であり、敗北を受け入れるのも得意ではない。(中略)しかし20年が経ち、この分野に対する理解が深まった今、私は『決して知能を持つ機械を敵と見なしてはならない』と確信している。新しいテクノロジーによって床磨きの仕事が奪われたと嘆くのは、抗生物質の登場で墓掘り人の仕事がなくなったと文句を言うのと同じくらい、意味のないことなのだ」
1947年、Alan Turing は世界初となるチェスプログラムを考案した。その50年後に Deep Blue が Kasparov を打ち破った当時、主流のパーソナルコンピュータはまだ「586」モデルであった。そして2016年に AlphaGo が柯潔に勝利した時、あらゆる産業が機械からの衝撃を肌で感じ、あるいは既にそれに適応し始めていた。世の中には、もはやコンピュータに代替できない人類の仕事など存在しないのではないか。今は存在しなくとも、未来には必ずそうなるだろう。
盤上でコンピュータに勝てなくなって久しい人類は、これからどこへ向かうべきなのか。
おそらくチェスのポーン(歩兵)と同じように、振り返ることを許されず、ただ前へ進むことしかできないのだろう。




