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『降臨』

 世界全体が砕けたような音が響きわたる。


 脳が攪拌されたかと思うくらい揺さぶられ、俺は頭を押さえ床に転げる。


「がっぁ、あああぁああああああああ!」


 それは、八月七日。


 あの時と同じだった。


 グラグラとふらつく頭を手で押さえながら、何とか体を起こす。


「っつ、何が……」


 テーブルを支えに、立ち上がろうとすると、目の前の両親は、スプーンをもったまま微動だにしない。


「親父……、母ちゃん」


 何かおかしさを感じた俺は隣に座っていたエルピスを見る。


「エルピス……」


 横にいたエルピスも頭を押さえ苦しそうにしながら、椅子に座ったままの陽芽の体をさする。


 陽芽は、スプーンを手に笑ったまま、まっすぐ前を見ている。


 大きく歯を見せて、笑顔のまま。


 エルピスは陽芽の頬を撫でるも、陽芽は全く反応しない。


「どうなってんだよ……」


 家族全員の時間が止まったかのようだ。


 エルピスが俺を見る。


「動かない……」


 いつになく動揺して震えた声で、エルピスは言う。


「太陽! 」


 ヒル子がイマジナイトから現れる。


「ヒル子。みんなが」


 俺の口から聞こえるのは、掠れて脅える声だった。


「狼狽えるでない!」


 ヒル子が叫ぶと、ヒルコの声が響き、俺ははっとする。


 恐怖に支配された頭がクリアになる。


「まずは何が起きたか把握せねば! とにかく外に出るのじゃ!」


「お、おお!」


 俺は廊下を駆け、玄関のドアを開けて、言葉を失う。




 視界に映る全ての世界が、毒々しい紫と漆黒に覆われている。


 空全体が漆黒の雲に覆われていた。


「異界なのか……」


 これまで、異界に入ったことはあった。


 けど、今回は違う。



 世界全体が、異界に変貌していた。


 まるで塗りつぶされたかのように。


 ショックで夢遊病者のように、家の敷地からふらふらと出たその時、横から気配を感じる。


 隣の家の入口に、黒黒とした樹が生えていた。


 樹の先端からは、鞭のような枝が何本も生えている。


 こんな樹があったか?



 と疑問が浮かんだ瞬間だった。


 幹が三つに裂ける。


「は?」


 脚となった幹が俺の頭上を飛び越え、真上に影ができる。


 俺は見上げる。


 巨大な口と鋭利な牙が、視界全体に広がる。


 呑み込まれる。



 既に俺の目の前まで迫った時、俺の服が思いっきり引っ張られ、俺は背中から転ぶ。


 獣の雄たけびが聞こえ、頭上から樹が吹き飛ぶ。


「なーにをしとるんじゃ! 」


 尻餅をついた俺を叱るように、ヒル子が叫ぶ。


 俺の横には、エルピスがしゃがみこむ。


 ヒル子とエルピスが俺を引っ張って助けてくれたのか。


 成体となったレグルスが唸りながら、樹の方を向いて威嚇している。


 茫然とした俺の手を、エルピスが握る。


「食われるところじゃったぞ! 」


 ヒル子が叫ぶ。


「あれは、樹じゃなくて」


 俺は立ち上がり、目の前の樹だと思い込んでいたものを見る。


 樹かと思ったそれは、三つ足で立ち上がる。


 蹄のような太い脚が生え、その付け根から天辺まで下向きに巨大な牙が生えた口がついている。


 天辺の枝から伸びた触手が蠢く。


「怪物だとっ?!」


 怪物は脚を高く上げ、その牙の生えた口を大きく開ける。


 今にも飛びかかろうとする怪物に、俺は変身しようと左手を掲げる。


 叫ぼうと口を開いたしたその時、背後から鞭のような音が聞こえ、何かが俺に巻き付く。


「なっ?!」


 俺はそのまま空中へ持ち上げられる。


「もう一匹?!」


 背後から、いつの間にかいたもう一体の怪物につり上げられる。


 触手の棘が肉に食い込み締め付け、痛みで叫ぶ。


 刹那、黒い稲妻が空から飛んできて、俺をしめつけた触手が切れる。


 俺は何とか地面に着地すると、黒豹となったバーストが吠える。


 全身から立ち上るオーラに、樹の怪物がたじろぐ。


「八剣太陽! EDENに向かいなさい!」


「でも、家にはまだ家族が!」


「今は大丈夫! 奴らは今、私たちにしか干渉できない」


「どういう意味だよ!?」


「説明は後! 今はあの子を! 」


 俺はすぐ傍で震えるエルピスを見て、腹をくくる。


 息を思いっきり吐き、周囲を見渡す。


 バーストとレグルスが威嚇し、樹の怪物を近づけさせまいとしている。


 だが、その奥から、数珠つなぎのように何体もの樹の怪物が歩いてくる。


「くそっ! あれを全部突破するしかねえってのか?!」


 例え変身して数体は倒せても、押し寄せてくる怪物全てを相手しきれない。


「太陽! あれじゃ! 」


 ヒル子が背中をひっぱり後ろを向く。


 家の敷地内に立てかけている自転車を見つけた俺は、


「エルピス! レグルスの背に! 」


 と叫ぶ。


 レグルスが俺の横にいるエルピスの元へ戻り、エルピスを乗せる。


 俺はそれを見て、急いで敷地から自転車を引っ張り出し、レグルスの横に並ぶ。


「バースト! 突破口を開いてくれ! 」


 バーストは吠えると、目の前の樹の怪物に突撃し、怪物が地面に倒れ、道が開く。


「行くぞ! 」


 俺は自転車を漕ぎ、レグルスと一緒に飛び出す。


 立ち漕ぎで全力で自転車をこぎ続ける。


 エルピスを乗せたレグルスが自転車の横に並ぶ。


 国道に出ると、車が道路の真ん中で何台も止まっている。


 俺とレグルスは動かない自動車をよけながら、車道を走る。


 樹の怪物があちこちに動いているのを避けながら、俺とレグルスはゲームショップEDENに向けて疾駆する。




 これまでのタイムを塗り替え、十分たたずにゲームショップEDENの駐車場につく。早朝のランニングが役立った。


 息を切らして、駐車場に入る。


 周囲の道路に樹の怪物がいる中、EDENの駐車場には何故か怪物が見えないのが気になる。


「おーい! 早くこっちへ!」


 目の前にある店の入り口で、店長が手を振る。


 俺は自転車を店の壁にかけ、レグルスの背から降りたエルピスと一緒に店に入る。


「大丈夫だったかい? 」


 俺は椅子に座ると、全身から汗が噴き出ていた。


 店長から渡されたコップの水を一気に飲み干す。


「一体、何が起きたんじゃ!?」


 ヒル子が叫ぶ。


 エルピスが子供の姿に戻ったレグルスの頭を撫でる。


 ドアが開き、黒猫に戻ったバーストが入ってくる。


「バースト! どうなったんだよ! 俺達の世界は?!」


 バーストが俺達を見渡し、


「説明するより、見た方が早いわ」


 と言って後ろを向いて、店の奥に向かう。


「あっちは二階に上る階段があるんだ。ついていこう」


 バーストと店長について、店の奥に向かう。


 書類が乱雑に積まれた事務室を抜け、階段を上る。


 階段を上り二階につく。


 廊下を歩いていると、エルピスが裾を引っ張る。


「どうした?」


「部屋。私の」


 エルピスが廊下に面したドアを開けると、小さなベッドと本だなと衣装箪笥がある小さな和室の部屋だった。


 クッションがあり、レグルスの寝床もあるようだ。


「ほお! ここで暮らしておるんじゃな! 」


 ヒル子が部屋を眺める。


「元々来客用の部屋で余ってたからね。エルピスちゃんに使ってもらってるのさ」


 と店長が後ろから言う。


「早く来なさい、急いで!」


 とバーストが廊下から唸り、俺達は慌てて部屋の扉を閉め、廊下に戻る。


 廊下の突き当りにある階段を上る。


「屋上に通じるドアなんだ」


 ドアの前まで来て、店長が俺達を振り返る。


「よし……開けるよ」


 俺は頷き店長がドアを開き、外に出る。


 屋上は広く、物干し竿がかかっている。


 強風でかかっているシーツが飛びそうになる。


「あれよ」


 バーストが屋上の端から前足で指さす。


 それは街の中心部の方向だった。


 莉々朱さんと行った商店街がある中心部のさらに奥。 


 天守閣をもつ巨大な城が見える。


 暗雲が天守閣の上に集まっていた。


 否、城だけじゃなかった。


 城を取り囲むように漆黒の巨大な柱が何本も見える。


 柱の天辺は城を超え、暗雲にまで届き、その先どこまで伸びてるのかわからない。


「あれは……一体何なのじゃ?!」


 ヒル子の叫びに、バーストが振り向く。


「私たちの最大の敵……」


 雷鳴が暗雲の奥に隠れる何かを見せる。


外なる神(アウターゴッド)

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