『君にしかできないことがある』
ようやく金曜日になる。
午後の授業時間中、ノートに向かう。
だけど、勉強をしているわけじゃない。
今朝見た夢の中で、戦女神ヌトセが言っていた言葉の意味を考えていた。
ヒル子に聞いても、何のことだかさっぱりだという顔を浮かべていた。予想通りではあるが。
俺の才能ってなんだ。
確かにスポーツは好きだが、それがどうした。
限界を超えた時って……、何の限界なんだ。
一体全体、神様ってやつは、何で抽象的でわけわかんねえ風に話すんだ!
放課後のクラスルームが終わり、教室は閑散とする。
「じゃあな、太陽!」
「おう!」
健司が帰り、教室には誰もいなくなる。
「なにかわかったかのう?」
ヒル子が現れる。
「いいや。さっぱりだぜ」
俺は首を振る。
「そう根詰めても仕方あるまい! なあに!こういうものこそ、ふとした時に思い浮かんだりするかもしれぬのじゃ!」
にっと笑うヒル子の楽観的な言葉に、俺も少し気が楽になる。
「ヒル子。サンキュー」
とお礼を言おうとしたら
「それより! 我はお腹空いたのじゃ! あの唐揚げを食わすのじゃ! 」
「てめえは、食いてえだけじゃねえか」
ヒル子の頭をはたく。
先日、たまたま下校中、高校の近くにある唐揚げ屋で唐揚げを食べたところ、ヒル子はドハマりした。
「何をするのじゃ! それぐらいよかろう! 我がいるからこそ、邪神との戦いに勝てるのじゃ! それぐらい献上せぬか! 」
「ったくよぉ。しゃあねえな」
「よっしゃあぁあああ、なのじゃああああああ!」
うひょーとヒル子が拳を天に突き上げる。
俺は教室を出て、下駄箱に靴を入れ、外に出る。
目の前のグラウンドでは、サッカー部やそのほかの運動部が掛け声を上げ、部活動に勤しんでいた。
俺はそれを横目に見ながら駐輪場に向かっていると
「よう、太陽!」
グラウンドの方を向くと、つんつん髪で上下にユニフォームを着た男子生徒が駆けてくる。
「おお、キャプテン! 」
同級生で俺がかつて所属していたハンドボール部のキャプテンだった。
「引退しても練習に参加してんのか! 流石キャプテンだな」
俺が言うと、キャプテンは苦笑いし
「監督に頼まれたんだよ。後輩の大会が近いから、実戦形式の練習の相手になってくれってな。俺は指定校推薦で大学決まってるから、まあ少しだけでも後輩の力になれるなら、と思っただけさ」
真面目なキャプテンは、後輩の指導を頼まれているらしい。
「流石キャプテンだな」
俺はグラウンドで走る後輩を見る。
「なあ。太陽も推薦だろ? 時間あるなら、練習に参加しないか?」
「俺は引退したんだ。もうやる気はねえよ」
両手を頭に俺は笑って言うと、キャプテンは真面目な顔で
「そうか。残念だが、無理強いはできないな。太陽は俺たちのチームの唯一の左利きだから、キーパーのいい練習相手になるんだが。シュートもすさまじいからな」
「あ。そういや左利きって俺だけか?」
「ああ。そうだ。それが太陽の武器だろ」
キャプテンの言葉が、ようやく理解する。
「キャプテン。俺も久々にやるぜ! 」
と言うと、キャプテンが笑顔で
「大歓迎だ! 」
俺はグラウンドの横にある部室棟で着替え、久々に練習に入る。
俺だけの武器。
後は、それをどうやって実戦にいかすか。
左手に装着しているイマジナイトを見る。
「やってみるっきゃねえか!」
ヒル子が目の前に現れる。
「唐揚げ!」
「また今度な!」
と言うと
「ちくしょうなのじゃ!」
と言って、俺の頭をはたいて姿を消す。
「ただいまー」
俺は玄関を開けると
「おかえり」
とセーターを着た眼鏡かけた親父がドアを開ける。
「親父。出張は?」
「さっき帰ってきたんだよ」
リビングの方で、陽芽がケーキ! ケーキ!と叫んでいる。
親父が毎回出張で買ってくるケーキは、陽芽の大好物だ。
夜ご飯を食べた後、俺はリビングから親父の書斎に入る。
「太陽。どうした?」
親父はデスクの上でパソコンに向かって、仕事をしていた。
「仕事?」
「ああ。出張でやれなかった分が溜まっててな。」
俺は、レポート用紙が並ぶ机の端にある科学雑誌を目にする。
パラパラとめくった時、ふと内容が目に留まる。
「なあ、親父?」
「どうした?」
「いや。このプラズマブレードって、どういうもんなんだ?」
親父は雑誌を手に取る。
「この分野は私の専門じゃないから詳細な説明はできないが」
「いいぜ」
雑誌をパラパラとめくる。
「ふむ。つまり太陽。お前じゃないぞ、恒星のほうだ。太陽よりも巨大な恒星が超新星爆発を起こす。そして恒星が中性子星になると、非常に強い磁場をもつことになるそうだ」
「中性子星?」
「確か星の晩年の時の呼び名だな」
親父はページを読み進める。
「中性子星はとてつもなく速い自転を繰り返す。その回転で磁場を得た中性子星がマグネターというものになるらしい」
「専門用語が多すぎるぜ」
「科学とはそういうものだ。どれどれ……マグネターはプラズマ、放射線のようなものを激しく運動させる。そして激しいプラズマの流れが光の速さに達すると同時に、その流れが面として拡がる。これが刃と呼ばれる」
「刃?」
「ああ。プラズマの流れが刃となるから、プラズマブレードというそうだ……なんと凄いぞ。恒星が真っ二つになると書いてある」
「星を真っ二つ?! 」
あまりのスケールに俺は驚く。
「このプラズマブレードが発生する状況では、超新星爆発の何十倍ものエネルギーが放出するそうだ。この天文現象が、ガンマ線バーストということみたいだな」
「ガンマ線バースト? 」
「らしい。この雑誌に書いてる限りだがね。研究はまだ初期段階だそうだ。私も専門ではないから、これくらいの説明しかできないが」
聞きながら、俺は段々ワクワクしてきた。
「なあ、親父。これ、借りていいか!」
「ああ、別にいいぞ」
俺は雑誌を手に取り、親父の書斎を出る。
階段を上り、自分の部屋に入って机に向かう。
「太陽。何か閃いたのか?」
「ああ! 」
俺は考える。
雑誌を見ながら、親父に教えてもらった内容をノートに向かって、書き出す。
荒唐無稽かもしれない。
俺はイマジナイトを見る。
ヌトセ、親父の話したこと。
邪神との戦いで、俺が必要なもの。
「何とかしねえとな」
俺は一心不乱に、アイデアに向き合う。
草木も眠る丑三つ時。
車も通ることなく、静かな夜だった。
「これは、一体……」
ゲームショップEDENの駐車場。
電灯に照らされ、一人と一匹の影がある。
彼らの目の前には、ひび割れた駐車場。
そしてその下からは巨大な根が見える。
「バースト様。これも、見て下さい」
店長は黒猫に呼びかけ、その先を指さす。
黒猫、バーストは店長の指さした方を見て
地面が割れて出てきた根。
そのすぐ傍に、動物が倒れている。
その動物を見て、店長は口を押える。
「頭が……二つ生えているだなんて」
店長は顔面蒼白となり、今にも吐き出しそうだった。
「悪趣味ね」
と心底嫌悪をこめて、バーストが呟く。
「これは…何かの予兆でしょうか?」
「そうね……」
黒猫が根を見ながら、歩いていく。
「もう既に始まっているのかもしれない」
店長が蒼白になって、黒猫を見る。
「始まっているといいますと?」
黒猫は振り返って言う。
「侵食よ」




