談笑
大変お待たせしておりますが、時間の隙間になんとか執筆できただけでもう一週間ほど忙しく投稿できないと思います。なにとぞご容赦くださいませ。
悩みに悩みながら道端の野営地亭が出した夕食は、結局普段と変わらないシチューとパンを中心にしたものである。
これがもっと目立つ大通りにある宿泊所なら、王都らしい豪華な食事になるのだが、大通りから外れながらも隅ではない絶妙な位置にあるこの宿ではこれが限界だ。
(本当にこれでいいんだよな!?)
そして何度目か分からない言葉を心の中で叫ぶ従業員達だが、食に拘りがあるのは強いて言えば鳥の胸肉を欲するシュタインだけだ。サザキは安酒とつまみがあれば満足するし、他の面々も素晴らしく手の込んだ食事を求めてはいない。
実際、勇者パーティーは食堂で談笑しながら食事を楽しんでいた。
「ひっく。武芸者が集まってるにしては静かだな」
「行儀がいいんだろ。だいたい王都で騒ぎなんか起こしたらとんでもないことになるぞ」
(っていうか酒の神を潰してまだ飲むのかよ……サザキが一番酒の神だろ……)
サザキは夕食と共に酒を飲みながら、武芸者が集まっている割に王都が静かだなと呟き、マックスが肩を竦めながら内心で呆れる。いや、ひょっとすると呆れを通り越して、新たな酒の神に畏敬の念を抱いているかもしれない。
「喧嘩とは違いますが、大きな流派では金をばら撒いて権勢を競うといったことは起こりますね」
そこへ道端の野営地亭の責任者であるアーロが、サザキに注文された酒を持ってきながら現在の王国の様子について話した。
これだけを見ると、アーロは客と話しているだけで常連が見ても違和感がないものの、その肉体は興奮と緊張で固まっていた。
「ありがとさん。なるほどねえ。羽振りがいいと見せながら戦ってるのか」
「はい」
(やっべ。俺、勇者パーティーと話してる)
そして酒を受け取るサザキと話して嬉しがってる辺り、得難い経験に感動していた。
「どっか大きな場所を貸し切ってとかそんな感じかね?」
「そうです。うちには縁がない話ですが、上等な宿屋や酒場を独占したりしてますね。店の方は店の方で、貸し切った客が活躍したらうちに彼らが泊ってましたよと宣伝できるものですから、誘致と応援に熱が入ってます」
「ははあ」
続くマックスの質問にアーロは苦笑気味に答える。
一匹狼のような求道者は別として、大きな流派や看板を背負っている者達にとって勢いと金がない。貧乏だと思われるのはあまりいいことではない。ましてやこの時期の王都は比べられる武芸者が集まっているため、ここぞとばかりに金を使って流派の権勢を誇示する傾向にあった。
それ故にアーロの言う通り、大きな流派の武芸者は宿屋や酒場を独占したり、人によっては娼館を貸し切る者だっているし、店の側も実利と宣伝のために武芸者を応援していた。
なお道端の野営地亭は、決して表に出せないが勇者パーティーが宿泊している宿屋となっており、その点ではどんな大きな宿屋にだって負けていなかった。
「武芸者も大変じゃのう」
「それも当事者にとっての戦いということだろう」
話を聞いていたフェアドがしみじみと呟き、シュタインは武芸者の行いを不純であると思わず理解を示した。
ただ、通常のモンクの多くは、武の道を歩む者が金と権勢で力を誇示することに対し首を傾げており、この点でもシュタインは異端と言えば異端だった。
(そうなると神殿も忙しいでしょうかね)
この会話を聞いていたエルリカは、自身が所属していた神殿勢力について考えるが、彼女の予想は当たっていた。
武神や闘神に仕える者達の神殿には武芸者大会の必勝を誓う。もしくは願う者達が訪れており、競い合うようにかなりの額のお布施が行われていた。
(まあ、利益が無いのが分かった上で見栄のためにやるんだ。健全な方だろう)
同じことをララも考えていたが、この予想もまた当たっていた。
お布施の額や願いの強さで人が強くなれるなら世の中はもっと単純だ。しかし武神の多くは自己研鑽による強さを推奨しており、定命の存在に力を与えるなど余程のことが無い限りしない。
だが武芸者は神が大会で助力をしないことが分かっていても見栄と面子のためにお布施を行い、神殿は何かしらの形で世に還元している。それはララの記憶にある過去に比べてずっとマシな方だった。
そんな風にエルリカとララが考えている間、サザキは聞きたいことを聞き出していた。
「しかしそうなると、武器を売ってる店も気合を入れてるんじゃないか?」
「はい。出場者は当然ながら愛用の武器を持ってますが、お弟子さんやらは自分に相応しい武器を探していたりします。ですから店の方も、大会が開かれる日のためにとっておきを集めているみたいですよ」
「なるほどな。邪魔して悪かった」
「いえいえ。それではごゆっくり」
「ふーむ。それならちょっと行ってみるか」
(え!? 今更武器屋に!?)
アーロからの情報で武器を売っている店が気合を入れていることを知ったサザキは、一時期面倒を見ていたカール少年の武器について覚えていたようで、店に行くことを決めた。しかしそれを知らないアーロにしてみれば、今更勇者パーティーの一員が武器屋になんの用があるんだと思うしかなかった。
「武器の良し悪しとか分からないんじゃよなあ。若い時に武器屋に行ったときは、全部凄い武器に見えたもんじゃ。そんで透明な剣。じゃなかった。刀身のない剣を売りつけられそうになったと」
「ぷっ。あったね」
「ははははは!」
「懐かしい話だ」
若き日のことを思い出していたフェアドだが、今も昔も武器の性能を見抜くような力はなく、以前にも述べた通り詐欺師に騙されかけたことがある。そして久しぶりにその話を聞いたララは思わず吹き出してしまい、マックスは大笑い。シュタインも苦笑気味だ。
「お前の持ちネタだよな。しかし、行くなら武芸者大会の合間かな」
「ふむ。儂も行こうかの」
サザキも当時のことを思い出しながら予定を口にすると、記憶を刺激されたフェアドも興味を持った。
「王都で流行っている武器はあるのでしょうか?」
「確かに武器にも流行り廃りがあるもんだが、今の王都はどうなんだろうな」
王都で流行っている武器があるのだろうかと会話するエルリカとマックスは様々な武器を扱えるため、サザキに次いで武器の良し悪しが分かる。
「そういえば棒術の心得がなかったかい?」
「まだ修行中の時期だから八十年前の話だな。体が覚えているならできるかもしれんが、まあ当時の動きは無理だろう」
一方、魔道具ならともなく単なる武器との関わりが薄いララは、ふとシュタインが棒術を習得していることを思い出して話を振った。
しかしシュタインが棒とは言え武器らしい武器を振るったのは遥か大昔の話であり、勇者パーティーの言い伝えにおいても伝説のモンクは徒手空拳の達人として認識されている。
「シュタインの無理は儂らと少々意味が違う場合が多いんじゃが」
「それな」
この話を聞いていたフェアドとマックスが顔を見合わせる。
常人が聞けば、そりゃあ年寄りなんだから昔みたいに動けるかよ。といった感想しか抱かないだろうが、肉体での運動においてシュタインに不可能はないのではないかとフェアド達は思い続けてきた。
そのため、八十年前に修めた技術だろうが遜色なく行使することが……いや、下手をすれば積み重ねた経験を応用してより洗礼された棒術を身に着けているのではと疑っていた。
(やっぱ今の状況ヤバいって)
そんな勇者パーティーの談笑は、年寄りが昔の武勇伝を語っているようにしか見えないが、アーロ達からしてみれば伝説の思い出話を聞いている状況だ。
(でもなんとかなってる!)
しかしそれでも外見上は平静を保ちながら仕事を続け、一応なんとかなっていることに安堵の思いを抱く。
(今日のところは……!)
少なくとも初日は。




