来客とかつての天界の虐殺
勇者パーティーが各々の部屋に案内されても、パニックを起こしている裏の人員は仕事を続けなければならない。
食事はどうするか。どうやって接客するか。だが裏の組織が経営しているだけあり、情報収集のために食堂もあるこの宿屋は、悩みを抱えている最中にも他の客が来るのだ。
「すまんが刀を持ってる年寄りに、飲み友達が来たと言ってくれ。ラウと言ってくれれば分かる」
だから久方ぶりに王都へ来た友人と酒を飲むために訪れる客も存在する。
(誰だ?)
しかし皺だらけの年寄りで背が低く赤毛の髭もじゃ男など、この宿で働く者達は誰も見たことがなく困惑した。
そして勇者パーティーはつい先ほど到着したばかりなのに、刀を持っている年寄りという、明らかにサザキがここにいることを知っている口ぶりに益々困惑した。
だが一応確認を取るため、サザキに来客を告げる。
「なんだもう来たのか」
「ラウ?」
サザキの方は来客に心当たりがあるようでニヤリと笑うが、ララは首を傾げていた。
「ハンマー」
「ああ。なるほどね」
尤もサザキのヒントですぐ誰かを察して椅子から立ち上がった。
「おーい。昔の知り合いが来たぞー。ラウって名前だ」
しかも二人だけの知人ではないようで、サザキは仲間の部屋全てに声を掛けて食堂に足を運ぶ。
「おっす。久しぶり」
「おう」
そしてサザキは、食堂の席に座っているドワーフのようにも見える老人へ気軽に声を掛けた。
「これはこれはお久しぶりですな」
「まあまあ」
「なんと」
気軽なのはサザキだけのようでフェアド、エルリカ、シュタインは驚いている。
(気軽に来るなよ……)
マックスに至っては意識が遠くなりかけているが、この老人はリン王国王家や青きドラゴンの関係者ではない。ある意味でもっと上の立場だ。
(神ってこれだから……)
マックスの独白通り、本名でこそないがラウと名乗った小さな男は、酒の神として有名ながらハンマーを振り回す戦神の一面も持つ存在なのだ。
そして大戦中にサザキと意気投合した飲み友達でもある。
「さあ飲もう飲もう。今年の酒も出来がよくてなによりだ」
「よしきた」
ラウの赤ら顔がにっこりと笑い、勇者パーティーを酒に誘う。だが酒を飲む担当はサザキであり、彼だけが嬉々としてラウの隣に座った。
「またお前さん達の顔が見れて嬉しい。元気でやってるようだな」
「貴方もお変わりないようですな」
「元気元気。まあちょっと忙しいが」
ラウは続けて座り始めたフェアド達とも言葉を交わす。
この場にいるラウは極限まで力を落とした影のようなものであり、本体は別次元で忙しくしているようだ。
それもその筈で、かつて君臨していた神々と距離を置いていた非主流派のラウは、大魔神王に殺された神々の穴を埋めるため大戦後に奔走しており、今は比較的落ち着いたがそれでも完全に暇とは言えない状態だった。
「だがお前さん達のおかげで酒が飲めるんだからありがたいものだ」
しみじみと呟くラウのグラスの酒が僅かに揺れる。
今でも思い出す。
神にすらトラウマを刻み込んだ暴力の化身、大魔神王が大戦最初期に天界へ殴り込んできた日のことを。
『この! この馬鹿共がああああああああああ!』
憤怒も憤怒。激怒も激怒。溜めに溜め込んだ怒りを噴出する赤黒い靄が叫ぶだけで天が慄き、全ての神々が恐怖で震えた。
一体誰が想像する。天界と定命の者を隔てる天界の門、神々が幾重にも重ねた防御結界と権能による守りが、ただ単に殴られただけで吹き飛び、その破片で眷属が絶命してしまう様など。
そして大魔神王は軍勢こそ率いていたが、天の領域に直接足を踏み入れたのは単身であり、自分だけで天界の神を皆殺しにしようと考えたなど。
『言ったはずだ! 言っただろう! 次はないと! 次また同じことをしようとするなら殺すと! それを了承したよな!? うんと頷いたよな!? それでもするというならもう殺し合いしかねえだろうが! ああ!? そうだろう!』
当時非主流派だったラウは、大魔神王の言っていたことが分からなかった。しかし、天界の陥落はそのまま世の理の崩壊に直結する可能性があり、ラウを含めた非主流派の神々も合流して大魔神王と対峙した。
だが結果は誰もが知っての通りだ。
『死ねやあああああああああ!』
そこらの育ちの悪いごろつきのような叫びを上げる大魔神王に対し、天の領域全てが一斉に攻撃をした。
定命の者達が住まう世界で解き放たれたら、容易く一つの大陸が崩壊するようなものだった。
だがしかし、大魔神王に言わせれば……。
『泥遊びでもしてるつもりか! なんも籠ってねえぞ!』
子供の遊びだった。
後々に判明したことだが、勇者パーティーの攻撃に比べて神々の攻撃は、規模こそ凄まじいものだったが凝縮した力とは言えず、大魔神王の芯には響いていなかった。
『時間操作!』
『存在抹消!』
『死を押し付ける!』
次に行使された永遠に対象の時間を停止する力。存在そのものを抹消する至高の力。死の概念を叩きつける禁忌の力などなど、神々の強力な権能だ。それに対して大魔神王はどうしたか。
答えは単純。
これまた直撃したのにそもそも効かなかった。
『さっきからガキかてめえら! 言葉遊びに大人が付き合うと思ってんのか間抜け!』
至高の力すらも子供の遊びと貶めながら、真っすぐ走ってくるだけの大魔神王を誰も止められなかった。
『くたばれ!』
大魔神王がぎゅっと握った拳を振りかぶり、最も近くにいた神をぶん殴る。
神の上半身が完全に消滅し……魂も消え去った。
暴虐の化身以外全てが呆然とした。
『え?』
ぽつんと漏らしたのは誰だったのかラウは分からない。いや、ひょっとしたら自分だったのではないかと思うときがある。
『ど、どこにいった? 魂は?』
下界の人間達を定命の者達と呼称しているだけあり、神とは不変であり決して死ぬことがない存在だ。一時的に力を落として姿を保てないことはあっても魂は残り続け、その内また元に戻る。
それこそが神の特権の筈だった。
だから魂が圧し潰され、完全に消滅するなどあってはならなかった。それでは復活もできない、神々にとって間違いなく死なのだから。
『殺し合いなんだから死ぬ以外に何が起こるってんだ!? ああ!? 後腐れなく全部殺すに決まってるだろうが! まさか死ぬ覚悟もねえのにこの場にいるのか!?』
ラウに自嘲と自戒を刻み込んだ大魔神王の叫びは、全ての神々に恐怖を植え付けた。神々は自分が完全に消滅することなど考えていなかったし、そんなことが起こるとは夢にも思っていなかった。
彼らは大魔神王がそんな力を持っていることすら知らずに敵対したのだ。自分達なら負けることはないという慢心を抱いて。
そのツケはすぐに支払った。
『これで戦神!?』
『や、やめ!?』
足が言うことを聞かず、地面を這って逃げようとした戦神が踏み潰される。
『お前が地母神だあ!?』
『ひい!』
何の抵抗もできず胴体を裂かれた地母神が地に倒れる。
暴力だ。吹き荒れる単純な暴力に神々は何の抵抗もできず解体されていく。
ラウのような非主流派の神々は、天界をうろちょろされては困ると言われ、後方に配置されていたので矢面には立っていなかった。これは主流派の神々が、ラウ達を肉の盾にする必要すらないと慢心していた証拠だが、そのお陰でラウ達は初期の混乱に巻き込まれずに済んだ。
だが天界は非常に閉鎖的な空間で、出入りできるのは大魔神王の背後にある門からだけであり、しかも神々に劣らぬ大魔神王の側近達が固めていることを考えると脱出は出来ず結局は無意味だろう。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
怒り、怒り、怒り続ける大魔神王が殴る、殴る、殴り続ける。
それだけ。たったそれだけで天界の空間がひび割れる。神々が死ぬ。眷属は余波で死ぬ。創世期から始まり全ての栄光が集まる不落の天界が陥落しようとしていた。
勿論ラウ達は、このままでは本当に世界が終わると判断して、大魔神王を討つために動いていた。
だが致命的なことに天界を統べる至高なる神が戦闘前、大魔神王に直接罰を下すと言ってラウ達よりずっと破壊の根源に近い位置へ陣取っていた。
『消え去れ悪よ!』
『虫寄せ如きが抜かすんじゃねぞおおおおおおおお!』
至高なる神から最も強大な光と破壊の概念が解き放たれ、無形のエネルギーが大魔神王に襲い掛かる。
だが後年証明されていた。
表裏一体の筈の闇が人間如きの光に敗れたように、必ずしもこの両者は相互関係でないのだ。
『死ね!』
大魔神王は拳をぎゅっと握った。ぎゅーっと握った。そして後先のことなど何も考えず体を捻じり、ただただぶん殴った。
無形な筈のエネルギーと大魔神王の拳が激突した瞬間に生まれたものは、滅びとしか表現できなかった。
天界で舞う花びらは一瞬で消え去り、神々が住まう白亜の宮殿は崩れ、空間そのものが修復不可能なほどにひび割れて、付近にいた主流派の神々の大部分が消え去る。
だがもっと重要だったのは決着の行方だ。
『この程度で光だと!? こんな程度で!? これでか!? これが命!? よく自称してたな!』
発生した滅びの至近距離にいたのに形を保っているどころか、歪み切った空間をかき分けて走り抜き、再び拳を振りかぶる大いなる魔。
『く! た! ば! れ!』
起こる筈がないあまりにもあっけない決着。
創世の頃から存在する偉大なる至高の神は……頭をぶん殴られて死んだのだ。
『な、なんだあ!?』
ただ大魔神王の計算が狂ったのは、思ったより遥かに天界が脆かったことだろう。
眼中になかったとはいえラウ達も含めた全ての神を殺そうとしていた大魔神王だが、光と闇の激突と主である至高神を失った天界が崩壊してしまったのだ。
そのせいで門以外の場所で定命の者達の世界への隙間が生まれ、生き残った神々は脱出することができた。
しかし数多の神々の死骸もまた天から大地へと落下し、命ある者達に神々の落日を告げてしまう。
その後のラウは、大魔神王の軍勢に対抗した数少ない戦神として各地を転戦したが、彼ですら未だにトラウマとなっている存在に勝利して決着を着けたのはまさかの命ある者だった。
「それでは再会を祝して乾杯!」
「乾杯!」
だが今この場にいるのは酒飲みと酒飲みだ。
ラウの言葉と共にサザキは酒をがぶ飲みして再会を喜び合う。
(ひょっとして……ヤバイ?)
(胃がああああああああああ!)
なおラウが勇者パーティーと親し気に話している姿を見て、彼が実はとんでもない存在であることに勘付いた店員達は再び悲鳴を上げていた。




