いつも通りの日常
その日はファルケにとっていつも通りの日常だった。
「今日は少し早く帰れるかもしれん。最近働き続けていたから、周りが気を配ってくれた。久しぶりにゆっくりできそうだ」
「そりゃよかった。七十の爺さんなんだから程々にしねえとな」
「人のことを言えないだろうに」
「こっちは事務仕事だから楽なもんさ。体が鈍るけどな」
ファルケは朝食を食べながらアニエスと予定を話す。
教育熱心なのはいいことだが、彼の言葉通り七十の老人が働き詰めはよくないと周りが気を利かし、雑務をある程度引き受けてくれたのだ。
一方のアニエスも評議会の一員なため忙しいは忙しいのだが、肉体による技術を教えるファルケと違って事務仕事や会議が主なので、肉体的に強い疲労が蓄積している訳ではない。
「だがまあ、まだまだ元気なつもりだし身内に生涯現役がいるからな」
老いは確かに感じているファルケだが、全く衰えていない両親を思い出して苦笑する。
「とりあえずの目標は、玄孫におじいおばあって呼ばれるまで元気なことだな」
「それでいこう」
アニエスの目標を聞いてファルケは頷く。
いつも通りの何気ない会話をする夫婦の日常だ。
一方、この二人の玄孫ということはひ孫であるコニーの頑張り次第だが、知らないところから流れてきた矢に彼は気が付くことなく、これまたいつも通りの学生生活を送っていた。
「おはよー」
「おはようコニー」
「おはよう」
覇気がなく気の抜けたようなコニーの挨拶に、エメリーヌとハーゲンはいつもの朝のコニーだと気にせず挨拶を返す。
「……あ? おーうコニー」
少し違うことがあるとすればコニーではなく、フランツの反応がいつもの彼と比べて鈍いことだろう。
「なにかあったの?」
「いんや、なんもない……とは思うんだけど」
「うん?」
妙に歯切れの悪いフランツを不思議に思ったコニーだが、奇妙な返答だったせいで益々不思議に思って首を傾げた。
「今日学園で会った時からずっとこうなのよ。ねえフランツ、どこか頭をぶつけたりしていない?」
「いや……大丈夫だ。なんかちょっとソワソワしてるだけだから」
「ソワソワって……」
「大丈夫大丈夫! 問題なし!」
心配そうにエメリーヌが声を掛けると、やはりフランツは奇妙な言葉を返すが、吹っ切れたのかいつも通りの彼の口調に戻った。
「あ、そうだ。放課後は皆で買い物に行かねえか?」
「それはいいが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって!」
「ふむ」
唐突に予定を思いついたフランツに、心配していたハーゲンもどうやらいつもの調子に戻ったらしいと一つ息を吐く。
「すげえ剣とか売ってねえかな? 古代ドワーフが作った黄金剣、翡翠剣とか。どう思うコニー?」
「そのレベルならギリギリあり得ないこともない……かな?」
学生らしいと言えばいいのか、フランツは実際に幾つか存在する強力な剣の名を思い出しながらコニーに質問する。
魔道の中心と言えるグリア学術都市なら、実際幾つかの強力な剣が流れてくる可能性は他の都市に比べたらかなり高い。
そして剣ではなく最早神話の伝説に踏み込んだ刀を知っているコニーだが、持ち主であるサザキが刀身を見せたことがないので、その全容を知らなかった。
(昔にちらっと鞘に納まってるのを見たけど、ひいひいお爺ちゃんの刀って多分それこそ凄いことになってるんだろうなあ……)
だがコニーはサザキから、持ち主が気に入らないなら首にすっ飛んでくる妖刀であると教えられている。そんな刀が大戦を潜り抜けてなにもかもを切り捨て血を浴びているのだから、コニーは鞘から出た刀身を見る勇気を持てなかった。
それに加えサザキの刀は、仲間以外で刀身を認識している者は全て死んでおり、文字通りの必殺を体現している物騒なものだった。
(ひいひいお婆ちゃんは特に武器を持たなかったはず。フェアドさんは剣と盾。エルリカさんは杖。モンクのシュタイン様は徒手空拳。竜滅騎士の……マックス様は確か色々な武器。エアハード様は大剣)
コニーは他の伝説の武具について考える。
勇者パーティーが所持している武器は、持ち主の名声の割に正確な名前や由来が把握されていない。それが一層人々の想像を掻き立てるのか、神々が作り出した武具や存在していたかも定かではない古代の超文明の遺産などと噂されているほどだ。
「そういえば聞いた? 勇者様が一度だけ握って投げた剣が売りに出されるとかなんとか」
その伝説の武器……なのかは分からない逸品の噂を思い出したコニーが話題にする。
「私も聞いた。妙な注釈をつけているから説得力が少しある」
「確かにそうだよな。変に勇者様の剣だって言ってないから、それくらいならあるかもって俺も思った」
ハーゲンとフランツもその噂を聞いていたが、その程度ならありえる注釈のせいで奇妙な信憑性が生まれていた。
「どれくらいの値段が付くんだろうなあ」
「そうね……大きなお城とか建てられるんじゃない?」
単に疑問に思ったコニーの呟きに対し、エメリーヌは少々ふわっとした返答をする。
「このグリアは動くか? いや、動いたとしてもリン王国や教会勢力が動けば流石に厳しいか」
一方、ハーゲンは自問自答してこのグリア学術都市が動くことはないと考えた。
宗派によるが勇者とは光の化身、もしくは神々の代理者とまで認識している場所もある。そのため勇者所縁の物品は幾つかの宗教勢力にとって重要な意味を持つため動く可能性があった。
もしそうなれば、いかに高名なグリア学術都市でも流石に都市国家の一つでしかない以上、金の投げ合いでは太刀打ちできないだろう。
「勇者様も大変だよな。気軽に食器も持てなくなるぜ」
「本当よね。どこにも出歩けないわ」
勇者がただ一度投げたかもしれない剣で大騒ぎになっているのだから、本人はうんざりしているだろうとフランツが肩を竦めると、エメリーヌも同意して頷く。
「席に座れー。授業を始めるぞー」
そんないつも通りの友人同士の会話の最中でも、学び舎である以上授業もまたいつも通り始まるのであった。




