盤面
廊下を歩く老化した勇者パーティーは、サザキとファルケの騒ぎを窓ガラス越しに眺めていた。
「じゃれ合ってるねえ」
「うむ。仲が良くて何よりだ」
「ほっほっほっ」
「おほほほほ」
庭で繰り広げられる父と子の触れ合い。と聞こえはいいが、実際はファルケに剣を押し付けて遊ぼうとしているサザキの試みを見ていたマックスはニヤリと笑い、シュタインはうんうんと頷く。
そしてフェアドとエルリカの夫妻も朗らかに笑うだけで、ファルケは孤立無援の状況だった。
「しかし、あのゲーム盤はアルジナ王国製だったか。それならあの難易度も納得かもな」
話題を変えたマックスは、先ほどまで一人でやっていたゲームに隠された意図を察していた。
「と言うと? いや、まさか……」
シュタインは意味あり気な言い回しについて尋ねようとしたが、ふと何かに気が付いたかのように手を顎に当てて考え込む。
彼も大戦中にアルジナ王国が占星術の予言で大魔神王の手によって世界が滅びる。だからなにをしても無駄だと諦めていたことは知っていた。
そこからゲーム盤の輸出だけは盛んで、かつその難易度を結びつけると答えは限られる。
「自分達は間違ってないと言ってるつもりなのか?」
「多分そうだろうなあ」
どこか疲れたような顔のシュタインをマックスは肯定した。
「うん? どういうことじゃ?」
それに付いていけていないフェアドは首を傾げて、詳しい説明を求めた。
「アルジナが占星術で見た未来の結果、大魔神王に抵抗しても無駄だって言って、連合軍への関わりを拒否したのは覚えてるか?」
「まあそれくらいは。それ以上は知らんけど」
「そうだろうな。俺でも閉鎖的過ぎて殆ど知らないくらいだし」
昔話をし始めたマックスだが、フェアドどころかリン王国の隠された王族の彼ですら、アルジナ王国について詳しくない。しかしマックスは人間というものをよく観察していた。
「そんなアルジナはゲーム盤を輸出してこう言ってるのかも。ほらみろ、大魔神王の軍勢を倒してクリアできるか? できないだろ。なにをしても無理なんだよ。だから当時の俺達は間違ってない。ってな。ゲーム盤の輸出が盛んなのは外貨のためじゃない。自己主張と正当化のためだと俺は思った」
「ええ……」
「それは……」
マックスの推測にフェアドとエルリカは、どう反応したらいいのか分からないといった奇妙な表情になる。
だがこの推測は完全に当たっていた。
ゲーム盤を輸出し続けているのは、アルジナ王国の当時の考えが正しかったと証明するためであり、商品ではなく自己を肯定するための儀式だったのだ。
尤も購入した国々にとってそんなことはどうでもいいことで、単に再び大戦と似たようなことがあっても対応できるかを試算する便利な道具として扱われていた。
「勇者パーティーが出なかったのは簡単にクリアできてしまうからって目的じゃない。いやまあ、それもあるかもしれんが、アルジナにとっては自分達の予言と予知を覆しやがった奴を出したくなかった。あるいは星詠みじゃあ勇者パーティーはそれほど活躍しなかったから、アルジナの中の事実だけを反映した結果なのかもしれん」
「モンクが妙に弱かったこともか?」
「ちょっと確認したが、モンクの強さは煮え立つ山の陥落前と陥落後で調整できた。お前さんが不満に思ってたのは陥落後で、主だったモンクが全滅した時系列の強さだ。アルジナの中で煮え立つ山の陥落は確定事項なのさ」
マックスは推測と仮定を述べているがシュタインと共に核心を突き続ける。
アルジナ王国が作り続けているゲーム盤は彼らが星詠みで見た結果に従ったもので、最初から攻略されることを考えた作りではない。
もし攻略できてしまえばまたしてもアルジナ王国が愚かだった証明にもなるが、彼らにとって幸いなことに星詠みを基にして正確に作られたゲームは誰も攻略できていなかった。
「まあでも、教会勢力の中でも勝てると思っていた方はあまりいなかったですね。神々もです」
「うちもだな」
「煮え立つ山もだ」
聖女らしくと言うべきか、エルリカが少しアルジナ王国をフォローするかのように当時の情勢を思い浮かべると、マックスとシュタインも同意した。
無尽蔵とも思える醜悪な軍勢。人を排するために空を舞う暗黒のドラゴン達。強力すぎる権能を持った上位の存在。そして何より大魔神王を倒して命あるものが存続できると確信する者など、果たしてどれだけいたことか。
僅かに残っていた命ある者達のために己を燃やしていた闘神や、リン王国を守護するために目覚めた青きドラゴンのような超越者ですら、これは持ちこたえられない可能性が高いと判断していたほどだ。
「勝つと言ってもあんまり意見が合わんかったからの……うん?」
運命と定めの破壊者、勇者フェアドと共に駆け抜けた者達が全ての盤面をひっくり返すまでは。
だがそのひっくり返された盤が気に入らない者も確かにいるのだ。
「……また面倒な術式を作ったもんだ」
「厄介ごとか?」
「まだ未遂ってとこかね。お勉強が大好きな頭でっかちが厄介ごとの予行練習でもしてるんじゃないかね」
心底面倒臭そうに空を見上げたララにサザキが尋ねると、非常に的確な説明を返した。
「とっとと行って止めようかね」
「なーんか面倒ごとが起こっておらんか?」
ララが感知したのとフェアドがしかめっ面になったのは同時だった。
話は変わるがアルジナ王国は元々他国と交流を殆どせず、山に囲まれている立地であるが故に色々と鈍感で甘い。更には排他的だが価値がない国として扱われたため、間諜や謀略へ対抗すると言う意識が少ない。
少なくとも……人間が制御できるようにするため、七十年近く四苦八苦した神代からの秘宝が奪い去られる程度には甘いのだ。
「さあ起動せよ! 儂に見せるのだ!」
ララ達が席を立つ直前。愚か者達から秘宝を奪い去って身を潜めている愚か者ウードが、手のひらに収まる変わった形の鏡を覗き込んだ。
鏡がほんの僅かにひび割れたことに気が付かないまま。




