血縁
「急に静かになった」
コニー達が寮に帰ると、ファルケが邸宅で騒いでいた気配がなくなったことに寂しそうに呟いた。
「そっちは学園でコニーとよく会ってるだろ」
「まあそうだが、あくまで生徒と教師だからな」
そんな夫にアニエスは被っていた猫を脱ぎ捨てて肩を竦める。
学園で教職に就いているファルケと違い、魔法評議会の一員であるアニエスは寮生活をしているひ孫とあまり会うことができないが、学園でのファルケの方はあくまで教員として振舞っていた。
「ま、コニーが社交性を学ぶためなんだから我慢するよ」
そう言って再び肩を竦めるアニエスはコニーの顔を思い浮かべる。
サザキとララの関係者という途方もない人脈から教えの一部を受けていたコニーは、学園で教わることが少ない。
それでもコニーの両親が息子を学園へ入学させて寮生活を送らせているのは、普段と違う環境に身を置かせて社会を学ばせるためだ。
「だがまあ、友達の一人が安全策に引っかかった奴とはな」
「ウードと面識はないが噂通りの偏屈だ」
「だよな。今どき戦争用の魔法を基礎魔法として教えるのもそうだし、普通に習得して思い込まされた奴が出てくるとも思わなかった。偏屈と天才児が絡むととんでもないことになる」
「母さん達より上の世代のことだからあまり詳しく知らないのだが、安全策が作られたきっかけは酷かったようだな」
「他国の事件だけど偶々記録を見る機会があったよ。軽く三十人が跡形もなく消え去って、校舎の一部は綺麗にくり抜かれたみたいだから、多分消滅か空間に作用する魔法だとは思う。どう考えても入学試験で使う魔法じゃねえわ」
昔の記憶を引っ張り出しているアニエスとファルケにしてみても、学園の安全策がこの時代に機能するのは少々予想外で、それだけウードが偏屈でかつエメリーヌの才能が突出していることを意味している。
「さて、親父に呼ばれてるからちょっと行ってくる」
「はいよ。屋敷を壊すなよ」
「親父にそう言っておく」
そんな十代から交流があった長い付き合いの夫婦だが、ファルケがそろそろ時間だなと席を立ってアニエスに見送られた。
(要件しだいだが)
アニエスが屋敷を壊すなと言ったはあくまで冗談だが、庭に呼び出された理由を知らないファルケは僅かにその可能性があるのではと不安に思う。
「おう、きたか。ってそんな嫌そうな気配を出されるとお父さん悲しい。ぐすん。なあお母さん」
「酒瓶を抱いて路地裏で寝っ転がらなかったらまともな顔をするよ。ねえ母さん」
「もっと言ってやりなファルケ。と言いたいところだけど諦めるんだね」
息子がうげっと言いださんばかりの雰囲気を出していることを察したサザキは、哀れな父を演出して妻からの同情を引き出そうとしたが、夫と息子から同意を求められたララが味方をしたのはファルケで無駄だった。
そして今の状況とは関係ないことを引き合いに出したファルケの目には、庭で立てかけていた木剣を持って肩をとんとんと叩いているサザキの姿があった。数日前に散々父と遊ぶ羽目になったファルケが嫌そうな顔をするのは仕方ないだろう。
「あんまりいい親父ではなかった」
「なにを?」
そのサザキは唐突に関係ないことを口にした。
「俺のことさ。弟子を含めお前も随分しごいた」
大戦が終結してそれほど経過していない、悪夢が生きとし生ける者のすぐ後ろにいた時代に生まれたのがファルケやサザキの弟子達なのだ。
大魔神王の再臨に対する警戒はほぼなかったサザキだが、似たような存在が別件で誕生する懸念を抱いていた。
そのためサザキは弟子やファルケをかなり厳しい環境に置いたが、弟子は自ら望んでいたのだからこちらはいい。
しかしファルケは強制的に鍛えられた。
ララによる魔法の教えは特に体を酷使しなかったが、サザキの教えがかなり強度が高かったのは確かだ。
「俺から見てもなにも間違ってないと思うんだけど」
「まあ俺も必要なことだったと思ってる。だが大人から見たらの話だ」
勿論客観的に見れば、終戦後の混乱が色濃い時代でファルケが生き残れるようにするための必要な措置だったがそれは大人の理論だ。
「……なんで急にそんなことを」
「もう十年くらいしか残ってねえからな。次の機会がいつになるか分からんから謝りたかった」
ファルケが突然そんなことを言い始めたサザキに尋ねると、ぽつりとした返答が返ってきた。
魔法に深く関わっていないサザキでも寿命を延ばす手段は幾つかある。だが全員が歳を取り過ぎたら碌でもないことになると判断している勇者パーティーの一員にとって、ファルケに昔のことを謝罪する機会はそうそう残っていなかった。
だが実はこの謝罪、一度目ではなかった。
「俺が子供の時にも何度か謝ってたけど覚えてる?」
「なんだ、記憶にあるのか」
幼少期に父から謝罪を受けながら鍛えられた覚えのあるファルケはなんとも言えない顔になり、サザキは一瞬意外そうな表情となる。
「恨んじゃいないし、辛いと思ったこともないから。気にし過ぎなんだって」
「そうか……」
嘘でも気を利かせている訳でもなく、ファルケにとってサザキとの修練は苦ではなく、寧ろ父に似て常人を遥かに超えている身体能力があった彼は辛いと思ったこともない。
サザキは息子の答えにぽつりと言葉を漏らした。その答えに対しどう思ったのか余人が察するのは難しいだろう。
「よし。じゃあ父さんと遊ぼう」
「いやだ」
すると今度はにっこり笑顔になって剣を掲げたサザキに対し、ファルケはついこの前に散々付き合わされたんだから今日は御免だときっぱり断る。
「お母さん、息子が冷たい」
「年頃なのさ。分かってやりなお父さん」
その夫と息子のやり取りに対し、ララはニヤリと頬を吊り上げて笑うのであった。




