閉じた世界の愚か者達
年老いた者の殆どが無気力。
それが山中の閉ざされた世界で生活するアルジナ王国の民だ。
古来から態々侵略する価値もないとリン王国に判断されていたこの国は、山に閉ざされているからか空に目を向けることが多く占星術が発展した。
更には山に遮られて日が照る面積が小さいせいか、国全体が鏡で彩られあちこちを照らしている。
そして大戦を想定したゲーム盤を輸出しており、知っている人は知っている国程度の認識をされていた。
ではどうしてこの国の年老いた者達が無気力なのか。
「陛下、税収のご報告をさせていただきます」
「うむ」
税収の報告を受けている灰色の瞳と髪をした壮年の男、アルジナ王国国王ネフェンが民衆を圧制しているから。ではない。
この気だるげな王の先祖を含め国家全体が関わっていた。
『間違いない。世界は滅ぶ!』
『もう駄目だおしまいだ!』
『何度やっても滅びの未来しか見えない!』
小国であるために国民全員がなんらかの星詠みの技術に関わっているアルジナ王国は、占星術の達人と言ってもいい者達を多数抱えていたし、誰もがある程度の星詠みをできた。
そんな星詠み達は見てしまった。
世界が永遠の闇に沈む光景を。
ただでさえ力を落としていた神々は完全に消去され、ありとあらゆる神殿が跡形もない景色を。
眠っていたドラゴン達の目覚めが遅れて闇に沈む姿を。
あらゆる国家、あらゆる民族、あらゆる聖域が蹂躙される様を。
煮え立つ山が炎の渦によって陥落し、リン王国が物量に抗し切れず敗れ、グリア学術都市ががれきの山となる瞬間を。
ついに海を渡り隣の大陸すら攻め滅ぼした軍勢を。
争いも騒乱もない果て無き暗黒という静寂の中で君臨する大いなる魔の姿を。
星詠み達の結論は簡潔で……完結していた。
何を、どうしても、絶対に、間違いなく、疑いようもなく、世界は大魔神王の手によって滅びる。それはアルジナ王国とて例外ではない。
どんな貢物をしようと、どんなに服従しようと大魔神王は何の情けもなく軍勢を差し向け、アルジナという名すらも残ることはない。
そんな結論が出たアルジナ王国の民は絶望から無気力になった。
困ったことに尋常ならざる力や権能、神の関与が濃い世界にあって精度の高い予言や予知と言った類はかなり存在しており、多くの国民が信じる下地もあった。
『滅びの日までゆっくり過ごそう』
『援軍の要請だって? 意味のないことをして何になるんだ』
自殺者こそあまり出ず、惰性的に生活していたので生活に困ることはなかったが、どんなに他国が協力を強制しても拒否し続け、寧ろ無駄なことをしていると冷めた目で見ていた。
戦場で痛く苦しい思いをして戦ってもなんの意味もなく、足掻いている者達を馬鹿だとさえ思っていた。
勿論アルジナ王や一部はそれを座視せずなんとかしようとしたが、国民全体がこのような調子だったのだ。ことあるごとに命のために戦おうと鼓舞する王を疎ましく思った他の者達は、王と直系の家族を含め騒いでいた者達を追放してしまう。
世界に絶望しているくせに煩い者を追放するだけの元気があったのは失笑ものだが、王家は王の弟が形式的に引き継いで、そして来るべき滅びでなにもかもが終わる。
筈だった。
ドラゴン達は予言よりもずっと早く空へ羽ばたいた。煮え立つ山は炎の渦を退けた。リン王国は数の暴虐を殺し切った。グリア学術都市は再建された。
世界は存続した。
暗黒こそが敗北したのだ。
アルジナ王国が信じていた未来は、預言は、星詠みは……いや、王国そのものこそが間違いだったのだ。
惰性で生活の基盤こそ維持していたため存続したが、アルジナ王国の戦後は底抜けの愚か者だという評価が付属した生活だ。
信じていた結果が伴わず、無駄なことをしていると馬鹿にしていた者達に、間違った星詠みで人が滅ぶと信じて何もしなかった愚か者と評されたことで、アルジナ王国はますます閉鎖的になった。
国家全体が七十年前の誤りを認められず、未だ我々は間違っていない。子供達にいつか世界は滅ぶのだと言い続けて無気力を誘発しているのだから、愚か者以外に表現の仕方がないではないか。
だが流石に戦後七十年ともなれば世代によって意識に差が出ており、若い世代はこの年寄り連中馬鹿じゃないかと思っていたため、強く世界は滅ぶと言い聞かされて育った世代と大きな溝ができていた。
つまりアルジナ王国の壮年以上の者達にとっては、全てが自分達を馬鹿にする敵なのだ。
エメリーヌの師匠、ウードが駆け込んだ場所はそんな煮詰まった国だった。
「陛下、ウード導師が来られました」
「うむ。すぐここへ」
王であるネフェンの下にそのウードがやって来た。
酷く年老いた老人で、若かりし頃は豊かだった金の毛髪は既になく腰も曲がっている。
どこからどう見ても死にかけているが、青い目だけはギラギラと輝いており……狂信の輝きを宿していた。
「報告しますぞ。やはり起動には直系の血と高精度な演算装置が必要となりますな。演算装置の方は心当たりがありますが」
「今更直系など……」
「陛下の血を分けていただければ、私の作品が匂いを見つけて連れてきますぞ」
「騒ぎは?」
「よほど特殊な場所でない限りは起こらないでしょう」
ウードの報告にネフェンは心の中で顔を顰めた。
この老魔法使いのおかげで計画は大幅に進んだことは確かだが、少々、いや、かなり魔法と自分の作品に対する拘りが強すぎることを把握している。そのため太鼓判を押してもいまいち信用ができないのだ。
「よかろう」
だが今更探し物を見つけ出すのにどれほど時間がかかるか想像もできず、結局は許可を出した。
神秘が濃い時代だからこその妄念に囚われ、閉鎖空間で煮詰まった被害者意識と被害妄想を抱いた底抜けの愚か者達が爆発しようとしていた。




