閉じた世界
「ふう」
エメリーヌは少しゆっくりしたいと思い騒いでいる男友達から離れ、ララとサザキが去った後のベンチに腰掛ける。
(世界は広いし、私が思い込んでいたものとは違った)
青空を見上げる彼女の世界は狭かった。
錬金術と占星術を専門とするその筋では有名な老魔法使いウードを師に持つ彼女だが、師は肝心な人を教え導く能力が全くなかった。
ウードの歴史書や幾何学模様が描かれた紙が積まれている部屋で学んだことといえば、いかに魔法が素晴らしく、それを使える自分達もまた素晴らしいのか。
それに基礎をすっ飛ばした強力な魔法の使い方だ。
幸か不幸か適性のあったエメリーヌは、偏屈な師が教える高度な魔法をなんとか身に着けることができてしまった。しかしこの師と環境のせいで彼女は、破壊力のある魔法を基礎的なものであると思い込んでしまい、入学試験で強力な魔法を使う寸前だった。
(本当に試験前に聞いてよかった……)
今でも当時のことを思い出すエメリーヌは、やけにしつこく試験担当官が強力な魔法を使うな。無抵抗な赤ん坊や虫を傷つける恐れのある魔法も使うな。試験担当官は自分より強力な魔法障壁を張れるし、結界が防いでくれると認識するような魔法を使うことが、そもそも試験の前提からして間違っているのは理解しているか? などなど、これでもかと注意事項を受けた。
これでエメリーヌは、どうもおかしいぞ。自分が教えを受けたのは攻撃魔法ばかりであり、無抵抗な虫を傷つけずに行使するなど不可能だと判断して、試験担当官に習得している魔法や師の教育を洗いざらい話した。
幸いというべきかエメリーヌは諸々の処置と教育を受けることで学園に入学できたが、学術都市はウードを弟子に危険な魔法を習得させただけで放りだした危険人物と断定。放っておくのは危険すぎると判断し、住居のある国と交渉して捕縛も視野に動いていた。
これは言ってみれば、どう爆発するか分からない爆弾を導火線に火をつけたまま放置したようなもので、国によっては犯罪行為として取り締まることになっているからだ。
「お隣構いませんか?」
「え? は、はい。どうぞ」
少し前のことを思い出していたエメリーヌに声を掛けたのは、柔和な笑みを浮かべているエルリカだ。
「全部は見て回れませんでしたけど、学園は凄いところですねえ」
「私も初めて来たときはびっくりしました」
世間話に興じだしたエルリカにエメリーヌは大きく頷く。
両者共に閉じられた世界で生まれ育ち、少々の世間知らずなど共通点が幾つかある二人だ。
「学園は楽しいですか?」
「はい。知らないことを沢山知れて、友達もできました。」
「それはよかったですね」
エメリーヌの答えにエルリカは心の底から祝福する。
殺戮機械であったエルリカも閉じた鳥籠から未知なる空へ羽ばたき、友人達にも恵まれた。時代こそ暗黒の真っただ中であったが、エルリカにとって重要な時期だったのだ。
「でも知らないことが多すぎて恥ずかしいです」
「私もそうでした。塩と砂糖が分からなくて、とりあえず全部入れようとしたのは今思えば……」
無知による羞恥心を告白したエメリーヌだが、エルリカも大いに覚えがあるためつい空を見上げてしまう。
「調味料ですか。食事は必要な栄養が取れたらそれでいいと思います」
「ほほほほほ。若い頃の私も全く同じ意見でした」
エメリーヌは僅かに首を傾げ食事についての意見を口にすると、エルリカは懐かしそうに目を細めて上品に笑う。
「でも、お友達が美味しいものを食べて喜ぶのはいいことだと思いませんか?」
「それは……思います」
エリルカの問いにエメリーヌは僅かに詰まるが答えを出す。
エメリーヌ自身は食に拘りがないものの、友人達が大して味もしない食事をするのは違うように思えた。
「ほほほほ」
その答えにエルリカは再び笑う。
この周囲だけは穏やかな時間が流れていた。
一方、穏やかにはいかない空気を発しているのが、グリア学術都市の責任者であるデリーと、偶々執務室を訪れていたアルドリックだ。
「ウードが行方不明とは、どこへ行ったのか。まさかアルジナ王国とは言わんだろうのう」
「受け入れますかね?」
「さての。ひょっとしたら偏屈同士気が合うかもしれん」
報告書を読んだデリーが顔を顰めると、アルドリックは首を傾げながら尋ねた。
エメリーヌの師であるウードはその筋では有名だった故に、失踪後の足取りがデリーの下まで報告されたが、その行き先が分からず困っていた。
このままではまた碌な教育を施していない危険な弟子が生まれる可能性があり、魔法の秩序を保つために苦心している魔法評議会からすれば由々しき問題だった。
「しかしアルジナのことを嫌っておりますなあ」
「大戦中に、どうせ滅ぶんだからなんもしないと本気で言ってのけた国に好感なんぞある訳もなし。儂らみたいな小僧も雑用係で色々やっとったのに、それ意味ないから。と国家が言うとは思わなんだ」
「どちらが正しかったかは証明されましたよ」
「まあの。尤もそのせいかただでさえ閉鎖的だったのに、余計閉じこもった国家になったが」
グリア学術都市の近辺にあるアルジナ王国は少々独特な国家だ。
険しい山の中にポツンとあるこの国家は、グリア学術都市と同じくリン王国に完全に囲まれている立地だが、非常に閉鎖的で殆ど表に出てこず交流もない。
敢えて有名な点を挙げるとするなら、フランツやフェアド達が遊んでいた遊戯盤の製作が盛んなこと。
そして……。
大戦中に大魔神王の前には何をしても意味がないと、国家が本気で宣言して騒がせたことだろう。
確かに個人個人で見ると無気力になった者は多かったが、それでも小さいとはいえ一つの国家が本気で滅亡を容認して、しかも他の国がしている抵抗は無駄だと評するなど前代未聞だった。
しかし今現在も命ある者達が存続している通り、アルジナ王国の判断に反して大魔神王は敗れた。これが原因である意味大恥をかいたアルジナ王国は、ただでさえ閉鎖的だったのが益々酷くなり、遊戯盤を輸出する以外で他国と交流をしなくなった。
「引き続きウードの行方を追ってもらわんといかんな。何事もなければいいんじゃが」
デリーの呟きは窓の外の青空へ溶けていった。




