偉人達
(ふううう。勇気を出すんだ俺っち!)
ファルケの家に向かう老人、ララの弟弟子であるデリーが被ったフードの下で気合の入った表情になっているが、心の中は妙に若返っている。
その原因は勿論ララだ。
戦災孤児で盗みをするしか生きる術がなかった少年期のデリーは、運命の悪戯かよりにもよって一人で歩いている身なりのいい少女、つまりララを標的に定めて盗みを働こうとした。
『あ゛?』
(ひょえ)
ギロリと睨みつけドスの効いた声を発する当時のララを思い出したデリーは身震いした。
当時のララの気の強さと言ったら、その後にデリーを拾った彼女の師匠すら弟子の結婚は無理だなと諦めていたほどだ。
尤も大戦で命ある陣営側が明らかな劣勢になるにしたがって、そもそも結婚という概念すら失われかけたが。
(サザキの兄貴、マジヤバい)
そんな姉弟子と結婚したサザキは、口にした瞬間消し飛ばされるので絶対に言わないが、デリーにすればあらゆる意味で尊敬の対象だった。
(つーか勇者パーティーがほぼ再結集してるとか、そっちもマジでヤバイ)
ブルリと再び身震いしたデリーだが、今度は恐怖からではなく興奮からだ。
大戦時においてデリーは将来有望の若手に過ぎず、やっていたことは雑用係に近い立場だった。
対して姉弟子であるララは最前線に赴き妙に活躍している戦士二人、これまた若き日のフェアドとサザキに接触し、大魔神王に対抗するための行動を開始した。
だがそのララの計画は賢者が鼻で笑うようなものだ。即ち、世界を終わらせようとしている理不尽を、更なる理不尽で粉砕するというものだった。
このサザキの幼稚な速ければ強い最強理論と変わらぬ計画は、二人の波長が若い頃から一緒だったことの証明とも言えたが、ともかくララやフェアドはその理不尽を粉砕するための理不尽を揃え切って成し遂げた。
そんな理不尽がほぼ全員集結しているファルケの家をデリーは意を決して訪れた。
ファルケの家、正確には魔法評議員であるアニエスの家は地位に相応しく立派で、貴族の邸宅とまでは言わないが複数の部屋がある二階建ての屋敷だ。
「あら、いらっしゃいませ」
「お邪魔するのう」
デリーは猫を被っているアニエスに出迎えられる。
「皆様お揃いかの? うん? 妙に顔が赤くないか?」
「はい……いや助かった。私らの結婚式の話で盛り上がってるから、顔が赤いのなんの……」
「ああ、なるほど」
出迎えたアニエスの顔が妙に赤いことに気が付いていたデリーは、その理由を聞いて納得する。
年寄りが思い出話をするのは万国共通であり、専らその犠牲者は子供の時から知っている者だ。ましてやファルケはサザキとララの息子であるから、話題が尽きることがない。
「ふー緊張する」
「アルドリックみたいなこと言ってるぞ」
「儂は大戦の当事者世代だからのう。マジで雲の上の人達なんだって」
「なるほどな」
デリーは深呼吸をしてアニエスが友人の名を口にする。
デリーの言葉通り大戦を直接経験した世代にとって勇者パーティーはまさに雲の上の存在であり、ララには弟弟子として話しかけれても他はそういかない。
「デリーです。失礼します」
アニエスに案内されたデリーは、ここ数十年経験していない下の立場として入室する。
「おおデリー君! 久しぶりじゃのう! ファルケ君やアニエスちゃんもそうだが、懐かしい人に会えるのは嬉しいのう」
「おーうデリー。久しぶりだな」
「ご無沙汰しております」
ララを介してデリーと面識のあるフェアドと、姉弟子の夫であるサザキが出迎えた。
魔法評議会議長であり、歴史に名が残されるのは間違いない超深層位の魔法使いであるデリーは深々と頭を下げる。
(助かったあ……!)
このデリーの登場に誰よりも喜んだのは、話のネタにされていたファルケだ。
ファルケが初めて立った時や剣を持った時はどうのこうの。結婚したときや子供が生まれた時はどうのこうの。まさに典型的な年寄りの話に巻き込まれた彼は、もう七十歳なんだから勘弁してくれと思っていた最中だった。
「久しぶりだね」
「姐さんもお変わりないようで」
そんなファルケの惨状はさておき、デリーは最重要人物であるララの吊り上がった笑みに出迎えられた。
「それでだがあの銅像は今もどうにかならんのかい?」
「いやあ……まあ……政治的に色々とありますから……」
「はあ」
姉貴分の言いたいことが即座に分かったデリーだが、これは彼の立場でも中々厳しい。
ララが学術都市の再建に手を貸したことは紛れもない事実であり、ここで彼女だけ銅像がなければなぜ功労者の銅像がないのだという話になる。
そして一応魔法の世界にも幾つかの師弟関係による派閥があるが、ララやデリーの師も体系的な魔法使いの枝に属していたため、師弟関係の派閥とは無縁でいられなかった。
そのためララの銅像がなければ、直接彼女に関係ないのに僅かだが一門に連なる者達が騒ぎ出すことも目に見えており、色々と政治的に面倒なのだ。
「二、三千年は諦めろってことだな。下手すりゃアレだが」
「気軽に言ってくれるもんだね。私があんたの銅像を作ってやりたいよ。とびっきり美化してね」
「だっはっはっ! そりゃ見てみたいもんだ!」
(ひょえ。サザキの兄貴、マジ凄いっす)
肩を竦めるサザキへギロリとした目を向けるララに、昔のトラウマを刺激されたデリーが心の中で妙な尊敬の気持ちを抱く。
「のうマックス、まさかとは思うが儂の銅像、あっても一つか二つじゃよな……?」
「ははっははは」
「ちょっと待って! 答えになってねえぞ!?」
「俺の口からはとてもとても。シュタインに聞いてくれ」
「安心しろフェアド。世界各地にあるが基本的に似ていない物ばかりだ」
「おいシュタイン! マジで言ってんのか!?」
「寧ろ当たり前のことだろう」
ここで思わぬ飛び火が発生した。
世界各地を放浪したマックスに、まさかとは思うが自分の銅像は幾つもないよなと確認したフェアドは、軽く笑われて焦りに焦り口調が若くなる。そしてシュタインに真実を告げられたが、まさに当たり前の話である。世界を救った勇者の銅像が存在しない筈がない。
「まあまあ」
「エルリカのもあるぞ。基本的にフェアドとセットだ」
「え!?」
夫の銅像があると興味深そうにしていたエルリカには当事者意識が欠けていたらしく、マックスの言葉に目を丸くした。
「有名ってのは大変だなあ。なあマックス」
「言えてる」
ニヤリと笑うサザキとマックス、そして我関せずのシュタインは公的な知名度において、勇者や聖女、魔法使いの偉人である消却の魔女に劣るため、銅像はあっても一つか二つ程度だ。そのため気楽に友人達を揶揄う。
ただ、そんなサザキ、マックス、シュタインにとっても盲点があった。
彼らもまた偉人であり、正確なことは分かっていなくとも歴史の教科書に記載されており……数日後にその教科書が溢れる学び舎に足を運ぶのだ。




