親子
「デカい男になった」
「ファルケと会う度に毎回言ってるのを覚えてるだろうね?」
「毎回デカくなってるのさ」
客室で酒を飲むサザキは息子を表現して、ララにそれは何度も聞いたと肩を竦められていた。
「よく背負えとせがまれて髪を引っこ抜かれたもんだが、気が付けばしっかり地に足がついてた」
「まあそうだね。あっという間さ」
「だろ? 」
客室にファルケがいたら頼むからもうやめてくれと言うであろう思い出話だが、事実としてサザキとララにしてみればあっという間に息子は大きくなった。
「父さん、急に酒を飲み始めてどうしたんだと言われた時は腹を抱えそうになったが」
「ふふ」
サザキとララは、ファルケが出迎えた時に思ったことを話題にする。
だがこれも平和になった証だ。
大戦中はあちこちが戦場に立ったため水質が悪化し、酒を飲んだ方が水より安全なことが多かった。そのため当時、サザキを含め水より酒を飲む者が多く当たり前の光景だった。
それが終戦後に魔法使い達や魔道具が活躍して水が飲料に適する水準まで戻り、酒しか飲むものがないという事態は過ぎ去った。
過ぎ去ってファルケが生まれて禁酒までしたのに、結局元の酒飲みに戻ったのがサザキだが。
「フェアドとエルリカのとこもそうか」
「フェアドの子供らしいと言えばらしいからね」
「俺、隣の大陸に行ってきます。軽く言ったもんだ」
「確かにね」
サザキとララが若者の顔を思い出す。
彼らの子供があっという間に大きくなったと同じように、親友であるフェアドの子供もあっという間に大きくなり、海を渡って殆ど知られていない別大陸へ向かった。
「フェアドから聞いた話だが、田舎者扱いされたみたいだな」
「平和でいいことさ」
「違いない。あのやんちゃ坊主に喧嘩を売った奴は災難だが」
「そこまでは知らんね」
「だっはっはっ!」
サザキはそのやんちゃ坊主の強さを思い出し、ララはニヤリと頬を吊り上げる。
この別大陸だが、大魔神王の侵攻はまずこのサザキ達のいる大陸から始まったため全く被害にあっていない。それどころか殆ど情報の伝達がないため、暫く世界が崩壊するかどうかの瀬戸際だったことすら知らない有様だった。
そんな別大陸に到着したフェアドとエルリカの息子は、別大陸から遥々やってきたお上りさん扱いされてしまうが、発展した技術や文化による試練を圧倒的な個の力で粉砕することになる。
余談だがこのフェアドとエルリカの息子は色々と大暴れした上に、故郷では自分より強い人間が何人もいると発言していた。そのせいでこちら側の大陸はとんでもない人間を生む魔境扱いされているが、事実としてまだサザキ達が存命だし、七十年前は殆ど神話と変わらない戦いが繰り広げられたためその認識は間違っていない。
「さて、と。来るか?」
「そうするとしようかね」
唐突に立ち上がったサザキがララを誘い、二人は屋敷の裏にある庭に向かった。
そこはファルケの修練場と言える場所であり夜にも関わらず魔法の道具によって明るく、その中心で彼が剣を振っていた。
「げっ……」
「おいおい。そんな嫌そうな声を出すな息子よ」
だがサザキがニヤリと笑いながらこちらに来ていることに気が付くと心底嫌そうな声を漏らしてしまい、案の定揶揄われる。
「サザキ流の開祖として弟子の実力を確認したいだけだ」
「お父さんが息子と遊びたいとさ」
「お母さんもどうだ?」
「遠慮しておくよ」
ニヤリとしたままのサザキに補足を入れるララの息はぴったりだ。しかし七十歳を過ぎて父親から遊ぼうと誘われたファルケは困るしかない。
「じゃあ行くぞー」
「俺まだなにも言ってねえ!?」
サザキは珍しく気の抜けた声と共にゆっくりと歩く。だがその歩みは非常に独特で、まるでファルケの意識の隙間を縫うようなものだ。
大戦を潜り抜けたサザキの経験は凄まじく速いだけの剣士ではないのである。
そして大戦の権能や特異な能力が入り乱れた、異常な戦闘による経験がファルケに無い点だ。
「ぐっ!」
尤もファルケを剣の師としても育てたのはサザキなのだからそう簡単に敗れるはずもなく、ファルケは鞘に納められた刀を防いだ。
「ふむ」
ララは一息吐くとベンチに座り親子の遊びを見守りながら、棒切れを振り回して剣の振り方を教えてくれとぐずる幼少期のファルケに、サザキが今はどの程度教えていいものかと顎を擦っていたことを思い出す。
(本当によく大きくなったものだね)
ついつい昔のことをララは懐かしむ。
かつてのララもサザキも子育てというものが殆ど分からない状態であり、四苦八苦しながらファルケを育てた。
破壊するのは一瞬だが作り上げるのは大変な労力を要するという言葉通り、理不尽を破壊した英雄達は子供のことでそれはもう悩んだのだ。
「母さん! 親父を止めて欲しいんだけど!」
「寂しがりやな親父と遊んでやりな」
「そうそう」
「言ってろ親父!」
だがそんな小さかった子供はもう七十歳であり、ララに助けを求めたが取り合ってもらえなかった。
「ほっほっほっ」
「ほほほほほ」
「見事な筋肉の調和だ」
「大変だねえ」
その上、親子水入らずを邪魔しないようこっそり眺めていたフェアド、エルリカ、シュタイン、マックスもただ見守るだけであり、ファルケは暫く父親と遊ぶ羽目になったのだった。




