旅の雑談
ゴーレム馬車による交通網が発達しているリン王国は、街と街の間で宿屋街とでも言うべき場所が発達した。
そのため宿屋街の夕暮れ前は、旅人が屋根のある宿泊所を求めて大勢集まり、商人達はその旅人が金を落とすことを期待してこれまた集まる。
「ふいー。さて、酒酒」
今もまた宿屋街を訪れた旅人、サザキが馬車から降りながら酒を求め商人はいないかと辺りを見渡す。
「なあララ。サザキの奴、酒以外に買った物あるのか?」
「さあてどうだろうね」
全く変わらない仲間に呆れるマックスは、ララに問いながら宿屋街を見渡す。なおニヤリと笑うララの頭の中では、幼い自分達の子供へのおもちゃはどれを買おうかと、うんうん唸りながら悩んでいる若き日の旦那の姿があった。
「あそこで市場をやっているようだな」
筋肉が絡まなければ仲間内で一番真面目なシュタインは、商人が集まっているらしい場所を見つけると歩を進める。
そして最後。
「よっこいしょ」
「気を付けてくださいねお爺さん」
「なんの。まだまだ若いから大丈夫じゃ」
戯れながらフェアドとエルリカが馬車から降り立った。
「この酒が欲しいんだが」
「ありがとうございます」
仲間がゆっくり歩いている間にも、サザキは早速酒を売っている商人を見つけて酒を買っていた。
「なにかどデカい話はないか?」
「どデカイ話ですか……」
そのついでにサザキは単に面白い話がないかと尋ねた。
「あ、そういえば噂、というか又聞きの又聞きなんてものですが、勇者様が握った剣が売り出されるかもしれないと聞きましたね」
(そりゃあ偽物の詐欺じゃろ)
サザキの雑談に応えた商人だが、当の勇者が後ろで聞いているとは夢にも思わない。そしてその勇者の剣は今もフェアドの腰にあるため、彼は自分の名を騙った詐欺だと思った。
(そこにあるし)
(中々勇気のある奴だ)
マックスもまたその実物に視線を送り、シュタインは勇者の剣を騙るなどそれこそ勇気ある者だと思った。
だが、大戦の混乱期を彼らも全て覚えていないし、妙なところで因縁や繋がりというものはあるものだ。
「まあちょっと信憑性がないのですが、なんでも勇者様が一度だけ握って、空にいる敵にぶん投げた剣だと注釈をつけているとかなんとか。逆にその潔さで本物かと思う人もいるみたいですね」
(お、覚えがあるぞ……)
フェアドは仲間達から、あれね。と言わんばかりの気配が漂っていることを感じた。
確かに遠距離攻撃に乏しかった若き日のフェアドは、補給品の剣を拝借して空を飛ぶ敵にぶん投げたことが何度かあった。
そのため確かに勇者が握った剣は複数存在しており、しかも態々一度だけ握って投げた剣だと宣伝しているならフェアドは何も言うことができなかった。
「なるほどなあ。あんがとよ」
「いえいえ」
貴重な情報をくれた商人から離れたサザキの頬はこれでもかと歪んでおり、それを見たフェアドはこれは揶揄われるぞと天を仰いだ。
「なあララ、その勇者様のありがたい剣はどれくらいの値段になると思う?」
「さて。一度握っただけとはいえ、現存してるのはそうない筈だから、希少性を考えるとかなりのものになるかもね。尤も本物だと証明することも難しいから、馬鹿げた金額が動くこともないだろうさ」
案の定、サザキはこの面白い話題を変えるつもりはないようだ。そしてララは夫に付きあってやるかと真面目に答えてやった。
「本来の剣ならともかく、一度握った剣に力の残滓など全く残っていないだろう。観賞用の品に金を出す者がいるのは理解しているが……つまり見せ筋のことだマックス」
「はいはい見せ筋ね。煮え立つ山はどうすると思う」
「師や兄弟弟子も動かんだろう。それに金を出すならもっと実用的な物に使う。ただ、他の宗派は本物だと確信していたなら動くかもしれんな」
シュタインは見栄えや付属する価値に理解をしながらも、実用的なものを好むモンクらしくマックスの問いに答える。
宗派によるが勇者とは光の化身、もしくは神々の代理者とまで認識している場所もある。そのため勇者所縁の物品は幾つかの宗教勢力にとって重要な意味を持つため動く可能性があった。
「勇者様も大変じゃのう。気軽に食器も持てんようになるぞ」
「ほほほほほ。そうですね。聖女様はそうなっていないことを神に祈りましょうか」
フェアドはそもそも本物かもわからないような、一度握ったかもしれない剣で騒ぎになっていることに肩を竦め、エルリカは上品に笑う。
ところでこの一行、全員が実年齢通り九十歳しかいないジジババ達で、付き添いの息子や娘がいない中々珍しい集団といえるだろう。
そのため向かいからやってきた幼子は興味を持ったらしい。
「ねえねえおじいちゃん、おばあちゃん。なんかすごいことできる?」
「ああすいませんウチの子が。身内が常々、自分が子供だった時の大人は凄かったと言っていて」
幼い少年は無邪気に、よぼよぼのジジババは凄いんだと信じているようだ。尤も年老いているということは、かつての大戦を生き抜いた証拠でもあるため、幼子の身内が言っていることは間違いではない。
「凄いことかあ。凄いこと……」
フェアドが一瞬だけ仲間を見た。
(サザキは刀が見えないし、そもそも子供に刀を見せてどうする。ララは山が消し飛ぶ。シュタインは分かりにくい。マックスの竜人形態は大事になる)
フェアドは仲間の【凄いこと】を思い返して即座に却下する。山や地形が変わるのは凄いことだが、見せるのは話にならない。
「あ、そうじゃ。儂と婆さんはピカーっと光ることができるんじゃ」
「え!? ほんとう!?」
「うむ。今はちょっとできんが、儂が若い頃は、こう、体がピカーっと光ったんじゃ。のう婆さんや」
「ええそうですねえお爺さん。昔のことで忘れていました」
「わー!」
ふと思いついて手を叩いたフェアドは、手を広げてこんな風に光るのだと表現した。
「すいませんね。ほら、行くよ。さようならは?」
「えー……さようならー」
「ほっほっ。さようなら」
母親は年寄りが付き合ってくれたのだとしか思わず、頭を下げながら子供と共に去っていった。
その付き合ってくれた年寄りの言葉は嘘ではないが、世界を覆った暗黒すら打ち払うほど体が光り輝くなど想像できるはずもない。
「宿はどこにしようかのう」
そして今は勇者ではない。
ただゆっくりと旅を続ける老人でしかなかった。