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解決策

 迷宮都市はその特殊性ゆえに貴族領ではなくリン王家直轄の街である。


 そして五十代の代官オーランドは、リン王国の中から選び抜かれた優秀な男で、猛禽のような鋭い目が特徴的だ。


 彼に能力と忠誠心がなければ、冒険者という武装勢力が我が物顔で歩き、強力な武器が産出される迷宮を任されるはずがない。


 もし代官がよからぬ企みを考えていたら、財と名誉を齎す迷宮都市はたちまち王国にとって危険な都市に早変わりするだろう。


 だからこそ迷宮都市はよく来客が訪れる。


「本日はようこそ御出でくださいました」


 代官オーランドが跪いて頭を下げる。迷宮都市を監視する王家直轄の最精鋭の騎士達もだ。


 この両者が跪いているのだから相手は限られている。


「なに。こちらこそ世話になる」


 政治という戦場で百戦錬磨のオーランドと、深層巡りの冒険者に劣らぬ屈強な騎士の背に汗を流させている原因が重々しい声を発する。


 オーランドが猛禽のような目であるなら、その男の目はドラゴンのようだ。あやふやな比喩ではない。僅かだが青い瞳は縦に裂けており淡く輝いている。


 細身な体にはリン王国が誇る職人が手掛けた、最高級の白と金に彩られた衣服を纏っているが、皺だらけの肌から発せられる気を全く隠せていない。


 そして背に流れている長い青髪は身に宿る強大すぎる力が原因で、風もないのにゆらゆらと揺れていた。


 齢九十にもなる死に損ないの老人がそのような姿なのは、彼がドラゴンの因子を強く発現させた異常なる人間だからだ。


「面倒をかけているが、なぜか私が来た方がいいと思ってな。それにドラゴンが討伐されたと聞いたら余計にそう思った。悪龍はとりあえず殺せと家訓を定めた、青のドラゴンにせっつかれているかもしれん」


 皺だらけで獅子の様に厳めしい顔が皮肉気に歪むも、視線を下げたままのオーランドと騎士達には分からない。


 実はシュタインが迷宮都市で、高度に発達した複数の筋肉を探知したのも、マックスの雑貨店のようなちんけな店に、王族直轄の騎士団がやってきたのも、ある意味で当然の状況だった。


 先ほど述べたが迷宮都市はその特殊性から、リン王家の者がよく訪れる。だが今回は第四王子や第五王子のようなどうでもいい王家の者ではない。


 ある意味で王より上の者と護衛が来ていて、関係者が神経質になっていたのだ。


 男の名をゲイル・リン。リン王国の名前を冠している王族。どころではない。


 リン王国を守護し、王家の祖ともいえる青きドラゴンの力に覚醒しているだけではなく、かつての大戦を潜り抜けてリン王国を立て直し、現在は隠居している先々代のリン王国国王が迷宮都市にやってきていたのだ。


 だがこの英雄、少々の奸雄であることはあまり知られていない。


 最早それを知っている者は寿命で殆ど死んでいるが、この男、大魔神王の侵攻によって崩壊寸前だったリン王国を立て直すため、いない方がよかった父親から実権を奪い取っていた。そして死蔵されていた強力な国宝を全て投入して戦線を維持したが、戦後に国宝の幾つかが返ってきていないというやらかしをしていた。


「私がもう少し若ければドラゴンの討伐に参加していたが」


 冗談めかしているような口調のゲイルだが、半ば本心でもある。


 リン王国を守護する青きドラゴンは、命ある者達の陣営以外のドラゴンと酷い敵対関係にあった。そのため大魔神王の側についた同種達と殺しあった筆頭格であるが、その敵意は自分達の姿を真似た紛い物と認識している迷宮産のドラゴンにも向いていた。


 そのため青きドラゴンの因子を、リン王国王家史上最も強く発現したとされている天才児ゲイルもまた、迷宮のドラゴンに敵意を抱いていた。


「まあいい。それで、ドラゴンが討伐された迷宮はどうなっている?」


「はっ。規定通りドワーフが遠隔の魔道鎧を用いて調査しております。現在は浅い階層の調査が終わり、異常なしとの報告が上がっています」


「ふむ」


 ゲイルの問いにオーランドが答える。


 極々稀にだが迷宮の奥深くに存在する主のようなモンスターを倒すと、迷宮そのものが過剰反応のようなものを起こして、強力なモンスターを生み出すことがある。


 それ故に重宝されるのが、特殊な魔道鎧を遠隔操作して迷宮を調査できる一部のドワーフだ。


 この遠隔操作の魔道鎧は操作者が地表にいるため、絶対に迷宮内部の情報を上に伝えられる途轍もない利点があった。本当に希少で値段も相応だが。


「力量的に深層の底には辿り着けませんが、そろそろ中層の報告が……」


「申し訳ありません。至急にございます」


 ドアがノックされ、オーランドに緊張が走った。


 この場に来ることができる者は、先々代国王がいることを教えられている。それなのに外から至急の報告が届けられたということは、紛れもない緊急事態の可能性が高かった。


 ◆


 時間を暫し遡る。


「中層も異常ないようだな。まだ断言はできんが過剰反応は今のところないか」


「ああ」


 ドラゴンが討たれた迷宮、夜なき灼熱の内部を三体の騎士鎧が注意深く進む。


 鎧は耐火用の特殊なコーティングで黒くくすんでいるものの、並みの騎士鎧よりも遥かに大柄で武装の剣に盾、槍も魔力を帯びている。


 だが特徴的なのは中身が存在せず、地表にいる百歳を優に超えるドワーフが操作していることだろう。


 この視覚や聴覚、嗅覚すらも同調して鎧を遠方から操れるのは、テオのパーティーメンバーであり同じドワーフのフレヤですら不可能だ。


 ただその代わり、戦闘能力においては深層巡りの冒険者達に一歩劣るため、ドラゴンがいた場所までの調査は不可能だった。


 そんな遠隔操作された調査機ともいえる騎士鎧は、中層の探索を終えて一旦迷宮を出ようとしているところだった。


 しかし。


「くるぞ! モンク殺しだ!」


 探索していた空間の奥にある溶岩の池が突如噴出したことで戦闘態勢に移行する。そして溶岩そのものが立ち上がるように見えたことから、モンク殺しだと推測した。


 正解ではある。


「は?」


 ただし間違えてもいた。


 鎧を操っているドワーフ三人は、戦いの場から遠い地表にいるとはいえポカンとした。


 溶岩そのものが一塊となり、ゆっくりと動いてくるのがモンク殺しであるならば。


 細身できちんとした四肢があり、両の足で真っ赤な大地に立っているモノはなんだ?


 他に特徴はない。ただ溶岩で形作られた人型だ。


「ひっ!?」


「馬鹿な!?」


「なぜ!?」


 しかし、地表にいるドワーフ三人は真っ青になって恐怖にひきつった悲鳴を漏らす。


 その間に赤い人型は大地を蹴り、中身のない鎧に向けて走り出した。


 素晴らしくも恐ろしい速度だ。生波を駆使した高位のモンクに劣らぬ脚力で、近接を専門とする深層巡りの冒険者にも引けを取らない。


「ひ、光よ!」


 ドワーフ達は鎧を操り、セオリー通りに魔法攻撃を仕掛ける。


 この遠隔操作でありながら魔法攻撃すら駆使できるのが、彼ら特殊なドワーフが重宝されている理由だ。今回は全く無意味でも。


 赤い人型は溶岩の体なのに、まるで手刀のように腕を形作ると、なんと魔法攻撃である光の球を縦に切り裂いたではないか。


 しかもそのまま、続けられる光の球を切り裂きながら足を止めず鎧に急接近する。


「まさかあああああ!?」


 絶叫を上げるドワーフには覚えがある。


 一時期煮え立つ山が陥落寸前に陥った原因。これが優に万を超えて主力を構成した、炎の軍勢との決戦に彼らドワーフも参戦していた。


「ああああああ!」


 ドワーフはその時の恐怖を覚えたまま槍を繰り出す。その突きはこの場にいないながら、生存本能での我武者羅ゆえか、大地を砕くような足の勢い共に深層巡りの冒険者にも劣らぬ一撃だった。


 しかし熔けた。融けた。


 魔法による強化がなされているはずの槍は、赤い人型に突き刺さるどころか融解してしまった。


 それだけではない。赤い人型はまるでモンクのように腕を振り被ると、その拳を鎧の胴に叩きつけた。


 熔けた。融けた。


 これまた魔法によって耐熱化されているはずの鎧は、一瞬の抵抗も許されず融解してしまい、赤い人型の拳は鎧を貫通してしまう。


「おおおおおお!」


「ぜあああああああ!」


 あらん限りの光の力で武器をコーティングした残りの鎧が剣を振るう。


 三度同じだ。熔けた。融けた。


 そんな光などは無意味だと表すように剣も鎧も、赤い人型が腕を振るうだけで形を保てなくなる。


 まさしく相手にならない。


 触れただけで勝負が決する理不尽。魔法に耐えうる力。凄まじい速さ。


「い、今すぐ知らせなければ!」


 鎧を破壊され地上で慌てるドワーフ達は心当たりがあった。


 歴史上、類似の存在がいない訳ではない。歴史を紐解けば似たような存在が迷宮では確認されている。しかし時期が悪かった。


 彼らドワーフにしてみれば、かつての大戦は実体験したことなのだ。


 それ故に導き出される名は。


 ◆


「迷宮を調査していたドワーフ達から大戦中に確認された、真なるモンク殺しと呼ばれるモンスターが出現したと報告がありました」


 凶報が先々代国王ゲイルと代官オーランドに齎された。


 モンク達にとっての宿敵。数々の高僧を絡めとった怨敵。拳と剣で戦う者の天敵。


 真なるモンク殺し。


 これが偶々迷宮の過剰反応で誕生した、真なるモンク殺しに似た個体が自然発生したならいい。


 問題なのはである。


 大魔神王が何かしらの形で関わって、現代に真なるモンク殺しが新たに生まれた最悪の想定が生まれてしまうのだ。


「ふむ。そちらで詳しいことを纏めろ。その間、少し席を外す」


 だからこそゲイルは席を立ち、これ以上ない相談相手に意見を求めようとした。


 尤もその相談相手、予定という名の運命をこれでもかと蹴飛ばしたことがある上に、極論すれば殴って解決しようを突き詰めた存在なのだ。


 ◆


 それから数十分後。夜なき灼熱の前にいきなり。


「あの大馬鹿が復活したのは考えにくいから、当時のモンク殺しに類似した奴だとは思うがのう。もし復活したなら、こそこそせず儂のところに直接来るわい。そうではないか婆さんや?」


「そうですねえお爺さん」


「行きゃあ分かるさ。ひっく」


「言えてるね」


「真なるモンク殺しが当時のものなら、仕留めるのは使命だ」


「俺必要ないだろ。帰っていいよな? な? そうだと言ってくれよ」


 勇者パーティーが殴るために現れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついにジジイ達が戦闘を?
[良い点] 遂に勇者パーティーが、その力の片鱗を見せる時が・・・! [一言] 行方不明になった国宝って、お爺ちゃんかお婆ちゃんが持ってるのかなー。
[良い点] 戦後のヌルゲー世界に転生して無双準備万端の真なるモンク殺しくん「俺なんかやっちゃいました?」 勇者パーティー「「「「「「やあ」」」」」」 オーバーキル確定の真なるモンク殺しくん「俺なんか悪…
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