幕間 冒険者3 新たな伝説
「ここだ……」
三十人を超える最精鋭を率いるロイドが見上げるのは、火山の地下空間には相応しくない大きな大きな門だ。
固く閉じられた木製の門は、迷宮が人工物。いや、神工物であることの証明に他ならない。
勿論こんなところにあるものが単なる門な筈がない。迷宮において階層を区切るように威容を放つ門は、特に強力な個体が待ち受けている。そして一度入り込めば余程特殊な能力でもない限り、待ち構えている主を打ち倒さなければ脱出できない。
敗北の末の死も、この世からの脱出と言えば脱出かもしれないが。
「では手筈通りに」
ロイドの言葉は、この門の中にいるドラゴンのことを知っている前提だ。
実はこの迷宮のドラゴン、一般の冒険者は打ち倒されたことがないと思っているが、百五十年程前に当時の精鋭達に殺されている。そして迷宮の魔物は異常事態が起こらない限り、打ち倒されても同じ力の魔物が生み出される。
そのためこの場にいる冒険者は、偉大なる先輩が残した資料を基に対策を講じていた。
尤も対策と手筈は大して複雑なものではない。寧ろ非常に単純だ。
(ふう……よし)
テオは心の中で呼吸を整えるように気合を入れる。
深層巡りの冒険者達に、なぜ危険な場所に行くのかと理由を問うのは全くの無駄だ。金、名誉、自己研鑽。様々な理由こそあるが、結局は度し難い程愚かで、そして偉大だからこそ未知なる場所へ挑戦しているのだから。
「行くぞ」
ロイドの声と共に、偉大なる愚か者達が門を潜り抜けた。
そこにいた。
(デカい!)
テオはあまりにも当然な印象を受けた。
巨大な石造りの橋に、無理矢理トカゲの手足をくっ付けたかのような威容にして異様。
真っ赤な岩で作り出したかのような鱗。貫けぬものはないと思わせるような牙。縦に裂けたような黄色い瞳。
だが詳しい説明など誰も必要ないだろう。
まさしく人々が思い浮かべる頂点種。ドラゴンが岩だらけの空間に君臨していた。
『ゴオオオォォアアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■!』
家を十は重ねたような生物の雄叫びは、それそのものが攻撃であるかのような衝撃を発生させる。
もし一般人がこの場にいれば、この叫びだけで吹き飛ばされて心臓が止まったことだろう。しかしこの場にいる者達は精鋭も精鋭だ。今更衝撃で臆するものなどいない。
そこに赤がなければ。
「防げ!」
テオを含め前衛の中でも特に防御に長けた者達が盾を構え、襲い掛かってくる脅威に備える。
ドラゴンの口からなにが出てくるなど幼子でも知っているだろう。
『ゴオオオオオオオ!』
頂点種たる所以の一つ。ドラゴンの口から雄叫びと共に、真っ赤な真っ赤な最初の力。
炎が迸った。
今更であるものの人が有機物である以上、火は最悪も最悪。直接肌が焼かれれば炭となり、吸い込めば肺は焼け爛れ死に至る。
人が抗えない力こそ原初の破壊。炎なのだ。
魔法という理解不能な力さえなければ。
「光よ!」
「大地の加護よあれ!」
「精霊力場展開」
テオの仲間であるミアの杖から光が溢れる。フレヤの鎧から大自然の加護が呼び起こされる。アマルダの弓から青色に輝く蝶が舞い踊る。
彼女達だけではない。
「生波全開! 神よご照覧あれ!」
(あんだけ大金積んでこの装備作ったんだ! これで熔けたら化けて出てやる!)
「UUUUUUOOOOOOOO!」
(やるぞ!)
生命と神の加護を開放するモンク。特別に作られた耐火性の盾を構える重戦士。炎の魔獣の毛皮を被って叫ぶ狂戦士。光り輝く盾で炎を防ぐテオ。
彼らが一丸となることによって、全員がすっぽり収まる巨大なドーム状の力場が展開され、ドラゴンのブレスと衝突。
死の炎は世界を彩り、光の力場はそれに抗う。
そして冒険者達は健在。
「もう一発くるぞ!」
人類の上から数えた方がいい集団は見事ドラゴンのブレスを防ぎ切り、更には二回目に備えられる僅かな余裕もあった。
『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!』
「んぐうううううううう!」
続けて放たれた灼熱の咆哮を冒険者達は歯を食いしばりながら耐える。
力場の外の大地はブレスによって真っ赤に燃え上がり、融解していないのが不思議なほどだ。
対処方法がないなら千人どころか万を超える人間を燃やし尽くす炎を二回も受け止められるのは、まさに深層巡りだからこそだろう。
「また来るぞ!」
「ミア、ポーション渡すぞ!」
「お前ら飲め!」
更に三回目の炎がドラゴンの口から溢れようとしていたが、流石に間髪入れずの三連続は無理があったのか、溜めの時間があった。
その隙にエリーズや精鋭の盗賊が仲間の魔法使い達に、魔力を回復することができる秘薬を手渡す。
極一部の暗殺者や盗賊は、薬品の効能を底上げする特殊な力を行使できる。裏を返せば、高名な騎士ですら暗殺できる技を修めている汚れ仕事の専門家が、単なる薬品係に貶められるのがドラゴンという種族だった。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「おおおおおおおおおおおおお!」
そして三回目の獄炎の奔流を、前衛の冒険者達はドラゴンの叫びに負けない声で防ぐ。
赤、赤、赤。
大都市ですらドラゴンに三回もブレスを吐かれたら壊滅してしまい、夥しい焼死者が発生したことだろう。
つまりそんなものを三回も防がれるのは、ドラゴンにとって完全に想定外なのだ。
『グウウウウウウウウギアアアアアアアアアアアアアアアア!』
ドラゴンの叫び。
殺意だけではない。
苦悶も混じっている。
実は学者や賢者すらそんな馬鹿なと何百年に渡って頭を悩ませている、生物としての欠陥が迷宮のドラゴンにはあった。
体温調節が苦手な癖に火を噴くため体温がどんどんと上がりっぱなしになり、やがて体が熱に耐えきれなくなって絶命するのだ。
これは極論すれば、外部の熱に頼っている変温動物の巨大トカゲに、冷却ができない火を噴く装置を取り付けたようなもので、能力と生態が完全に乖離していた。
また、亜種として氷と吹雪のブレスを吐き出す迷宮のドラゴンもいるが、こちらも体温の低下に歯止めがかからず絶命してしまうのだから救いようがない。
だからこそ迷宮のドラゴンは真なるドラゴンに比べ、自分の力が分かっていない子供の様に例えられてしまうのだ。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!』
自分の発した熱で狂乱する欠陥生物、もしくは善なる神が人でも対抗できる試練にしようとして調整されたのだと考えられている頂点種擬きのトカゲだが、それでも圧倒的質量という武器がある。
「防げえええええええええええ!」
「おおおおおおおおおおおおおお!」
目を血走らせて涎をまき散らし、明らかに変調をきたしているドラゴンが突っ込んできてもロイドは死守を命じ、テオも全身に渾身の力を込めて衝撃に備える。
既に力場の外は灼熱地獄であり、バラバラに散開すればそれだけで命を落としてしまいかねない以上、できることは耐えることだけだ。
「おおおおおおおおおお!」
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』
深層巡り渾身の力場とドラゴンが衝突する。
そして力場にひびが入る。
幾らこのドラゴンが擬きとは言えだ。
精鋭と言える漸進層の魔法使いも。
百人力の狂戦士も。
修練に修練を重ねたモンクも。
精霊と共に生きるエルフも。
暗殺の技を秘めたダークエルフも。
重戦士のドワーフも。
深層巡りを束ねるリーダーも。
聖女の卵といえるミアも。
勇者の卵と言えるテオも。
等しくが単なる役割分担以上のことができず、ただひたすら耐えて自滅を狙うしかない存在に変わりがない。
『オオオオオオオオオオオオアアアアアア!』
「おおおおおおおおおおおおおお!」
最早、事ここに至っては両者共に知性などない。ただ力場を打ち破ろうと叫ぶドラゴンと、命を振り絞るように叫ぶ冒険者達。
あまりにも単純な、打ち破るか防ぎきれるかの戦い。
矛と盾の戦いの果て。
『ギャアアアアアアアアアアアア!』
再びの衝突。
更に力場にひびが入り、あと一度ドラゴンに衝突すれば完全に破れてしまうだろう。
矛が盾を貫く寸前だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
だが冒険者に。
未知なる底へ挑む勇者達に悲鳴など皆無。あるのは勝利への叫びのみ。
三十人全員が一塊の生物のようになり、力場は修復されるどころか更に強固となった。
命の輝き。生命の煌めき。束ねられた意思。
まさしく光の力が溢れた。
『ギイイイイイイイイイイイイイ』
耳障りなドラゴンの叫びに力が籠っていないことに気が付いた冒険者はいない。
だがである。
三度の衝突でドラゴンが力場に弾き返されたのなら、誰もが分かった。
『グギギギイイイイイイイイイイイ。ギ。グ。グ』
弾き返されたドラゴンは立ち上がれず、溺れているかのように地面で藻掻く。
上がりすぎた体温で生命力が零れ続けていたところに、渾身の力技も弾き返されたのだ。
最早末路は一つしかない。死だ。
三度の炎と三度の衝突。一回でも殆ど全ての生物を殺せるといっても、たった六回の行動で命が失われてしまうのだから、迷宮産のドラゴンが欠陥生物。もしくは試練用に調整された存在と言われるのは仕方ないことだ。
『グ……』
そしてドラゴンは短い断末魔の声を漏らすと、完全に生命活動を停止した。
「し、死んだか?」
「勝ったのか?」
ドラゴンが動かなくなっても、冒険者達はその生死を半信半疑だ。
しかし決定的なことが起こる。
「転送装置が起動した!?」
「勝った! 勝ったぞ!」
淡く光り始めた自身の体とドラゴンに、冒険者達は喜びを爆発させる。
門に待ち構えている主を倒すと転送装置が起動され、その主の屍と共に外に強制転移されることが知られている。その現象が起こったということは、彼ら深層巡りは擬きとはいえ確かにドラゴンに勝利したのだ。
まさしく偉業として称えられる、新たなドラゴン殺しの伝説が生まれた瞬間だった。
◆
この新たな伝説が誕生して数週間後、古き伝説達が街を訪れたのだが……。
「おお、可愛らしいのう。ほっほっほっ」
「まあまあ」
フェアドとエルリカは、観光にすら使われている非常に特殊な初心者用ダンジョンで、小さな犬のような生物のお腹を撫でていた。




