禁煙地域
海岸線を走りながら、男はあたりの様子をうかがった。何か変な所でもあるのかと思えば、さほど他の街と変わらぬ風景が流れていた。
「まぁ、こんなものか」
道路脇に、いくつかの小さな商店の跡らしき建物が建ち並ぶ。いつ頃かはわからないが、当時はそのお店も賑わっていたのだろうか。
男はそんな思いにふけながら、前を走るスローペースな車に若干の苛立ちを感じていた。
メーターを見ると40を指している。
先程見かけた標識では60になっていたと思ったが、なるほど、これは遅すぎる。
「どうしたものかな。」
と、おもむろにタバコを取り出し、口に咥えて火をつけた。窓を少し下げ、煙を外に吐き出す。「次の信号で真っ直ぐ進むなら俺は曲がろう。」そう、決めたたところ丁度赤信号に捕まった。車はウィンカーが出ていない。
「真っ直ぐ行くな。」
灰皿にトントンと灰を落とし、ウィンカーを付けた。青と同時に前の車はやはり、真っ直ぐに進む。男はハンドルを左に切り、左折した。
曲がって進むと、この街の市内地に入る。
「これが禁煙地域?何も変わらないと思うけどな。」丁度吸い切ったタバコを灰皿に押し付けたところで、満杯となった。
「どこかで捨てるか。」
最近はコンビニの外にも灰皿が撤去されている所が多い。禁煙地域というくらいなのだからこの街のコンビニには灰皿はないだろう。そうなると、コンビニの中のゴミ箱へ捨てるしかないかな。と、ぼんやり考えながら、20分ほど走っただろうか、左手にコンビニを見つけた。灰皿の中身に火は残っていない。
「ここで捨てるか。」
男は駐車場へ車を入れると、車から降りた。
ドアのポケットからビニール袋を取り出し、灰皿の中身を入れ、それを手にコンビニへと入って行く。入り口側にあるゴミ箱へ突っ込んで、トイレへ入って行った。トイレから出た男はお決まりの缶コーヒーを手にすると、レジへ向かう。列に並んでいた時、ふと違和感を感じて辺りを見回した。
「?何だ?なんとなくだが、視線を感じる気がするな。」
気のせいかと、自分の番になり、支払いをしようとした時、その視線が気のせいではないと気がついた。店員が怪訝そうに見ていたのだ。
「何かおかしな事でもしてるのか?」何となくだが、自分が周りから見られている、というか監視されているような気がする。若干気持ち悪さを感じつつ、支払いを済ませて車へ早歩きで戻った。鍵を開けてドアを開けようとしたその時、背後から声をかけられた男は振り向いて、一瞬たじろいた。
そこに立っていたのは、歳は20代はじめくらい、身長は150くらいの小さな女性だった。
ただ、異様に感じたのは全身黒の軍服のような格好で左腕には腕章。帽子を深めに被り、白い手袋とマスクをつけていた。
「その車は貴方のもので間違いないか?」
その人物が女性だと判断したのは、かけられた声と帽子から流れ出ている長い黒髪、帽子とマスクの間からのぞく、切長の目に長いまつ毛から判断できたからだ。
「そうですが、何か?」
一瞬たじろきはしたが、男はすぐに気丈に答えた。その姿には驚きはしたものの、相手が女性ということもあったからだ。
「私に何かご用ですか?」
男は少し、その女性を小馬鹿にしたように続けて聞いた。
「変なコスプレしてんなよ。」と心では思っていたが声には出さなかった。
「左様か。貴方の車で間違いないか。それでは・・・」チラリと右側に視線を向けて彼女は続けた。
「この捨てられたゴミも貴方が捨てたもので間違いないな。」
言わた先に目をやった男は、驚いた。
そこには目の前の女性と似た格好の人物が立っていたからだ。手には見覚えのある袋が見えた。その者は先の女性とは変わり、180くらいの身長で、服の上からでもわかる、ガタイのいい体格。同じく帽子を深めに被り、マスクをしているため、表情は読めないが、怒っているようにも感じられた。
「こっちは男か?何のコスプレ集団だよ。」
吐きかけた言葉を飲み込み、男は少し声を荒げ、「ゴミを捨てたらダメなのか?」と逆に問いただした。少しも強気でいないとこの異様な空間に気圧されそうだった。
「何なんだ、お前達は!!」
言いかけた男の言葉を、先程より強く、冷たい感じの口調で女性の言葉が遮る。
「ただのゴミであればな」