2-19
「君には助けられてばかりだな」
「リシン様?」
人集りの中心で抱きしめられたピエリスは動揺して顔を赤く染めながらリシンを見上げる。
仰ぎ見た表情は悲しそうに歪み、真剣さが滲んでいた。
「無事でよかった」
「大したことはなかったですよ?」
ピエリスの存在を確かめるようにリシンは抱きしめる手を離さなかった。
「ギップの妹が死にかけていたんだ。君の耐性次第でそうなっても不思議はなかった」
「私は大丈夫ですよ。ですので、そろそろ離してくださいませんか? その、恥ずかしいですから」
「……わかった」
渋々といった様子でリシンは抱きしめる手を離して、ピエリスを下から上まで確認するように見つめた。その表情には隠しきれない心配が滲んでいる。
ピエリスは気恥ずかしさにドキドキと高鳴る胸を抑えるように一度深呼吸をして、少しだけ呆れたような目でリシンを見返した。
「もう、リシン様。今は私のことよりも何が起きたか聞くべきじゃないですか?」
「すまない、君の言う通りだ。……どうにも君が心配になってしまってな」
リシンは心を落ち着けるように深く息を吐き出すと、普段通りの表情に戻ってギップに向き直った。
「ギップ、何があったか話してくれるか?」
「あぁ、兄ちゃん」
話を聞いたところ、リシンから大金を得たギップは早めに仕事を終えて妹と市場を回ったという。そして妹がある壺に触れた途端に倒れたというのがリシン達が来る直前のことだった。
「それがこの壺か」
市場を見て回った時に怪談を聞かされたその壺にリシンは目を向ける。ピエリスもよく意識して見れば、僅かな呪いの気配がその壺にあることがわかった。
「呪いの気配がありますね」
「呪物か。回収して明日協会に持って行くとしよう」
リシンは懐から硬貨を取り出すと、終始おろおろと様子を見ていた屋台の老婆に渡して壺を引き取った。
「持っても大丈夫なのですか?」
「怪談でも犠牲になっていたのは少女だった。この呪物は少女にしか反応しないだろうから問題はない」
「呪いの指向性ですか」
「よく学んでいるようだな」
キアから学んだ呪いに対する知識の一つとして、ピエリスは呪いのかけ方についてを学んでいた。
名前などを媒介にして直接個人にかける呪いは戦場では珍しく、特定の種類の人物にだけ反応する呪物を戦場に設置することの方が多いという話だ。
「犠牲者を増やさないためにも、人を避けて早々に帰るべきだな。ピエリスもそれでいいか?」
「もちろんです」
ピエリスが頷くのを確認して、リシンは腰に帯びた剣に手を添える。次の瞬間、リシンから一瞬だけ強い魔力の揺らぎが発生した。
「これで馬車が迎えに来るはずだ。こちらからも向かうぞ」
ピエリスの手を取ってリシンは人集りから抜けるように歩みを進める。その進路をギップが遮った。
「ま、待ってよ兄ちゃん!」
「どうしたギップ」
「お礼! 二人に何かお礼がしたいんだ」
必死な様子のギップを見て、リシンはピエリスに一度視線を向けると「どうする」と問いかけた。
「私はお礼されることなんて……」
「姉ちゃんソフィを助けてくれたってことは、聖女様なんだろ? 俺なんかじゃ対価にもならないかもしれないけど、何でもするからさ!」
「私は聖女じゃありませんよ。それに簡単に何でもするなんて言わないでください」
「でも……」
ピエリスに諭されてギップは口ごもる。その様子を見つめていたリシンが、ピエリスを見つめて真剣な表情で口を開いた。
「呪いを解くというのは、それだけ意味があることなんだ。簡単に言ったと、思わないでやってくれ」
ギップとリシン、二人の真剣な目に見つめられてピエリスは気圧されるように頷いた。
「わかりました。それならギップさん、また今度私のためだけに装飾品を作ってください。家宝になるような素敵な物をお願いします」
「……わかった姉ちゃん。とびきりのを作る。だからまた会いに来てくれよな」
「もちろんです」
ピエリスが一つ頷くと、ギップは決意に満ちた表情で頷きを返して道を開けた。
それからは人を避けるようにして二人は市場を進んだ。
「君は自分の価値をもう少し知った方がいい」
馬車までの道を急ぐ最中、リシンがポツリと呟いた。
「私の価値、ですか?」
「私が君にどれだけ救われたかを君はわかっていない。生半可な気持ちで君を幸せにすると誓ったわけではないと、知っていて欲しいんだ」
繋いだリシンの手に少しだけ力がこもる。その温もりが気恥ずかしく感じると同時に、ピエリスは少しだけ胸が痛むのを感じた。
命の恩人だから。救ってくれたから。もしそれが理由で幸せにすると言ってくれているのならば、それは少しだけ寂しいとピエリスは思ってしまった。




