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17.はじめまして、ミニトロールです!【後編】

 

 天国のお母さんへ。ノアは今―――遺伝子の不思議と対面しています。



 レイド様からお母様とお兄様に会って欲しいと言われ、私はテンパりました。

 ご家族へのご挨拶という緊張イベントの発生です。しかもお相手は貴族。ハードルはかなり高めです。――しかし同時に私の胸は高鳴りました。トゥンク。

 だって、レイド様のお母様とお兄様とか絶対美形じゃん。見たい! 見た過ぎる!



 ―――特に、お兄様。



 気になる。すごーく気になる!!だって、レイド様の成長姿を一足先に拝めるんだよ!?なにそのご褒美!レイド様の成長姿とか超楽しみ!早く私にその未来予想図をくださいっ!と、私はご家族への挨拶の日をそれはそれは楽しみにしていた。こんな気持ちになるの5歳の時に鏡を見られると知った時以来。あの時はトロールでびっくりしたけど、今回は大丈夫。だってレイド様のママとお兄ちゃんだもの!



 やってきました顔合わせの日!

 迎えに来てくれたレイド様は貴族らしくダークグレーの細身のスーツをばっちりと着こなしていた。


「はうっ!」


 トロールは鳴き声と共に崩れ落ちた。


「お貴族様バージョンとか私を殺しにかかってきているとしか思えない…」


 あな尊し…。まじ、やんごとなきお方。光り輝いて見える。そうか、源氏物語の光る君はレイド様だったんだ。


「ノア?何してんの?」


 片手でひょいっと抱き起こされる。


「ま、まって!これ以上格好いいの禁止!息が止まる!心臓が壊れる!」


「はあ?」


「す、すすすスーツ!戦闘力が上がり過ぎです!」


 完璧な美少年のスーツ姿は驚異の殺傷能力をもっている!!


「なに言ってんの?ノアは……」


 ――すごく清楚で可愛いけど、とレイド様は頬を朱に染めて目を逸らしながらぽそりと呟いた。

 なんという破壊力。やめて私のライフはもうとっくに0よ!腰が砕けそう。


「兄上には見せたくない…」


 更にちょっと独占欲を出しながら抱きすくめるという欠片の容赦も無い追撃により私の腰は完全に砕け散った。


「もう行ける?」


「すみません。レイド様があまりにも魅力的すぎて足腰に力が入りません……」


 スッとレイド様に横抱きにされて、ニヤッと笑われた。


「役得だな」


 きゃああっ!かっこよすぎて辛い。本当に辛い。それにしても、スーツ姿のレイド様にお姫様抱っこで運ばれるってなんのご褒美だろう。うぇっ。嬉しすぎて吐きそう。ちなみに今日のトロールは白の繊細なレースがあしらわれた膝下まである水色のワンピースなのでパンチラの心配はない。トロールのパンツの需要なんてないのである。



 レイド様のお家はヨーロッパのお城のようだった。大きい。スゴく大きくて立派でお庭も広大で綺麗だった。

 ガクガクしながら馬車を降りると老紳士な執事さんが応接室に案内してくれた。王宮に通い慣れた私には分かる、レイド様の家の調度品めちゃくちゃいいやつ。王宮並み。廊下の天井とか素晴らしい絵がずっと描かれていたけど、あれですか?ここはバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂でしょうか?レイド様のお家ってめちゃくちゃ立派な家系なんじゃないのかな、と半分白目を剥きながら、超フカフカのソファーに座ると、レイド様がクスクス笑う。


「借りてきた猫みたい」


「だって緊張するよー。できたら気に入っていただきたいし、せめて反対されたくないよ…っ!」


「ノアならだいじょーぶだって」


 宥めるように頭をぽんぽん、とされる。


「それよりも、……兄上は俺と違って凄く美形だから、惚れないでね…」


 レイド様は捨てられた仔犬みたいな目で私を見つめる。きゅぅぅん。


「もう。私の英雄はレイド様だけです」


 熱い気持ちを込めて答えたのに、「そっか…」と素っ気ない返事だったので油断していたら、スッと涼やかな美貌が迫ってきて「ありがと」と吐息ごと耳に囁かれて、ちゅ、と頬に口付けを施された。不意打ちに真っ赤になると、悪戯が成功したみたいに目を細められて心臓が痛いくらいドキドキする。今日のレイド様は朝からずっと私を殺しにかかって来ているとしか思えない。悶え死ぬ。


 そんな風にいちゃいちゃしてると、ノックがあった。慌ててソファーから立ち上がって、居住まいを正す。


 レイド様のお母様とお兄様かぁ、グラマラスな美人と秀麗な貴公子様なんだろうなあ、とワクワクどきどきしながらも、微笑みを浮かべてドアの方を見つめる。


 カチャ


『えっ』






 え?



 ちょっ



 おいいぃぃ――!!!! へんなの(トロール)入ってきたぞおお――――!!!!



 おおおお、落ち着け(ミニトロール)!そんな事あるわけないだろ。

 アレは……そう、お連れ様だ!

 きっとご親戚の方が見物にきたんだよ!だからきっとこの後に続いて入室して来られるはず!

 私は入り口を凝視し、他の2人は物凄い目力で室内を見渡している。


「………」


 静寂が流れる。


 コキュン、と喉が鳴る。うすら寒いような予感が胸をかすめて、心臓が変な音をたてはじめる。――大丈夫。大丈夫。きっとこの後続いて登場されるはず。続いて登場されるはずなんだから。ちょっと遅れているだけ。だから続いて……。続くんだよね? ね? 続いて! 続いて! 続いて! 続け! 続くんだ!! 続け!! 続けよ!!


 藁にもすがる思いで入り口を凝視する。――ぱたん、と執事さんがドアをお閉めになった。


 続けよおおおぉぉ―――!!! 


 思わず膝から崩れ落ちそうになるのを耐えて、もう一度トロールたちと目を合わせる。


 ……続いて、誰も入ってこなかった。という事は――


 目の前の超常現象に対して、心臓がバクバクと音を立て、体は震え、変な汗が流れ始める。


 ――まさか、ご、ご家族だというのか? トロールが!?レイド様の!?


 レイド様のお母様(仮)は豪奢なドレスに身を包んだ黒髪に金色の瞳のトロールで、お兄様(仮)は紅蓮の髪に金色の瞳のトロール。


 い、遺伝子いぃ――――!!!


 おいいぃぃぃ―――!!!

 何処行ったぁぁあ!! 遺伝子いぃぃぃい!!


 説明しろおおぉぉ――――!!!!


 レイド様のお母様とお兄様なのだ。それはもう美男美女を想像していた。だけど、そこにいたのは紛れもなくトロールだった。しかも、一人は最近頻繁に遭遇していたはぐれトロール。


 ――ん? 待てよ、みらい……よそうず???


 レイド様の、成長姿……? 一足先の、すがた…?


 慌てふためきながら、レイド様とお兄様を見比べる。

 これが成長して、コレになる。


 ――コレになんの!? まじで!? どうやって!?


 アンビリーバボー。

 あ、コレとか言ってしまった。ごめんなさい。


 え、ある日レイド様はトロールに進化するの? そんな!!ばなな!!

 思ってたのと全く違う別方向からかなりヤバい未来予想図がきた。えぐい。


 例えレイド様がトロールになったとしても好きよ?好きだけどさ!やっぱりちょっと悲しいっていうかさ!


 待て。落ち着け。進化しない場合もあるんじゃないの?え、その場合って遺伝子ってどうなってるの?もしかしてこの世界には遺伝子は無いの?でも目の色とか髪の色とかが遺伝子の存在を中途半端に感じさせてくるんですけどっ!中途半端が一番混乱するんだってば!異世界ファンタジーさぁぁあん!と驚きに揺れていると、事態は急に進展した。


  レイド様のお母様とお兄様は驚愕に目を見開かれたまま固まっていた。お二人は、しばし呆然とした後――


「レイド、あなた騙されているわ!」

「レイド、お前犯罪に手を染めたのか!」


 と、同時に叫び、はっ、と二人で目を合わす。


「(母上、彼女はそんな子じゃありません!)」

「(カイル!? 貴方までこの子に絆されているの? なんて恐ろしい子!!)」

「(やめて下さい彼女は天使です!)」


 ヒソヒソ話だけど、驚きすぎているせいかこちらまで声が聞こえてしまっている。


 ――えっ? ダマす? ほだされる? 


「てんしですって…?」

「はい」


 表情の抜け落ちた顔でお母様がお兄様を見つめ、お兄様は力強く頷く。 


 ――えっ待って! この流れだと、私、二股かけてた女みたいじゃない!?悪女みたいじゃない?ビッチみたいじゃない? や、やめてーー!


 なんて事! 私は事態を甘く見ていたようだ。第一印象のスタート地点がゼロからではなく、マイナスからだったなんて。泣きそう。


 第一印象は大事なのに!

 いますぐ起死回生の一手を打たねば。

 現状打開策(ワクチン)を打つのだ!


 目指せ! 好感度V字回復!


 えと、どうしよう? どうしよう!?


 助けて結婚情報誌(ゼクシィーーー)!!!



「母上、兄上、お客様の前で第一声がそれですか?先ほどからとても素敵なマナーですね」


 よく透る声が(リン)と響いて、慌てていたお二人がハッとなって居住まいを正す。


「だって、予想していた子とあまりにも別方向からの強烈な一撃だったんだもの」


 お母様が拗ねたように口を尖らせる。可愛らしい人なんだなあ。


「すごく可愛いと伝えておいたでしょう?」


 きゅん!でも、ご家族の前だとちょっと恥ずかしい。


「兄上は事前に面識があったようですが――」


 レイド様は目が全く笑っていない笑みをお兄様に向けた後、お母様に向き直る。


「母上、紹介します。お付き合いしているノアです」


 こちらを見るお母様の目は自分の息子を騙す女狐(メストロール)を見る目だった。――私は悟った。私の立場は「お嬢さんを俺にください!」って言う方の立場なのだと。まさか10歳にして巻き起こるイベントとは思わなかったけど、がんばりますよ!


「……レイドの母のリディア・オーウェンです」


「名乗るのは初めてだな。カイル・オーウェンだ」


 カイル様には悪いけど、私にはもうお母様しか目に入りません!

 向かい合うは子を想う母の愛!負けませんよ、嫁(気が早い)の息子さんへの愛をみせつけてみせる!例え、お母様の背後に暗雲と雷を背負った(ドラゴン)が見えたとしても!


「ノアと申します。本日はお会いできて光栄です」


 にっこりと、子役のようなアザと可愛い爽やかな笑顔を振りまく。大抵の人間はこれでイチコロなのだけど、返ってくるのは絶対零度の眼差し。負けませんよ!と引続き子役の笑みを浮かべる。私は好感度の巻き返しを図ります!


「母上。私が今日ノアを呼んだ理由が分かりますか?」


 くすっとレイド様が笑って、私を見つめながらそっと手を取り、自然な動きで腰に手を回す。

 お、皇子様みたい…。お貴族様バージョンのレイド様の格好良さにクラクラしてしまう。

 けど、このタイミングでいちゃいちゃ? どゆこと…?


「れ、レイドさまっ…?」


 ――なんですかノア?と甘やかに微笑みながら小首を傾げるレイド様。

 あう。これはダメだ。悪魔的な格好よさだ。強烈な追い打ちに私はもう真っ赤になってしまう。


「ほら。……俺に腰に手を回されて、真っ赤になってるんですよ?」


 レイド様がニヤっと笑ってお母様を見つめる。

 私は訳も分からず、レイド様をぱちぱちと見つめた。


「ほら、ノアは俺の目をずっと見てくれているでしょう? ――今日ノアに来てもらったのは、母上にしつこく言われたからっていうのもあるけど……、俺は、貴女に心から安心して欲しかったから来てもらったんですよ。ちゃんと幸せだって、色々心配をかけてきた母上に報告したかった」


 くすっと笑うレイド様は紛れもなく天使だった。


「だから、思い込みや先入観とかを一度置いて、ちゃんとノアを見てください」


 こちらを見るお母様の後ろに暗雲と雷を背負った龍はいなくなっていた。


「――本当にレイドの事が好きなの…?」


 戸惑いと僅かな疑念に瞳を揺らして、お母様は私を見据えた。私も居住まいを正して向かい合う。


「はい!大好きです!大切な息子さんを必ず幸せにします!!」


 ふんす!と握りしめて答えると、レイド様がくすっと笑って私にだけ聞こえるように小さく「男前だな?」と呟いて、長い指で私の髪を一房持ち上げてサラサラと弄ぶ。もうやめて。今日のレイド様は皇子様すぎて辛い。


「本当に…?レイド、禁術に手を染めた訳では…」


 茫然としたカイル様が呟くと、レイド様が溜息をついた。


「兄上、俺…、私をなんだと思っているのですか?だいたいそんな禁術ないでしょう」


「や、でも、目の前の光景を信じろって言う方が…」


「カイル、止しなさい」


 ピシャリ、とお母様が言う。鋭い目には優しさと慈愛が満ちていた。カイル様は何か言いたそうだったけれど、キュッと口を結んで、「はい」と応えた。



 それからは普通にお茶会になって、馴れ初めを話したりとかレイド様の小さかった頃の話を聞いた。


「それにしてもよかったわ。ずっとロマンス詐欺かと思っていたのよ?」


「だから何度も違うと言いましたよね?」


「うふふ。そうね、とっても仲がよさそうで安心したわ」


 レイド様はちょっと照れたように眉間に皺を寄せた。可愛い。


「あとはレイドが結婚までガッチリ捕まえておくだけねっ」


『けっこん』


 思わず漏れた声がレイド様とハモる。チラリとレイド様を見るとばっちりと目が合って、ポッとお互いの顔が赤くなる。


「おいそこ今すぐその桃色の空気を止めるんだ居たたまれなくて私が死ぬ」


『ご、ごめんなさい』


 カイル様も最初は眉間に皺が寄っていたけど、途中から「ラブラブでよかったねー(棒読み)」と悟った菩薩のような顔になっていたので、多分オッケーだという事にした。

 しかし、そんな穏やかな時間を過ごしながらも、大きな疑問のせいで私の胸中はずっと大荒れだった。




 帰りの馬車の中、私はドキドキしていた。どうしても確認しなくちゃいけない事があったから。――これを確認しないと私は今晩眠れない。絶対にだ。レイド様によって寝かせてもらえない。性的な意味は含まず。


 しかし、これはデリケートな問題なので慎重に取り扱わなければならない。

 もしかしたら禁句なのかもしれないし。

 家庭の事情にかなり踏み込んだ問題だからガラス細工を扱うように。慎重に、慎重に。

 だから、あくまでサラッと軽い感じで聞かなくちゃいけない。

 そう!なんてことないよ~って雰囲気で聞くのだ。ちょっと気になっただけだよーって。

 よしッ。


「れ、レイド様ってさア、お、おおおお父さん似なのォ?」


 しぃまったああああ―――!!! 

 おいいいい! めっちゃ不自然じゃん! 明らかになんてことあるじゃん!

 どこ行ったよ! 5秒前までの決意!


 私の超不自然な切込みに対し、レイド様はぶはっと噴き出して肩を震わせた。


「ぷ……くくっ……やめろよノア…っ!! 何、今の声……」


 レイド様はお腹を抱えて笑ってくれて、ほっとした。


「ふ、普通に聞けって!!あーー、腹いて。くくっ……」


 レイド様は、目に溜まった涙を拭きながらニヤリ、と笑う。


「そうだな、父親とは『色』は一緒だ」


「――色?」


「見た目は、両親にも兄弟にも祖父母にも似ていない」


 ロウソクの炎が風に吹かれたみたいにレイド様の瞳が一瞬儚く揺らめいた。それを打ち消すように一度瞼を閉じて、フッと笑う。


「会ったこともない遠い遠いご先祖様にはきっと似ているんだろうけどな?」


 レイド様は肩をすくめる。


「俺は先祖返り、ってやつらしいんだ。稀に生まれるらしいんだよな」


 何てことも無いとばかりに淡々と話す。


「父親も、もう一人の兄弟も美形だよ。しかし、昔はみんなこんな不細工だったかと思うとちょっと怖いよな?」


 喉が詰まる。レイド様が悲しい事を言いながら、私に気を遣わせまいと笑っているから。

 ――独りだけ仲間外れの存在。疎外感。辛くない筈がないのに。


 スッとレイド様の指が伸びてきて、指の腹で私の眉間を優しくぐりぐりする。どうやら眉間に皺が寄っていたらしい。


「――ごめん、な」


「へっ?」


「俺がまともな顔で生まれていれば」


「えっ!ちょ!違う違う!そんな事考えてた訳じゃないよ!」


「――うん。でもさ、俺がまともな姿をしていれば、ノアも色々奇異な目で見られることも無かった。現に今日だって『騙す』とかさ。……ごめんな。これからも俺の近くにいることで、きっと嫌な思いをさせることも沢山あるだろうから。――もっとノアの横に並んでても釣り合いが取れる見た目だったらよかったんだけどな…」


 レイド様が申し訳なさそうに目を伏せた。


 ――やだよ。そんな顔しないで。


 私は、ただレイド様を幸せにしたくて、レイド様を悲しませることだけは、絶対にしたくないと思っていたのに。こんな顔をさせたくなんて、無いのに。

 レイド様の頬に両手を添えてレイド様の目を真っ直ぐに見つめる。


「私にとってはレイド様が究極の美形だよ!」


 レイド様は困ったような表情を浮かべた後、「ありがとな」と微笑みながら私の頭をぽんぽん、と撫でる。いつもだったらすごく嬉しいのに、今はすごく切なくなった。


「本当に最高に格好いいと思ってるよ? レイド様が私のタイプなんだよ?」


「分かった分かった。もう気を遣わなくていいから」


 呆れたように私のほっぺをふにふに優しく抓る。


「ほんろやよ?(ほんとだよ?)」


「はいはい」


「信じてくれないの?」


 しゅん、として聞くとレイド様が困ったような顔をして、困惑に瞳を揺らす。


「ノア……でも、だって…」


「一目惚れだったよ?」


「――は?」


「私のタイプ。ドストライク」


「いや、でも……」


 レイド様は複雑な感情に絡め取られてしまったように、口ごもって、言葉を躊躇って、言葉を詰まらせた。


「信じられない? レイド様の見た目すっごく好きなの」


「――本気で言ってるのか?こんなんなんだぞ?」


「超、本気!!!!」


「――っ」


 レイド様が苦しげにその美しい貌を歪ませる。瞳を困惑と期待と疑心に揺らしながら、口をゆっくり開き、また閉じる。幾度も息を呑んだあと、深く息を吐き出した。


「――本気、なんだな……。ノアといると驚く事ばっかだ。正直、戸惑いが強くてすぐには信じ難い事だけど……」


 呆れたような、信じられないような、喜んでるような、苦しいような、そんな複雑な顔でレイド様は笑った。


「俺はそんな風に言って貰える姿をしていないと思ってる。実際、気持ち悪い見た目だし。――でも、それは全部俺の都合だ。全部……俺の価値観と経験による問題だ」


 どこか自分を納得させるように言葉を紡いで、一つ頷くと、レイド様は口許を緩めた。そして、私を真っ直ぐに見据える。


「だから、ノアがそう言ってくれるなら、――信じるよ、ノア」


 前髪を後ろに梳かれながらおでこにちゅ、と口づけられる。


「――けどまあ、美的感覚は激しく狂っているとは思うけどな?」


 レイド様が力なく笑う。


「私からしたら皆が狂いまくってるんだけどね?」


 私はふふん、と力強く笑う。


「ノアの目がおかしい可能性もあるけどな」


 今度はニヤッといつもみたいに笑ってくれる。


「ふふっ。治癒してみる?上級治(ハイヒー)…んぶっ」


 唇に柔らかくて温かな感触があった。視界いっぱいにレイド様の美貌がある。

 レイド様の睫毛、すごくながいなぁ、と場違いにも思った。赤色のまつ毛がキラキラ光ってとっても綺麗。

 ちゅ、という水音と共にゆっくりとレイド様が離れる。きゅっと眉根を寄せて睨みながら拗ねたように「ばか」と呟いて私を抱きすくめる。


「もし目が壊れてても治すなよ…?」


 本気で焦っているレイド様がかわいくて愛しくて、私もぎゅっと抱きしめ返す。


「うふふっ」


「なんで笑ってるんだよ」


 ジト目で睨まれる。


「えへへ。愛されてるなって実感して」


「ばか……。それよりも、一生治すなよ?」


 頬を染めて照れながら睨まれる。


「うん」 


「一生だからな?」


「うん。分かってるって」


 見つめあうと「ぷっ」とレイド様が噴き出した。

 私もつられて「ふふっ」と笑うと、レイド様もつられて笑い出したので二人でしばらく笑いあった。


 笑いが収まって、レイド様の体にぽすっと凭れかかる。


「――さっきの信じて、いいんだよな? その、……俺が…タイプ…って」


「うん」


「……そっか」


 レイド様はその言葉を噛みしめるように目を伏せて、きゅっと私を抱きしめた。


 自分の中に全く無い考えや価値観を、自分に言い聞かせ、理屈をつけ、納得しようとし、信じようとし、それでもなお、疑念が湧き、不安が鎌首を持ち上げ、誰かに後押しを求める。――分かるよ。その件に関しては私の方が詳しいから。


「いいんだよ?ゆっくりで」


 にっこりと笑う。


「頭で分かっても心が付いてこないんでしょ?」


 私も2年経っても自分がトロールにしか思えない。可愛いだなんて全く思えないし、未だに信じられないよ。――だからわかるよ、と笑いかける。


「明日も言うよ」


 さっき、誠実に私の言葉を受け取って、信じるって言ってくれて本当に嬉しかった。未知の価値観を突きつけられて、戸惑いに揺れながらも、自分で考えて私を信じてくれた。


「明日も、明後日も、その次の日も、これから続くその日々に。何度でも、何回でも、何万回でも、言葉を重ねるよ。レイド様が格好いいんだって。私にはレイド様ほど格好いい人はいないんだって、何度でも言うよ」


 揺れているレイド様の気持ちが、心が理解できるから。


「レイド様の心が納得するまで。レイド様が飽きてもういいんだって、そうやって言う日まで私はずっと言い続けちゃうから」


「――――」


「好きだよ、全部。見た目も、性格も。レイド様丸ごと全部大好き」


 レイド様と付き合って私は毎日が途方もなく幸せで楽しい。でも、今が幸せであればあるほど、同時に失うことが怖くなる。好きで、好きで、馬鹿みたいに大好きだから、レイド様がいつか私に冷めてしまうんじゃないかとか、飽きてしまうんじゃないかとか思ってしまって、すごく怖くて不安になる。

 私達はまだ子供だから、大人になるまであまりにも時間がありすぎて、それがときどき堪らなく不安になる。


 もし、レイド様もそういう不安を抱えていて、その上で自分の容姿の事とか気にしていたらすごく辛いと思う。レイド様にはそんな不安抱えていてほしくない。

 だから、これからレイド様と一緒に過ごせるその時間の中で、私は伝えるよ。レイド様が格好いいって。私のタイプなんだって。レイド様が不安に思わないように、迷わないように、躊躇わないように、口ごもらなくてもいいように。


 永遠があればいいと思う。今のこの幸せがずっと続けばいいと思う。でも、もしそれが難しくていつかレイド様が私に飽きてしまうとしても――いつか来る別れの日まで私は言うよ。


「好き。レイド様が好き。見た目も。性格も、仕草も、剣ダコいっぱいの手も、長い指も、レイド様を形作るなにもかも全部好きだよ」


「―――ノア…」


「一緒にいたい。一緒にいさせてほしい。一緒にやっていきたい。永遠じゃなかったとして、戯れだったとしても、この瞬間が私にとっては全てでとても幸せだから。別れがあったとしても、吹っ飛ばせるくらい楽しくて、とても幸せだから」


「そんなこと……ない……っ! 俺は、お前が…!」


「レイド様は世界で一番格好いいよ」


 ぎゅっと背骨が折れそうなくらい抱きしめられる。


「俺はノアと離れる気なんてない…!疑ってない、だから、別れるとか、終わるとか変なこと言うなよ!!」


 レイド様の吐き出す声も息も震えている。


「うん、ごめん。深刻に話しすぎちゃった…」


 レイド様の胸を押して顔を上げると、レイド様はその美貌をクシャリと歪ませていた。


 薄く息をついて、赤が煌めく黒い瞳をじっと見つめる。

 重くしてしまった空気を吹き飛ばすように、明るくにっこり笑う。


「つまり! 何が言いたいかと、言うとですね?」


 えへへ、と笑って、泣きそうな顔になっているレイド様の頬をぷにっと押す。


「私にとってはレイド様は英雄で!見た目もタイプで全部ひっくるめて超好きで!超好みだから!――これから続く日々にレイド様の隣から、ゆっくりじっくりその事を分からせてあげるね、ってこと」


 レイド様の目にうっすら涙の膜が張る。


「ばか。 本当……ノアはバカだ。なんでそんなに全力なんだよ。――俺……なんか、に……」


「ん? 私の英雄だから? とにかくもう、メロメロなの」


 レイド様は泣き笑いの顔をする。


「ばか、泣かせるようなこと言うなよ…。ただでさえ不細工なのに、余計格好悪くなるだろ」


「ふふっ。レイド様の涙は綺麗だよ」


「ばか。ほんと、ばか…」


 レイド様がもう一度そっと身体を重ねて私を優しく抱きしめる。


「――ノア……ありがとう」


 どこまでも優しく、どこまでも労わるように抱きしめられて、胸いっぱいに幸せが広がる。


「ノアがそうやって言ってくれるなら、俺はノアに毎日好きだって言う。好きだよ、ノア。好きじゃ足りないくらい好き。俺にはノアしかいないから。ノア程のやつなんて何処にもいないから。俺、死ぬときまできっと今と同じ想いで好きって言うから。俺からノアを手放すなんて絶対に無いから。ノアと出会ってから毎日が幸せなんだ。――たぶんノアが思ってる以上に、奇跡みたいな幸せで溢れてるんだ」


 嬉しくて嬉しくて、抑えられなかった幸せが目の端から溢れてぽろぽろこぼれる。


「だからお前は『戯れ』なんて言うな。お前は俺を切り捨ててもいい。だけどその逆は絶対に無いから!だから、俺を信じろ。信じられないならなんだってしてやる」


 レイド様が視線の光を鋭くして私を見つめる。その刃のような鋭利な眼差しに射抜かれて、込み上げてくるものがあって、「……ぁ」と、思わず小さな声を上げていた。


「大好きだよ、ノア」


 怖いくらい真剣な眼差しに(たた)えられている感情の強さに胸がいっぱいになる。未来の事なんて誰にも分からないけど、でもきっともう大丈夫だと思えた。


「レイド、さま……」


 胸を締め付ける悲しみに似た痛いくらいの幸せを感じて


「うん。―――うん、私も大好きだよ」


 泣きながら笑って、抱き着いた。

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