たぶん、想い出のまま
次の日の放課後、教室で笹木と伊藤に顛末を報告すると、おとなしく聞いていた伊藤が少しだけ身を乗り出して尋ねた。
「そのあとは、どうなったの?」
「え、二人とも駅まで送って行ったよ。そのあと俺も帰った」
「うん、そうなんだろうけどね。どっちかっていうと、どっちと親密になったの?」
そう言って伊藤は鞄からキャンディの入ったカラフルな袋を取り出し、スイカ飴を俺と笹木に配る。ありがとう、と笹木も飴をつまみながら、なぜか興味深そうにこっちを見た。
「え、どっちって言われても、どっちも特には」
「そしたら、どっちの連絡先聞いたの?」
「いや……どっちも聞かなかったけど」
「なにそれ」
よく解らないまま伊藤の質問に答えると、なぜか笹木がこっちを睨みながら続けた。
「幼馴染みの女の子二人と再会して、語りあってそのまま解散?」
「え、なんか俺、やらかした? 逆にこれ以上、どう紳士的に対応すればよかったの」
スイカのミニチュアみたいな飴玉を口に入れ、笹木と伊藤を見る。お金持ちのオジサマみたいに夕食おごってタクシーで送らないとダメなの?
伊藤はちょっと考えるような顔をして、一見真面目な風に言った。
「そういうことじゃなくてさ、せっかくのまたとない貴重な出会いを、人脈を広げるとか今後のために活かそうって動きはなかったのかなっていう質問だよ?」
「湯川君、その引き寄せとか願望達成とかの本には、チャンスを逃さないとか、ピンチをチャンスに変えるとかなかったの?」
「……なんと申し上げましょうか、別にピンチじゃないし」
「……結局、それ以上の話はなかったんだ」
そろそろ行こうか、と席を立った笹木が残念そうに言った。
「普通、幼馴染みと再会とかすれば、もっとロマンチックな話があってもよさそうなのに」
もったいない、と笹木がため息をつくと、鞄と重箱の包みを持って伊藤も立ち上がった。
「湯川君って、モテ期みたいなのを小六の夏で完全に使い切ったんじゃないかな」
「そんなことはないけど? 今も犬とか、おばちゃん……年上女性とかにはモテモテだし、願わなくてもすでに叶ってるから」
「あ、そこはある意味ポジティブなんだ。現実化しても知らないよ?」
「まあ、湯川君みたいなタイプは、大学入ってから華々しくデビューして、猛烈アタックしてくるギャルとかにうっかり絵とか宝石とか買わされても、騙されたとか思わないでなんとなく仲良くできそうな気がするよね」
正面玄関を出て少し歩くと、近くの自動販売機の前にさしかかる。伊藤が笹木に言った。
「何はともあれ、賭けはお流れだね」
「お流れ?」
「僕はサヨさんの方に賭けてたんだけどね」
「私はどっちかっていえば、サヤちゃんだと思ったのに」
役に立たない存在を見るような目で伊藤と笹木がこっちを見た。どうやらこの二人は、俺がピンチだかチャンスだかを活かしてちょっとした成功を手にするかどうかを賭けていたらしい。伊藤が思い立ったように鞄から財布を取り出し、自動販売機を示した。
「まあ、残念賞ってことで、たまには僕がご馳走するよ。笹木さんは何がいい?」
「えっ、なんだかいつも伊藤君にはご馳走になってるような気もするけど……」
遠慮気味に言いながらも笹木はドリンクのラインナップを眺めて迷う。伊藤は販売機に小銭を入れて自分の緑茶を購入し、そのあと別のドリンクのボタンを押した。よく冷えた赤い缶を取り出して俺に手渡してくれる。
「湯川君は、いつものこれだよね」
「ドクターペッパー……湯川君って、そういう人だったんだ」
笹木はちょっと冷めたような声で呟くと、オロナミンCのボタンを押した。そっちこそどういう人のつもりなのか。ふふ、と伊藤が笑って言った。
「欲しいものがはっきりしてると……自分の願望を明確にすると、こうやって叶いやすいんだよね」
「意識高いこと言ってるようだけど、『ドクターペッパー大好き』っていつも言ってるんだ、湯川君」
いただきます、と笹木が茶色い小瓶の蓋を開ける。俺も赤い缶を開けて口を付けると、炭酸と独特の香りを堪能してから言った。
「これでドクターペッパーがむこうから寄ってきたら、引き寄せも本物かもね」
おわり




