31『運命』は、別れを決意する
ライラクスの様子がおかしい。
迎えに来てくれたライラクスは、何故かファララス公爵と一緒にいて、どこか緊張したような強張った顔をしていた。
その時は、公爵といるから緊張しているんだと思っていたのだけど、馬車に乗った今も顔が強張ったままである。
「ライラクス、何かあったんですか?」
「いや……」
そう言いながらも、何か言いたげな視線を向けられる。
ロベリア様といい、ライラクスといい、今日はそういう日なのだろうか。
「何かありましたって顔で否定されても、説得力ありませんよ。…………って、そんなに驚きます?」
「顔に、出ているのか?」
「はい、ものすごく」
頷いて肯定すれば、更に驚かれる。
ライラクスって、正直な人だよなぁ。
「じゃ、じゃあ、私が何を考えているのかも分かるのか?」
「分かりませんよ」
あからさまにホッとされ、ますます意味が分からない。
朝は普通だったのに、一日の間に何があったというのだろうか。
「実は、ヴォレッカに報告があるんだ……」
「何ですか?」
「護国派の一員に加えてもらうことにした」
「……え? 護国派って、二大派閥のうちの一つですよね? たしか、国の安定と民の幸福を第一に考えていて、家格を問わず平民でも優秀な者は国政に関わるべきだと改革を求めているんでしたっけ……」
「そうだ。よく学んでいるな」
「まだまだですよ。それに、ジーシのおかげです……って、ライラクス様が派閥に入るんですか?」
できるだけ、他者と関わらないようにしているのに、どんな風の吹き回しなんだろう。
まさか……。
「ファララス公爵に、脅されてます?」
「は?」
「それとも、言葉巧みに勧誘されて、気が付いたら護国派に所属していたとかですか?」
「……ヴォレッカは、私のことを何だと思ってるんだ?」
「それは……」
さすがに、変な宗教に引っかかったり、すぐに騙されそうとは言えない。
ライラクスは、警戒心が強い割に、一度受け入れた相手には寛容すぎるのだ。
もしファララス公爵に心を許していた場合、何でも鵜呑みにするかもしれない。
「私から、護国派に入れてほしいと頼んだんだよ」
「嘘ですよね?」
「本当だ」
……え、本当なの?
派閥に属するってことは、人との関りが増えるってことだ。
ライラクスが自らそんなことをしようとするなんて、信じられない。
だけど、ライラクスの表情は、とても嘘をついているようには見えないんだよね。
「何か、理由でもあるんですか?」
「ちょっと思うところがあってだな……」
「思うところとは?」
「今日はぐいぐい来るな」
「だって、納得いかないんですよ。らしくない行動って、気になりませんか? まぁ、言いたくないというのであれば、無理に聞くのも申し訳ないので止めますが、何か言いたげな視線だったので、聞いてもいいものかと」
じっとライラクスを見れば、困ったように眉を下げられる。
相も変わらず、どんな表情であろうと、角度だろうと、ライラクスは美しい。
困った表情は庇護欲をそそる……ような気がしなくもない。
「ヴォレッカは、知らない方が安全かもしれないことを知りたいとは思うか?」
「時と場合と、内容によります」
「自分に関することだったら?」
「知りたいです」
そう言った瞬間、ライラクスは顔を歪めた。
「なんで、泣きそうになってるんですか?」
「なってないよ。そうだよなぁ。ヴォレッカは、そう言うよね」
ライラクスは盛大なため息をつくと、決心したかのように私を見た。
「ヴォレッカ、このままだとサミレット領はサザス領の領地になるかもしれない」
「…………え?」
税も提示された期限内に納められて、借金もライラクスが肩代わりしてくれた。
領地を没収される理由なんてないはずだ。
「理由は、国税の滞納と管理不足だそうだ」
「そんな……」
じゃあ、私は何のために婚姻相手を探しに王都まで来たの?
結局、領地を奪われるのなら、ライラクスにただ迷惑をかけただけだ。
足元から何かが崩れていくような感覚に襲われる。
「だから、派閥に入った。私一人の力でどうにかできたら良かったのだが、国政に口を出す権利も力も私には足りていないからね。頼りなくて、すまない」
「謝らないでください。人と関わるのが怖いのに、何で……」
「ヴォレッカが人生をかけてまで守ろうとしたものを、守りたかっただけだよ」
まるで、当たり前のようにライラクスは言う。
ライラクスは、自身の内側に入れた人に対して、優しすぎる。
これではいつか、ライラクスがすり減ってしまう。
何が何でも、領地を守りたいと思っていた。
自分の人生を犠牲にしてもいいと思っていた。
ううん、今でも思っている。
だけど、他人の人生を巻き込んで良かったのだろうか。
「ライラクス、お願いがあります」
今更だけど、正しい形に戻そう。
お父様もお母様も、話せば分かってくれるよね?
領地のみんな、ごめんね……。
「私と離縁してください」
もらった恩は返せなかったし、きっとこれからも返せることはないだろう。
だけど、私といる限り、ライラクスは無理をしてしまう。
私がライラクスにできることは、きっとこれしかない。




