26『運命』がお茶会に行っている間の出来事~ライラクスside~
ヴォレッカが、ファララス公爵家でのお茶会へ行ってしまった。
正直、ファララス公爵令嬢が羨ましくて仕方がない。
屋敷の執務室に向かいつつ、私は盛大なため息をついた。
私だって、可愛いヴォレッカとお茶がしたい。
けれど、日々やることは待ってくれず山積みで、ヴォレッカの寝顔しか見られない日もある。
それでも、ヴォレッカと同じ部屋で寝られている。
そのことが、私にとってどれだけ救いとなっているか。
手を繋いで寝るようになってからというもの、先に寝ていても、クッションで作った境界線の方に手を伸ばしてくれていることが、どれほど私の拠り所になっているか、ヴォレッカは気が付いていないだろう。
「サミレット領に行けば、道中は常に一緒にいられるんだ。それまでにすべて済ませておかないと」
こういう時に、人手の足りなさを痛感する。
だが、それを言ったところで、どうにかなるものじゃない。
ヴォレッカを迎えに行くために、一緒に寝るために、今日も全力で片付けなくては……。
「旦那様、お手紙が届きました」
執務室に戻るなり、ジーシが渡してくれた数十通の手紙。
そのほとんどが夜会への招待状だ。
ヴォレッカと結婚した今、夜会に行く意味はほとんどないけれど、それでも断れない相手もいる。貴族社会は面倒が多い。
差出人を確認していくと、蝶の印が押された手紙に手が止まった。
「……何かあったか」
急いで中を確認すれば、そこには『黄金色の実は、直に奪われる』とだけ書かれている。
その内容に、急いで出かける支度を開始にする。
御者は先ほど、ヴォレッカをファララス公爵家に送りに行っていていない。
「ジーシ、御者を頼んでもいいか」
「もちろんでございます。行先は、『フラウア』でございますか?」
「あぁ、そうだ」
ローブを手にし、家紋のついていない馬車へと乗り込む。
ジーシもまた帽子を目深に被り、御者台へと上がる。
馬車は街へと向かって走り出した。
着いたのは、どこにでもありそうな飲食店。店の看板には『フラウア』と書かれている。
「帰りは馬車を借りる。先に帰っててくれ」
「かしこまりました」
何を聞くこともなく、ジーシは屋敷へと馬車を走らせて帰っていった。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
ローブのフードを目深に被っている私に店員が明るく声をかけてくれる。
その質問に答えることなく、私は声を潜めた。
「カウンターの右から三番目の席を頼む」
そう言った瞬間、表情は変わらないものの、店員の目がこちらを探るようなものへと変わる。
「最初に赤のホットワインを持って来てくれ。それから、ナッツを大盛で」
「ご案内いたします」
店員の後をついて、奥にあるカウンターの方へと向かう。
だが、そこには座ることなく奥の部屋へと通される。
その扉の先には、長い黒髪をゆるく結い、蝶の羽を模した仮面で左目を隠した人物、フーディエが待っていた。
部屋の中は薄暗く、テーブルに飾られた、白く可愛らしいミュゲの花だけが浮いているようで、つい視線を向けてしまう。
「やぁ、伯爵。ミュゲはお好きかな?」
「いや、好きでも嫌いでもないよ」
そう答えれば「ふーん」と興味なさそうにフーディエは言う。
「じゃあ、ヴォレッカ嬢は?」
親し気な雰囲気で、にこやかに問いかけてくる。
「あなたのことだ、もう知っているだろ」
「それでも、伯爵の口から聞きたいんだよ」
テーブルに置いてある赤ワインをグラスに注ぐと、フーディエは煽るように飲む。
そして、大盛りのナッツを数粒つまむと、口の中に放り込んだ。
「ね、答えは?」
「大切だよ。私の『運命』だからね」
「へぇ、いいね。『運命』か。伯爵は、ロマンチストだね」
フーディエは満足げにそう言った。
けれど、仮面の下の瞳は、私がこの部屋に入ってから一度も笑ってなどいない。
「今日はホットワインじゃないのか?」
「そうだねぇ。これから暑くなるし、ホットは涼しい時期限定かなぁ」
「この間は、一年を通してホットワインしか飲まないと言っていたが?」
「えー、そんなこと言ってたかな? 忘れちゃったよぉ」
くすくすと笑いながら小首を傾げている姿を眺めつつ、相変わらず掴めない人だと思う。
フーディエは、会う時によって雰囲気どころか与える性別の印象までも変わる。
今日は男性のような雰囲気だが、前回は女性のようであったし、言うことだって、ころころと変わる。
変わらないのは、友好的に見えるけれど、常に目の奥が笑っていないということだろうか。
「いい加減、適当なことばかり言うのは止めたらどうだ?」
「でも、情報は正確なんだからいいでしょぉ? 手紙、ちゃんと読んでくれたよね?」
「あぁ」
「ここから先は有料だけど、いくら積んでくれるのかなぁ?」
そう言われ、金貨の入った袋をテーブルに置く。
「うーん、まだ足りないなぁ。もう一袋くれたら、この情報を引き続き追ってもいいんだけど?」
「これでいいか?」
一袋ではなく二袋置けば、フーディエはにんまりと笑う。
「これだから、伯爵は好きだよぉ。お金の出し惜しみしないし、こっちの提示額より多く払ってくれる。やっぱり、フレシアなんかじゃなくて、ヘンルートゥに情報を売るって決めて正解だったなぁ」
「やはり、宰相の企みか?」
宰相であるフレシア公爵は王妃の叔父にあたる。
非常に強欲で、王子を傀儡にしており、国内の二大派閥の一つを取り仕切っている人物だ。
「そうだよぉ。サミレット領を奪う気だね。理由は国税の滞納と、管理不足。大氾濫はサミレット領の経済状況じゃ防げないし、何より領地でできうる対策を取っているのにねぇ」
「国への税も治め、借金もなくしたというのに、領地を取り上げるつもりか……。そこまでしてサミレット領を欲しがる理由は?」
「氾濫さえ起きなければ、サミレット領は麦がたくさん取れるからねぇ。それがほしいみたいだよ」
その言葉に嫌な予感がする。
気のせいであってほしい。
だけど、こういう時の勘ほど昔から当たるのだ。
「戦争を起こすつもりか?」
「そこまではまだ分かってないんだぁ。でも、鉄製品を扱う大きな工房を五年前にフレシアは作っている。そこは鉄鉱石の仕入れ量に比べて、売りに出している鉄製品があまりにも少ないんだよぉ」
「そうか。国全体が関わる大事になるのか……」
金貨三袋では、釣り合いの取れない情報だな。
「あとでもう二袋、金貨を届けさせる」
私一人でフレシア公爵を止めるのは無理だ。
もう一つの派閥の主要人物と早急に会う必要があるだろう。
「この情報を握っているのは、他に誰がいる?」
「まだ誰も。水面下で静かに動いてるよ」
仮面の奥の瞳からは、怒りの色が見えた気がした。
主要人物、出揃いました!!
たぶん、折り返し地点くらいです。




