23『運命』は、ドレス用語が分からない
ウェディングドレスについて、デザイナーと打ち合わせる日が来た。
私は一冊の本を持ち、ライラクスの隣へと腰を掛ける。
「ヘンルートゥ伯爵夫人、お初にお目にかかります。ドレティー服飾店のレティアと申します」
恭しく頭を下げられ、私も慌てて頭を下げれば、人当たりの良い笑顔を向けられる。
「ねぇ、ライラクス。レティアさんはライラクスを見ても平気なの?」
「あぁ、レティアは大丈夫だよ。男女問わず、相手を着飾ることにしか興味はないから」
こそこそとライラクスに話しかければ、当たり前のようにそう答えた。
「それって、レティアさんが『運命』だったとかいうオチはないの?」
「何を言ってるんだ? レティアは自分のドレスと結婚したいという変わり者だぞ? デザイナーとしても職人としても信頼をしているけど『運命』はあり得ない」
え、そういうものなの?
普通に話せる相手を求めてたんじゃなかったの?
よく分かんないなぁ。
「さて、奥様はどんなウェディングドレスがいいですか? 定番はAラインですけど、プリンセスラインは可愛らしいですし、マーメイドラインなら大人っぽくなりますよね。やはり見栄えとしてはスカートデザインはトレーンがおススメででしょうか。ふんだんにレースの買われたトレーンの美しさは何度見ても心を奪われますし……」
目をキラキラとさせ、やや前のめりにレティアさんは話し出す。
だけどね、もう何を話しているのかさっぱり分からない。
ライラクスは頷いてるから理解しているみたいだけど、私は置いてけぼりである。
「すみません、Aラインもプリンセスラインも、そのあとの話に出てきたのすべて分からないです」
申し訳なく思いつつそう言えば、ハッとした顔でレティアさんは私を見た。
「申し訳ありません。お金に糸目をつけないウェディングドレスってめったに作れないので、何でもできると思って舞い上がってしまいました」
あまりの正直さに、商売人としてそれでいいの? という疑問が湧くけれど、私が口を出すところではないし、ライラクスが気にしていないのなら、問題はないだろう。
それより気になるのは──。
「ライラクス、お金に糸目をつけないんですか?」
「そうだよ。一生に一度の記念なんだから、ヴォレッカに一番似合うウェディングドレスを作ってもらわないと」
いや、糸目はつけてよ……。
ドレスは素敵でも私は平凡なんだから、どんなに着飾ったところで限界があるって。そもそもライラクスの隣にいたら、何を着てもむ霞むわ。
なんて思っていたら、ジーシが少し困った顔でやって来た。
「奥様にお客様が見えております」
「今は忙しいから、帰ってもらってくれ。そもそも、訪問の手紙も来てなかっただろう?」
「そうなのですが、会えるまで待つとおっしゃっておりまして……」
ジーシがそう言った途端、ライラクスは珍しく嫌そうな顔をした。
「ファララス公爵令嬢か?」
「はい。いかがなさいましょう?」
「仕方がないから、私が相手をして帰っていただく。すまないが、ふたりでウェディングドレスについて話していてくれないか?」
ものすごく残念そうにライラクスに言われ、私とレティアさんは顔を見合わせた。
私よりライラクスの方がウェディングドレスにこだわりがありそうだしなぁ。
「ここにファララス公爵令嬢に来てもらうのは駄目ですかね? 私、特別こだわりないですし、基本的にはライラクスとレティアさんで話してもらって、時々気になった箇所で参戦って形がいいかな……と。あ、でも、ウェディングドレスのデザインは当日まで秘密だったりしますか?」
「最終デザインでなければ、多少見られたところで問題はないが……」
「なら、ここに呼んでください。追い返すわけにもいかないですし、私よりライラクスの方がドレスに詳しそうなので、いてくれると助かります」
これでうまくいくだろうと、この時の私は本気で思っていた。
そう、今の状況を目の当たりにするまでは。
「ライラクス様、貴方にはセンスというものがございませんの? 何でもかんでもレースを付ければいいというものではございませんわ」
「そういうファララス公爵令嬢こそ、さっきからこの装飾はいらないだの、ヴォレッカには派手過ぎるだのと……何を考えているんだ?」
ライラクスとファララス公爵令嬢の間でバチリと火花が散った気がする。
「良いですか、ライラクス様。人にはそれぞれ似合うデザインがございます。そもそもヴォレッカには、プリンセスラインのようなロマンチックなデザインよりクラシカルな方が似合いますわ。本人がプリンセスラインを希望しているのかと思えば、ライラクス様の希望なんですもの。聞いていられませんわよ!」
「たしかにクラシカルなデザインもヴォレッカには似合うだろうが、とにかくヴォレッカは可愛いのだから、プリンセスラインだ」
「クラシカルですわ!」
「プリンセスラインだ!」
気のせいじゃない。
バチリバチリと火花が散ってるんだけど……。
「「ヴォレッカは、どっちがいい(んですの)?」」
「私は、家紋のヘンルーダを刺繍していただければ、どっちでも……」
「「それでは答えになってない(じゃありませんの)」」
え、そんなこと言われても……。