20『運命』は全力で煽りに行く
「あら、どんなに美しい方と結婚されたのかと思ったら……。あまりにも意外で驚いてしまったわ。世の中には、身の程を知らない人間というものが存在すると聞いたことがあるけれど、今日の夜会にも紛れ込んでしまったようね」
ファララス公爵令嬢の言葉に、くすくすと嫌な笑いが起こる。
なるほど。これが貴族のやり方かぁ。社交界という場が嫌になるわ。
まぁ、やられっぱなしでいるつもりも、この機会を逃す気も、微塵もないんだけどさ。
「まぁ! 私も驚いてしまいましたわ。だって、今日の夜会の参加者はすべてファララス公爵が招待された客人なのでしょう? その中に、身の程を知らない人がいるなんて、そんなこともあるのね……」
無邪気さを装って、困ったような表情でライラクスを見る。
「そうだな。公爵が呼んだ者の中に、そんな人がいるなんて驚きだよ」
「もし本当なら、私、心配だわ。きっとその人は心細い想いをしているはずだもの。だって、招待してもらったと思ったら、歓迎されていないなんて、考えるだけでも怖いわ……。ファララス公爵令嬢もそう思いますよね?」
眉を下げ悲しそうな顔でそう言えば、ファララス公爵令嬢はヒヤリと冷たい目で私を見た。
「たかだか子爵令嬢だった貴女が、どうやってライラクス様に取り入ったのかと思っていたけど、そうやったのね」
「そうやった……とは、どういうことでしょうか?」
「しらばっくれるのがお上手だこと。ずいぶんとお話が上手なようね」
侮蔑を含んだ声に、怒りを感じる。
だけど、まだまだ足りないから、嫌味のポジティブ変換しようかな。
「わぁ! お褒めいただき、光栄です。褒めていただけるなんて、思ってもいませんでした」
「は?」
「だって、ファララス公爵令嬢が勝手に失言をしたから、その人はかわいそうですねって話をしただけですよ? 私、特に何もしていないじゃないですか」
くすくすと笑いながら、プライドを刺激するように、言葉を選んでいく。
「あ、ごめんなさい。こんなこと言ったら失礼でしたよね。私、社交界に慣れてなくて。でも、お互いに失礼なことを言ったんですし、おあいこですよね?」
小首を傾げながら、ライラクスにもたれかかる。
我ながらなかなかに嫌な女を演じられたと思うのに、ファララス公爵令嬢は顔を歪めるだけで、何も言ってこない。
どうしたんだろう? 最初の勢いがなくなってる。これじゃ困るのに。
こうなったら、あれを言うしかないのかな。
……ごめんね。ライラクスのこれからのためにも、あなたには怒ってもらわなきゃなんだよ。
「そうそう、ライラクスからあなたのこと、聞いていたんですよ。とても熱心に話しかけてくれたみたいですね。まぁ、私と結婚してしまいましたけど」
最後は声を潜めて言った。
それでも、しっかりとファララス公爵令嬢の耳に届いたようで、彼女はグッと手を握りしめ、私を睨んだ。
「何故、貴女にそんなことを言われなくてはならないのかしら」
「そんなことって、ただの世間話ですよ。まぁ、ライラクスに色々としてくれたみたいなので、これからは妻という私がいるので控えてほしいなという気持ちもありますけど。選ばれたのは、私ですし」
そう言うと、ファララス公爵令嬢は私ではなくライラクスの方を見た。
瞳に怒りはあれど、冷静さは失われていない。
「ライラクス様、どうしてよりにもよって、彼女なんですか? 華もなく、女としての努力もしていないような、彼女では納得がいきません。貴方には、もっと釣り合いの取れた方がいるはずです」
発せられた声は驚くほどに凪いでいる。
もっと感情的になって、私を責めてくれると思っていた。
怒ってくれたら、感情をぶつけてくれたら、良かったのに。
そしたら、こんな気持ちにならなくて済んだのに。
自分でけしかけたことなんだから、私が罪悪感を感じるのは間違っているんだよ……。
だから、私はその感情を気付かないことにする。
さぁ、最後の仕上げだ。
どうか、うまくいきますように。そう願いながら、口を開こうとした。 けれど──。
「ヴォレッカは可愛いよ。それに、努力家だ。よく知りもしないのに、そういう言い方はやめてくれないか」
「ですが、私の方がどこをどう見ても、優れていますわ」
私よりも先にライラクスが言葉を紡いだ。
ライラクスは私の腕を優しくほどくと、ファララス公爵令嬢から私を隠すように一歩前へと出る。
「私から見たら、ヴォレッカが世界一なんだ」
「正気ですの? どこをどうとっても凡庸な彼女が世界一とは、私には思えませんわ」
えっと、何で私はライラクスに庇われてるの?
ファララス公爵令嬢のこと怖がってたから、こうなるとはまったく予想していなかった。
ライラクスは馬鹿だなぁ。
私がわざとこうしたって気付いているはずなのに、それでも守ろうとしてくれるなんて。
馬鹿が付くほどのお人好しだよ。
だけど、その優しさが、私を後押ししてくれる。
たとえやり方が間違っていたとしても、ライラクスを守るためなら、手段を選ぶ必要はないと思える。
どんなに罪悪感で胸が痛んでも、他の人を傷つけることになっても、彼のためなら進んでいける。
「ファララス公爵令嬢……」
「何よ」
ライラクスの後ろから出れば、怒りのこもった目で見られる。
ライラクスは再び自身の背中に私を隠そうとしてくれるけれど、そっと彼の腕に触れて引きとめた。
「大丈夫ですから。任せてください」
「……危険だと感じたら、すぐに介入するよ」
「分かりました」
しっかりと頷けば、心配そうな眼差しで私を見ながらもその場を譲ってくれる。
「ファララス公爵令嬢のお言葉はごもっともで、私は平凡です。ライラクスと釣り合わないと言われれば『そうですね』と答えますし、ファララス公爵令嬢の方がお似合いだと言われれば『ですよね』と言うでしょう」
はっきりとそう言い切れば、ファララス公爵令嬢は戸惑った表情を見せる。
さっきまで、あんなに煽るような発言をしていたのに突然同意したのだから、当然の反応かもしれない。
けれど、それは彼女が冷静さを失わなかったから、できた反応だ。
「では何故、そんな平凡な私が選ばれたと思いますか?」
「そんなの知らないわよ。まさか『運命』などと言わないわよね」
「そんなこと言いませんよ」
そもそも私、運命なんて信じてないし。
「理由は単純です。ライラクスの好みは平凡なんですよ」
「…………え?」
「残念ながら、美しさでも愛らしさでもなく、平凡な人が好みだそうです」




