10『運命』の人は可愛い~ライラクスside~
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「そう言えば旦那さまって、出会った時からよく『運命』って言ってたじゃないですか。どうして、初めて会った時、それを口にしたんですか?」
ヴォレッカの落ち着いた声に、今、私も出会った時のことを考えていたという偶然に、自然と口角が上がるのを感じる。
「私と出会った時のことを思い出してくれてたんだ?」
「…………やっぱりいいです。今の質問はなかったことにしてください」
素っ気なく言うヴォレッカに、出会った時から変わらないなと思う。
この一定の距離を保って、決して踏み込んでこないところに安心していた。
でも、それを少しさみしいと感じ始めているのは、どうしてだろうか。
「そう言わないでくれ。知りたくて、聞いたのだろう?」
「ただちょっと聞いてみたかっただけですよ。そこまで気になったわけではありません」
「そっか。『運命』と言ったのは、アーネたちが私が運命だと伝えても顔色ひとつ変えない女性は安全だと言ったからだよ」
「……あー、なるほど」
「だが、ヴォレッカにしか言ったことはないぞ」
「はぁ、そうですか。というか、結局教えてくれるのでしたら、もったいぶる必要はなかったんじゃないですか?」
「ヴォレッカが、可愛くてな」
そう言いながら、ヴォレッカの顔を覗き込めば、そこにあったのは無の表情だった。
「頬の一つも赤くならないのか……」
「からかわれてるって分かっていて、どうして赤くなるんですか……」
呆れたような物言いに、ため息まで追加される。
「その可愛いってやつ、あまり言わない方が身のためですよ」
「ヴォレッカにしか言ってないから、大丈夫だよ」
「私にもやめてください」
「それは、無理だ。ヴォレッカは、可愛い」
「……旦那様、よーくその目でご確認くださいね。この、どこにでもいる茶色の髪と同色の瞳。容姿も十人並みで、没個性。加えて、洒落っ気もなく、いつも実用性だけを考えたワンピース姿ですよ。どう見たって、可愛いと結びつかないでしょう?」
「だから何だ? 私がヴォレッカを可愛いと思うことに関係はないだろう?」
ヴォレッカは口をあんぐりと開けて、まるで意思疎通が不可能なものを前にしたような、変なものを見る目で私を凝視した。
「ご自分を鏡で見たことありますよね?」
「毎朝、見てるよ」
「その時、どう思いますか?」
「どうって……。隈ができてるなぁとか、髭を剃るの面倒だな……とかかな」
「え、髭生えるんですか?」
「普通に生えるけど」
何なんだ? どうして、そこで一番驚くんだ?
「へ、へぇー、そうなんですね。でも、私が聞きたいのはそういうことじゃなくって、今日も私は美しいなぁとか、思わないんですかってことで、…………そんな変なものを見るような視線を向けないでもらってもいいですか?」
「それを思ったら、ただのナルシストだろ」
「普通だったら、たしかにただのナルシストですが、旦那様の場合は白銀の長髪に神秘的な紫色の瞳を持つ、誰もが振り向く美丈夫じゃないですか。世界一美しいのはご自身だと思われていても、何も思いませんよ」
そう言われても、自分の容姿は好きじゃない。
私だって、普通と呼ばれる見た目に生まれたかった。
「とにかく、私はナルシストじゃないし、ヴォレッカのことを可愛いと思っている。異論は認めない。これが、私の主観だ」
「はぁ……」
「ヴォレッカは、可愛い」
「それは、どーも」
「何で、そんな気の抜けたような返事なんだ」
「そんなの、私の主観では、私は平凡で没個性な人間だからですよ」
たしかにヴォレッカの容姿は、普通なのかもしれない。
それでも、茶色の髪も瞳も一緒にいて落ち着くし、何より思わず手を伸ばしたくなるくらいに可愛いのに。
「旦那様、いくつか聞きたいことがあるんですけど」
「何だ?」
「使用人が八人ってのは、以前聞いた夜這いやら何やらが原因ですか?」
「そうだよ。ざっくり言えば、そこが原因で侍女のみではなく、護衛や下働きもやめていった」
「因みに男性に襲われた経験って…………」
「はぁ?」
「ありませんでしたか。失礼しました」
ぺこりと頭を下げたヴォレッカに悪意はないらしい。
「夜会で誘われたことはあるが、断った。この際だから、聞きたいことはすべて聞いてくれ」
「では──」
そこから、本当に遠慮なしに色々と聞かれた。
本人曰く、今を逃したら聞けなくなるかもしれないかららしい。
「ご両親って、ご健在なんですか?」
「母の静養で田舎へと行っているけど、ふたりともいるよ」
「夫人の具合って……」
「心労が原因だし、ずいぶんと最近は調子が良いらしい。近々、帰ってくる予定になっているよ」
「聞いてませんけど……」
「そうだったか? すまない」
「まぁ、いいです。それで、旦那様は私たちのこと、どうご両親に見られたいんですか?」
「どうとは?」
「利害関係が一致したと本当のことを話すのか、それとも仲が良いところを見せて安心させたいのかですよ。前者は離縁した時にスムーズという利点がありますが、夫人のことを思うなら後者の方がいいかもしれませんね」
「離縁するつもりはないし、後者でお願いしたいかな。それに、これから仲良くなっていくのだから嘘ではないしね」
そう言えば、ヴォレッカに半目で見られてしまった。
ブクマ、評価、いいね、感想、ありがとうございます。
すべてに元気をいただいてます。
また、誤字報告も本当に助かっています。
ありがとうございます。
次の話からヴォレッカsideに戻りますよ。