9『運命』との出会い~ライラクスside~
ヘンルートゥ伯爵sideとなります
「なので、これからは旦那様とお呼びすることにします」
そう言い切ったヴォレッカの言葉に、のどに何かがつかえたような、変な感覚に陥る。
「ジーシ、下がってもらってもいいだろうか」
私がそう言えば、ジーシは一礼して部屋を出て行った。
「ヴォレッカ。私のことは、ライラクスと呼んでくれないかな?」
「いえ、大丈夫です。線引きは大事ですから」
「線引きって? ヴォレッカは、私の妻になったんだよ」
「はい。仮初ではありますが」
「…………は?」
自分でも分かるほど、低い声が出た。
「離縁する気はないよ」
「あ、そうなんですか?」
「……ヴォレッカは、私と離縁する気だったってことかな?」
「はい。ヘンルートゥ伯爵が本当に好きな人ができたら、その時は実家に帰ろうと思ってました。あ! もちろん、何年かかっても、支援していただいたお金はお返しします」
「ふーん。じゃあ、ヴォレッカは、私に好きな人ができない限りは妻でいてくれるんだ?」
「そうですね。私の役目は、ヘンルートゥ伯爵の安眠を守ることと、夜会での女性避けですから」
とてつもなく堂々とヴォレッカは、言い切った。
つまり、ずっとそばにいてくれるということだろうか。
だが、もしヴォレッカに好きな人ができたら? そうなってしまったら、出ていってしまうかもしれない。
「…………ヴォレッカに好きな人ができたら、どうするつもりなんだい?」
「夜会はヘンルートゥ伯爵の同伴として行くので、ヘンルートゥ伯爵のそばから離れませんし、個人的な出会いもそうはないでしょうから、ありえないと思いますけど」
「仮の話だよ」
「そうですか。ま、もしそうなったとしても、何もしませんね」
「何もしない?」
「そりゃそうですよ。家族と領地を救ってくださった恩と恋愛感情なら、どっちを取るかなんて、私の中ではもう決まってますから」
「そうか……」
私が手離さない限り、ヴォレッカは私の妻でいてくれるのか……。
たとえ心は手に入らなかったとしても、ずっと…………。
「……やっぱりライラクスと呼んでくれないだろうか?」
「駄目です。そこは、譲りませんよ」
あまりにも頑なな声に、思わずため息が出た。
「分かった。今は、諦めるよ」
「今はって……」
「先のことなど、分からないだろう?」
「そりゃそうですけど…………」
無理を言って嫌われるのは嫌だ。だから、今は我慢しよう。
けどね、ヴォレッカは私の『運命』なんだ。手離してたまるか……。
***
子どもの頃から、やたらと距離の近い使用人が何人かいた。
気付けば、いつもそういった人たちは屋敷の中から消えていたように思う。
あんなに可愛がってくれたのにな……と、当時の私は残念に思っていたけれど、それは両親やジーシたちが、私を守ってくれていたから。
そのことを知ったのは、私が十歳の時。
深夜に侍女が私の部屋に忍び込んできたのだ。
私の上にまたがり、「愛しています」「永遠に一緒にいましょう」などと言われ、手を伸ばしてきた。
突き飛ばし、逃げられたから良かったものの、それからというもの女性というものが怖く、未だにその時の夢を見ることがある。
私は自分を守るために周りを観察し、人と距離を取るようになった。
けれど、大人になるにつれて、私へ向けられる視線は益々恋情を帯びたものへと、欲のこもったものへと、変わっていった。
どんどん侍女に暇を出すようになり、侍女が不足して募集を出すけれど、私の服などを盗むなんて可愛いもので、夜這いや誘拐を企てるものまで現れた。
結局、屋敷に残った侍女はアーネ、ミナー、ジリルの三人だけ。
彼女たちは高齢だから、もうとっくに侍女を引退している年齢なのに、私のためにと屋敷に残ってくれている。
屋敷にいた男性の使用人たちは、私が次々に侍女をクビにすることが理解できず、辞めていった。
私が侍女をお手付きにした後、屋敷から追い出しているという噂まで使用人の間で広まったのだから、笑えない。
もう人間関係に疲れ、いろいろと諦めていた頃、母が倒れた。
私のせいで、心労が溜まっていたのだろう。
母は田舎に静養へと行き、今もそこで暮らしている。
四年前、私が伯爵として家督を継いでからは、父も母の静養先へと向かった。
最後まで心配する父をどうにか送り出し、屋敷には私と八人の使用人だけになった。
両親は、無理に結婚しなくていいと言ってくれた。遠縁の子を次期当主として育てればいいからと。
だけど、散々苦労をかけてきた両親に安心してもらいたくて、私は結婚相手を探しに夜会へと行くようになった。
案の定、まったく上手くいかず、ストーカーまがいなものや、媚薬を盛られるなんてこともあったわけだけど。
もう、諦めてしまおうか。
そう思っていた時に、ヴォレッカと出会ったんだ。
正直、肩がぶつかってしまった時は、面倒ごとが増えたと思った。
けれど、ヴォレッカはただ当たり前のように「すみません」と言って頭を下げた。
たしかに視線が合ったはずなのに、顔を赤らめることも、目に恋情を宿すこともなく。
もうそれは、『運命』としか思えなかった。
やっと出会えたんじゃないか。
彼女となら、普通の結婚が手に入るのではないか。
そう思わずにはいられなかった。
でも、そう思ったのは私だけで、ヴォレッカは何とも思っていなかった。
呆然とヴォレッカを見続けるしかできない私の心配をし、ぶつかってしまったからという責任感からか医務室へ行こうとまで言ってくれた。
そのすべてが、私に近づくための行動じゃなくて、嬉しくてたまらなかった。
何か、言わなくては……。
そう思った時、アーネたちの言葉をふと思い出したんだ。
私が『運命』だと伝えても顔色ひとつ変えない女性は安全だと言っていたことを──。




