30.作戦前夜
身にまとったドレスは、赤と黒のチュールがフリルのように重なったデザインである。前が短くなっており、後ろが長いテールドレス。大胆に脚が出ているが、その方が走りやすいので、ティナが希望したものだ。
(うーん、やっぱり可愛い)
正装というよりも夜会向きの斬新なデザインは、ティナの心をくすぐった。思わず、その場でくるりと回る。
「綺麗だ、良く似合ってる」
「ありがとう、アリスもね」
アリスティドは、真っ黒のジャケットに、青のクレープタイを付けている。横に並ぶと纏まるがあるように感じるのは、お互い所々にゴールドの意匠があしらわれているからだろう。
(アリスティドって、やっぱり格好いいのよね……)
上品な顔立ちだが、どこか裏を感じさせるようなミステリアスな濃青の瞳が目を引いて仕方ない。ティナ以外の女子がいたならば、黄色い歓声が上がったことだろう。
「なに? 見惚れた?」
「…………」
しかし、アリスティドに注がれるのは、冷たい視線なのである。ティナは結婚詐欺以外で、男性に黄色い歓声を上げたことも熱い視線を送ったことも無い。
「うんうん、やっぱり似合うね。二人とも」
満足げに頷くカイルは、今回の衣装の調達担当だ。目のクマがすっかり消えた彼は、本来の艶々した肌を取り戻して、一層輝いて見える。
(カイルに褒められると、逆に自信なくすな……)
男性なのに、ティナの纏うドレスでさえ似合ってしまいそうだ。見つめれば見つめるほど、ティナは女としての自信を失って、段々と体が重くなっていく。
「お嬢様、元気なくないですか?」
「うん、ちょっと憂鬱で……」
カイルを見ていると女としての自信を無くす、という意味だったのだが。
違う伝わり方をしたのか、ジャックは心配そうな顔でティナの横をうろうろと回り出す。
「やっぱり、王太子と二人って不安ですよね! なにせ、この王太子は何考えてるかわかんないし、お嬢様の婚約者だし、第一……」
ジャックは、とても一国の王太子に向けるとは思えない罵詈雑言をペラペラと話し続ける。しかし、その横に立つのは、金髪の男である。
「やっぱり俺も行きま――――ってぇな!」
「そう言うのは、ちゃんと怪我を直してから言え」
ジャックを小突いたのは、アリスティドだ。二人の小競り合いが始まったので、ティナは巻き込まれまいとそっとその場を離れた。
「ティナちゃん、銃を渡しておくね」
「カイル、ありがとう」
ティナに差し出されたのは、少し小さめの銃だった。ティナ用にカイルが新しく作ってくれたものである。非殺傷弾入りの銃を受け取ると、太ももに巻いたベルトに差し込んだ。
「騒がしいね、二人とも」
「本当に」
カイルとティナは、未だに言い争いを続ける二人を見つめる。もはや、言い争いというよりもアリスティドが一方的にジャックをからかうような構図ではあるが。
「でも、ジャック君の気持ちはわかるなぁ。ティナちゃんが常識人だから、なおさらアリスティドに振り回される未来がありありと見えるようで……」
「……はは」
残念ながら、ティナはその言葉を否定することができない。なにせ、アリスティドによる被害を、身をもって経験しているからである。
げんなりした顔のティナに、カイルは金属のケースから何やら怪しげな武器を沢山取り出した。
「ティナちゃん、爆弾いる? 殺傷弾だけじゃなくて、実弾もあるし、この試作したロケットランチャーなんかも……あとあと、毒薬もあるし睡眠薬も――――」
「物騒、物騒、やめて! お願いだから!」
ティナは、慌ててカイルを抑え込む。
よく考えれば、自分を含めて最初からこの場に常識人などいなかったのだとティナは天井を見上げた。
◇
ぬるい夜風がティナとアリスティドの間を吹き抜けていく。富裕街の12区、高級娼館が立ち並んだ通りから更に一本入った裏道に入ると、人通りが一気に減った。
(アリスティドがいないと心細くて死んでしまいそう……それくらい異様な雰囲気だわ)
カイルの指示によれば、ここからしばらく歩くことになる。ヒールの音を立てずに歩くことは慣れているが、それでも少しの足音で何者かが気が付いて襲ってきそうな、そんな張りつめた空気が漂っている。
「……俺は、少し迷っている」
ティナの少し後ろに張り付くように歩いていた、アリスティドがぽつりと零した。
「本当に、君を連れていっていいものか」
「…………」
ティナは、その言葉をゆっくりと咀嚼しながら、聞き返す。
「どうして?」
「君を危険にさらしたくない。怪我をさせたくない」
「……死なせたくない、とは言わないのね」
ティナが振り返れば、藍色の目が細められる。その表情は、なぜか少し嬉しそうだ。
「――――俺が居て、君が死ぬわけがない」
自信過剰で、あまりに傲慢。
当然のように紡がれたその言葉に、ティナは口角を上げた。
(アリスのそういうところ、嫌いじゃない)
だけど。
(……右斜め上! ビンゴ!)
ティナは右足のホルスターから銃を引き抜くと、銃を構えて建物の上にいた人影に向かって、迷いなく撃った。ぱたり、と暗闇で人が倒れる音がする。
12区に入ったあたりから、ずっとつけられていたらしい。
「……へえ」
「……気付いてたのに放置したわね」
「俺は、君に人の気配の読み方まで教えてないのにな」
感心したように笑みを浮かべるアリスティドを睨みつけるように、ティナは煙の上がった銃口を吹きながら、彼を見上げる。
「貴方の挙動がおかしかったのよ。あの位置から銃弾が飛んできても庇える位置にいたでしょう?」
「…………」
先ほどから、アリスティドの立ち位置が不自然だった。まるで、ティナを庇うかのようにぴたりとくっついているし、目線はチラチラと右斜め上を気にしていた。
「やっぱり、貴方は優しいのね」
「……」
アリスティドは、すっとその笑みを消して、冷めた表情でティナを見下ろした。まるで、お前に何がわかる、と言わんばかりの顔をした直後に、パッといつもの笑みを見せた。
「いいな、すっかり染まってるじゃないか」
(やっぱり、こういうところは大嫌い!)
ティナは、銃をしまってアリスティドの手を取る。手袋越しだが、きっとティナの方が、体温が高かった。
「行くわよ、アリス!」
そう言って、ティナは地面を蹴った。こんなところで、悠長にお喋りをしている時間はないのだ。もしかすると、ティナが気付いていないだけで、報告がミラージュにいっているかもしれない。
「うおっ、はは、激しいな。婚約者殿は」
「私は貴方に協力しているわけじゃないの! 覚えておいて!」
「ははっ、威勢がいいな」
こんな状況に置かれてもなお、楽しそうな声が笑い聞こえる。ティナは、せっかく綺麗に巻き下ろした髪を、かきむしって、めちゃくちゃにしてしまいたいくらいだった。
(もう、本当に嫌だ! 大嫌い!)
「……優しいのは、君もだろ」
そんなアリスティドのつぶやきも書き消すくらいの足音が、夜の街に響いていく。




