25.酒場と極悪皇太子
「はあ、染みるなぁ……」
「それ、オレンジジュースでしょ」
少しがやがやとした酒場に、ティナとアリスティドはいた。
おしゃれな装飾のついたグラスを傾けているが、アリスティドが飲んでいるのは、ノンアルコールである。
「俺、酒が嫌いだから」と、酒場につくなりメニューも見ずにオレンジジュースを注文したのだ。
一方のティナは、白ワインを口に流しながら息を吐いた。
「いいのかしら。こんなところでゆっくりしてて。結局、エリーナちゃんを保護したから、カイルのマップは全然回れなかったし……」
「実働部隊の特権だ。それに、この酒場にも情報が落ちてるかもしれない」
納得しかけたタイミングで、店員がチーズの盛り合わせを持ってくる。ティナは、それを口に入れながら、ほんの数刻前のことを思い出していた。
『はぁ!? 俺、子守とか絶対無理なんですけど! 子ども嫌いだし!』
植物園でエリーナを保護した後のこと。
幼い彼女は自分の屋敷の場所も把握していなかったため、ティナとアリスティドは、ジャックの隠れ家を訪れたのだった。
『ジャック! 遊ぼう!』
『は!? やだよ!』
ジャックの脚にしがみついたエリーナに嫌そうな顔をするものの、彼女が離れる様子はない。
『ジャック……エリーナちゃんと遊んであげて』
『仕方ないなぁ……』
ティナの言葉に溜息をついて、ジャックはしぶしぶエリーナと遊び始めた。妹がいるからなのか、ジャックは子ども慣れしている。
『子ども嫌いな人の方が好かれるのって、あるあるよね』
『ははっ、俺とは逆だな』
自虐をするように肩をすくめたアリスティドを、何も言わずにティナが眺めていると、ちょうど、青白い顔をした男が入ってきた。
『人遣いが荒いよね、アリスは。今日は研究所の発表会だったんだけど……』
『ああ、悪かったな』
『もうちょっと申し訳なさそうな顔をしながら言ってくれる?』
ふらふらと部屋に入ってきたのは、カイルである。げっそりとした顔をしながら、アリスティドにぴらりと一枚の紙を手渡す。
『彼女の名前はエリーナ・マーチ。商人の家だね。元々は武器商人だったけど、近年色んな事業に手を出してたみたい。そこそこ儲かってたけど、最近業績が落ち込んでるね』
『なるほど』
『細かいプロフィールは、そこに書いてある通りだよ。後で目を通しておいて』
(両親はどちらも20代の魔力持ちエリート。もし、エリーナちゃんの両親が行方不明事件に巻き込まれているのだとしたら……)
ティナはぞっとして震えた。独身の子女に限らず、若い男女であれば誰でもいいのだろうか。ジャックと遊んで、ケタケタと笑っているエリーナちゃんを見ていると何とも言えない怒りがこみ上げてくる。
(絶対に、ミラージュを捕まえて事件を解決させなきゃ……!)
ティナはそう決意しながら、再びアリスティドとともに紙を覗き込む。ずいぶんと詳細に書かれたその紙を見ていると一つの疑問が湧いてきた。
『……ところで、カイルってそういう情報どこから引っ張ってくるの』
ティナの質問に、カイルは、疲れた表情のまま、ふっと笑顔を浮かべる。
『……役人に賄賂』
『うわぁ』
口元を歪めたティナに対して、カイルは肩をすくめた。結婚詐欺師が何を言っているんだ、という表情である。
『ティナちゃんの倫理観どうなってるの?』
(その通りだわ……)
ティナは気まずくなって目を逸らした。ティナのやっていることを考えれば、カイルなんて可愛いものかもしれない。
アリスティドはしばらく紙を眺めた後に立ち上がった。
『じゃっ、俺らはデートに戻るから』
『えっ』
動揺するティナの手を取り、アリスティドは軽い足取りで外に向かっていく。ずんずんと進む彼は歩みを止める気は無い。
『えっ、おい、この子ども置いてくなよ――――!』
ジャックの泣きそうな叫び声を無視して、アリスティドは手を振った。そうして、今に至るのだった。
「君も食べるか?」
テーブルの上は、酒の肴で埋め尽くされていた。ティナは酒を飲む際はあまり食事をしないが、ノンアルコールオンリーのアリスティドはお腹が空いているのだろう。
サイコロ状に切られたステーキが目に入るが、ぐっとこらえて目線を逸らした。
「いや、いいわ。毎日、お肉食べてたらありがたみが無くなっちゃうでしょ?」
断ったティナを煽るように、ステーキを刺したフォークを目の前に差し出してくる。肉の甘い脂身の香りが食欲をそそる。
「はい、あーん」
「…………」
ティナは決意する。これは、アリスティドが悪い、と。
ティナは顔を突き出して、はむっとフォークからそのままステーキを食べる。じっとアリスティドの方を見れば、なぜか驚いた顔をした瞳と視線がぶつかった。
「…………っ!?」
「もぐ……、え、どうしたの?」
ステーキを咀嚼しながら、彼の方を見れば、酒も飲んでいないはずなのに顔を少し赤くしたアリスティドがいた。
「……はは、いや、さすが結婚詐欺師だなぁと思って」
「うん?」
首を傾げていると、アリスティドが『なんでもない』と首を振った。ステーキを口に入れながら、アリスティドは続ける。
「もぐ……結婚詐欺師って恋はするのか?」
「……詐欺をしている時は、恋なんてするはずないじゃない」
「そりゃそうだろ。……詐欺師になる前は普通に恋愛してたのかってことだよ」
「恋愛してたら、結婚詐欺師になろうなんて思わないわよ」
(まあ、半分本当で半分嘘だけど)
ティナは、薄れた記憶の中から初恋の人物のことを思い出す。背が高くて、金髪ですらりとした美形。
大好きでたまらない、ティナのすべてを奪った男だ。
(もう顔を思い出すことはできないけど、とっても綺麗な顔だったことは覚えているのよね。……もしかすると、アリスティドみたいな顔だったかもしれない)
記憶の中に揺蕩う、愛しくて憎くてたまらない人物を思うと、なぜか急に頬がカッと熱を帯びてくる。
「君、酒は弱いのか?」
「うーん、どうかしらね。人並だとは思うけれど」
別にティナは、酒に強いわけでも弱いわけでもない。今も、少しだけ酒が回ってぽかぽかと気持ちが良く話せるような状態だ。
「ここ、赤くなってる。可愛い」
彼の左手が伸びてきて、ふに、とティナの頬が押される。その赤みは、別に酒が回ったものではない。
ティナは、その手を払いながら、じとりと彼を睨んだ。
「外でそういう言動をする必要はないでしょう。誰が見張っているわけでもないんだし」
「俺は、本心を口にすることも許されないのか」
「……貴方、私より、よっぽど詐欺師に向いてるわね」
「ありがとう」
「褒めてない」
軽口を叩きあっていた時だった。
がしゃん、というガラスが割れるような音と共に、唐突に男のガラガラした声が響く。
「おいおい、ここの責任者出せよ! 誰の許可取って営業してんだ! あ!?」
店の入り口付近に、恰幅の良い男が立っていた。黒いシャツに、じゃらじゃらとシルバーのアクセサリーを付けている。
店員たちは震え、客も慌てて席を立ち、店の端に寄った。
「なんだか、今日は不思議なくらいよく事件に巻き込まれるな」
そう言いながら、アリスティドは立ち上がった。肩を回し、手首を伸ばして、まるで何かの準備運動をしているかのようだ。
「ちょっとアリス、どこに行くのよ。警吏呼んだ方がいいんじゃ……」
「アイツらは、ここら辺一帯で最近暴れてる悪党どもだよ。警吏を呼んだところで、数日したらまた暴れるさ」
「なんで、皇太子がそんなこと知ってるのよ」
ティナの疑問に答えることも無く、アリスティドは、いたずらっぽく目を細めた。
「ここいらで『お掃除』しとかないとな」
(……この人は、やっぱり極悪皇太子だわ!)
ティナの制止も聞かず、アリスティドは、あえて足音を立てるように歩みを進めた。革靴の底が、木材の床に当たり、こつん、こつんと小気味いい音を立てた。
「元気なお兄さんだな。一緒に飲むか?」
「あ、なんだおま――――」
男が、その言葉を発したのと同時だった。アリスティドの脚が高く持ち上げられて、男の首に直撃した。
(回し蹴り……っ!)
「……ぐっ!」
男は、そのまま無人だったテーブルに吹っ飛んでいき、木製のテーブルが真っ二つに割れる。鈍い音が響き、そのまま男は気絶した。
店員も客たちも、あまりに鮮やかすぎる一撃にあっけにとられているようだった。
「ええ……」
「ああ、備品を壊して申し訳ない。お代はこれで。じゃあ」
ぼん、と金貨を数枚積み上げたアリスティドは、気絶した男の首根っこを掴みずるずると引きずっていく。
「お兄さん、こんな狭いところじゃなくて、もっと広々した場所で二次会と行こうじゃないか」
「…………」
「ははっ、楽しいなぁ!」
ニコニコとご機嫌な様子で、気絶した大男を引っ張るアリスティドこそ、犯罪組織のトップだと言われても納得できそうだ。
(こんな男が皇太子のアウレリア王国の未来って一体……)
ティナは遠い目をした。こんなことに首を突っ込まなければ良かったと、ティナはすでに後悔し始めている。
「あ、あのお兄さん、ありがとうございました……っ」
店員のお礼の言葉に手を挙げながら去っていく男を、ティナは慌てて追いかけるのだった。




