24.小さなお嬢様
「深夜に歩いてるってことは、娼婦か飲み屋の女か」
「……綺麗な女性ならそうだろうと思うわ」
『深夜歩いてたら、見たのよ!……びっくりするくらい綺麗な女性と歩くルシアン様!』という令嬢の言葉を思い出しながら、悔しい気持ちで、ぎりりと奥歯を噛みしめながら答える。
カフェの会計を手早く終わらせたアリスティドとティナは、歩きながら次の目的地を目指していた。
「仮面の男が、ルシアンを攫った? それで脅されているとか? でも、綺麗な女性と歩いているんでしょ……? 自由に出歩けるのはおかしいわよね? そもそもなんで私と婚約破棄する必要性が……!」
「あ、チョコバナナクレープ一つください。テイクアウトで」
ティナの推理も無視して、アリスティドが立ち止まったのは、淡いピンク色のこれまた可愛らしい店だった。店員もフリルのついたエプロンを纏っており、甘い香りが漂ってくる。
クレープが手渡されたアリスティドは、満足げだ。
「次の目的地は、おお『パティスリー・シュクレ』だ」
「…………」
クレープを齧りながら、マップを見ているアリスティドを見つめたティナは、ルビーのように赤い目を吊り上げた。
「貸しなさい」
「おい、勝手に取り上げるなよ」
ティナは、彼の手から地図を取り上げる。そこあったのは、カイルの持ってきた地図ではなく、アリスティドお手製のスイーツマップだった。
「これ、貴方が行きたいところ書いてるだけじゃない! デートじゃないんだから!」
「……デートじゃないの?」
可愛く首を傾げてみても無駄である。ティナは、可愛い子ぶった19歳の男を見上げながら言った。
「……違うでしょ」
「ちぇっ」
スイーツマップをアリスティドに突き返しながら、ティナは歩き出した。
「次は植物園でしょう? 行くわよ」
「……なんだ、覚えてたのか」
「当たり前よ。詐欺師の記憶力舐めないで」
植物園は、王都の観光名所の一つである。
アウレリアは、学術王国を掲げているだけあって、そこはありとある世界中の植物が丁寧に育てられているのだ。
デートスポットでもあるため、ティナも結婚詐欺のデートで何度か訪れたことがある。
(植物園、意外と好きなのよね、私)
緑の多い植物に囲まれていると、ざわざわとした都会から切り離されたような感覚がするからだ。
(あるいは、昔のことを思い出すからかも、しれない)
しばらく歩くと、植物園にたどり着いた。目に優しい景色が続いていく。
「あっ、あれは、ルビナシアね。この前来た時は無かったんだけど」
「最近、ヴェリドールから入ってきた薬草だな。ここは温室だから、真っ赤な花が咲いているが、本来は夏に花開くんだ」
「医学論文でしか見たことがないわ。確か、水魔法と融合させることで、痛み止めとしての効果を発揮するのよね」
「アウレリア王国では、錬金術でそれが再現可能かどうかの研究を進めてる。今度、論文を持って来てやろうか」
「えっ、良いの!」
周囲の人々が、「綺麗だね」で通り過ぎていく場所で、二人は白熱した議論を交わしていた。もしかすると、それは異様な光景に見えたかもしれない。
しかしながら、結婚詐欺で異性を落とすためだけに行動していたティナにとって、ジャック以外の男性と気を遣わずにデートできることが新鮮だったのだ。
可愛い子ぶるわけでもなく、男性を立てるわけでもなく。対等に接することができるこの関係性。
(楽しい……っ! このデート!)
そこで、ティナはハッと気が付く。これは、決してデートなどではなく悪役二人によるただの調査なのであると。
ティナのルビーのような瞳が、残念そうに伏せられた。
(そうよね、そう、デートじゃないって私が言ったんじゃない……って、うん?)
ティナがそう思った時、ふと後ろを振り返った。小さな女の子が、しくしくと泣き声をあげていたからである。
(年齢は5歳前後。周りに親はいない。ワンピースの生地は上質ね。貴族……いや商人の娘……?)
ティナが服の生地やアクセサリーから人物のプロフィール推察してしまうのは、詐欺師の性である。
「どうしたの。迷子になっちゃったのかしら?」
ティナはしゃがんで目線を合わせた。そして、なるべく優しい口調で、ゆっくりと語り掛ける。
女の子はティアの顔を見ると、涙が止まったようだった。
「………うっ、あのね――――」
女の子が話し始めた時だった。ティナの隣に、しゃがんできたのはアリスティドである。彼は、脅すような視線で女の子を見つめる。
「迷子か? 俺が、助けてやろうか?」
その言葉に、女の子は固まった、そして、「ふぇ……」と言いながらふるふると震えだした。
「うわぁあああああん! お兄ちゃん、こわいぃいいい!」
「アリス、何怖がらせてるのよ。せっかく泣き止んだのに!」
「この歳から悪い男を見分けられるなんて、偉いじゃないか」
細められた藍色の瞳には、とても、子どもをあやすような感情がこもっているようには思えない。
大声で泣きわめく女の子を落ち着かせているティナを見て、彼の顔はますます笑顔になっていくのだ。
(このっ、最悪、最低、極悪皇太子め!)
しかし、アリスティドに文句を言っている暇などない。ティナは、目の前の女の子の背中を撫でながら、ゆっくりと落ち着かせる。
「な、泣かないで……」
「うぅ……、ふっう……うわぁぁぁぁぁぁぁ」
その声に、周囲の人間たちも訝し気な視線を送らざるを得ない。次第に、ティナとアリスティドにあらぬ疑いがかけられていく。
「見て、あの2人……」
「なんか怪しいわよねぇ……」
「誘拐犯?」
(うん! めちゃくちゃ冤罪! こんなところで捕まるわけにはいかないのよね!)
ティナは最終手段だと、覚悟を決めた。
自身の手のひらをひらひらと振りながら、女の子がこちらを向くタイミングを伺う。
「見てみて、ほらっ」
ぽんっ、と小気味いい音がしてティナの手の中から現れたのは、クマのぬいぐるみである。茶色のふわふわとした毛に、赤色のリボン。小さい女の子なら、皆好きなデザインだ。
「わ! くまさんだぁ……っ!」
「『はじめまして、僕、クマさん! 君の名前を教えてくれる?』」
ぬいぐるみの手を動かしながら、クマになり切ってそう言えば、女の子はぱあと花が咲いたように笑顔になった。
「わたしはエリーナ。あのね、パパとママは、いなくなっちゃったから、さがしにきたのっ」
彼女の歳は、せいぜい5歳程度。となると、その親の歳は、20代が妥当だろうか。嫌な予感がティナの頭に過った。
(行方不明者リストの年齢と概ね一致するわ。もしかすると、エリーナちゃんの両親も……)
アリスティドも、同じことを思ったのだろう。問い詰めるように、小さな女の子に向かって尋問していく。
「そのパパとママは何歳なんだ? 貴族? 商人? 何をやってるんだ?」
「…………」
「攫われたとか? 仮面の男たちとか見てないか?」
「お願いだから、アリスは黙ってて……」
ティナは痛くなる頭を押さえた。アリスティドが『聞き出す手段が、尋問か拷問しかない』と言っていた理由がよく分かる。
エリーナは、目にうっすらと涙を浮かべたまま答える。
「ちがう。パパとママは、きのうの夜、あそびに行ったんだ。そこから帰ってきてないの。だから、わたし、こっそり、おやしきをぬけ出してきてパパとママを探しにきたの……」
「そっか」
「三人でね、よくこの『しょくぶつえん』で遊んでたんだよ! パパとママどこにいっちゃったのかなぁ……」
「大丈夫よ、エリーナちゃん」
ティナが頭を撫でると、エリーナは「えへへ」と笑い声をあげる。横にいたアリスティドは、ポケットに手を突っ込んだまま立ち上がった。
「心配いらないぞ。お兄ちゃんとおねえちゃんが解決してやるからな」
「おにいちゃんは、いや!」
小さな女の子からそう言われて、アリスティドは少しショックを受けたような表情になった。
「俺、わりと子ども好きなんだけどな……」と零したアリスティドを、信じられないものを見る目で見つめる。
(まさか、本気で子どもに好かれるつもりで、話していたのかしら……)
だとしたら、余りに会話のセンスが無さすぎる。
「とりあえず、ジャックとカイルにおうちを調べてもらって、エリーナちゃんを送ってもらいましょうか」
「そうだな。デート一時中断だ」
そうして、アリスティドから引き離したエリーナの手を引きながら、ティナはクマのぬいぐるみを一旦アリスティドに押し付けた。
「そういや、君、これどうしたんだ」
「…………」
「明らかに、バッグとサイズ感あってないだろ。このぬいぐるみ」
ポスポスとぬいぐるみを叩きながら、アリスティドは訝しげな視線を送ってくる。
「どこから、出した。魔法か?」
「そんなわけないでしょう」
「存在しない」ものを「存在させる」という魔法は、それこそ滅びてしまったヴェルノクス公国の大公家が使う幻影魔法である。そんなもの、世界を揺るがしかねない。
ティナは、ふっと笑いながら答える。
「――――魔法と言えば、魔法。魔法じゃないといえば魔法じゃない」
ティナは得意げな表情を受かべて、アウレリア王国の皇太子を見つめる。
「手品よ。芸は身を助けるって本当ね」
ティナは、アリスティドに向かってウインクをしておいた。




