23.カフェの張り込み
相変わらず朝からメイドに磨き上げられる生活は健在である。
ティナは、婚約者候補という立場を少し面倒に思っていたものの、この全自動入浴サービスだけは、心から婚約者候補になって良かったと思うことのひとつであった。
今日は、水色のワンピースの襟元に、白いスカーフを付けた清楚な装いだ。ティナは、物欲は無かったが、ヘアメイクをされて可愛い洋服を着るのは、やはりテンションが上がった。
(うん、ばっちりね)
本日の装いは、少しおしゃれをした商人の娘、といった所だろうか。ティナは鏡の前で満足げに頷いていた。
(メイドさんたちは、ちょっと地味なんじゃ……って言っていたけれど、調査なんだから派手にしていく必要なんてないのよね)
ティナは、鏡に映った自分を見ながら、頬を押さえた。
「しっかり、私、調査、頑張ろう!」
「デート前に気合入れてくれてるのか? ……嬉しいな」
「びゃっ……!?」
自分の体を自分で抱きしめるようにして振り返れば、そこにはシャツとベストの上に、薄手のカーディガンを羽織った男がいた。
カーディガンは敢えて大きめのサイズを着ているらしく、袖は少し余っており、手の甲の半分まで隠れていた。
「いつ、入って来たのよ」
「いつも何も扉が開きっぱなしだったぞ」
心配するように覗き込んでくる顔には、大きめのカーディガンの袖からちょこんと出た手が添えられている。
(あざとい。分かってやってるんだわ。この人は……)
「今日は、少し夏っぽくて爽やかで良いな。髪もアレンジしたんだな? 良く似合ってる」
「あ、ありがとう……」
アリスティドは、褒める時に躊躇をしない。まるで、息をするかのように自然にぽんぽん褒めるものだから、言われた側が照れてしまいそうになる。
アリスティドは、なぜかティナのことをじっと見つめてくる。
「なに?」
「――――ねえ、俺は?」
褒め言葉を期待するような眼差しだ。
悔しいけれど、ティナにはここで彼に嘘を付いてまで意地悪する理由はない。
「アリスも似合ってるわよ、すごく」
「……知ってる」
今日は、いよいよアリスティドとティナが調査に繰り出す日である。
褒められた彼は、カイルから貰った地図を手にして、機嫌が良さそうにティナの前を軽い足取りで歩いていくのだった。
◇
「ねぇ、これって調査よね」
「調査だぞ?」
ティナとアリスティドは、丸テーブルに向かい合って座っている。赤のギンガムチェックのテーブルクロスがかかった、ずいぶんとファンシーなテラス席で、ティナは溜息をついた。
「……普通にカフェを楽しんでいるようにしか見えないんだけど」
ティナは、一足先に届けられたコーヒーをちまちまと飲んでいた。近年、アウレリアも輸入するようになったらしいコーヒーは、甘い物が苦手なティナにとっては最高の飲み物だった。
「お待たせしました。クリームソーダのお客様」
「あ、俺です」
控えめにアリスティドが手を挙げる。
テーブルに、差し出されたのは、自然界に存在しているとは思えない真緑の液体に、バニラアイスの乗った異様な飲み物だった。
視界に入るだけで胸やけがしてくるようだ。
「また甘ったるそうなもの飲んでる……」
「飲むか?」
「いい」
ティナは、差し出されたストローを押し返す。甘ったるいのも飲みたくないが、アリスティドとストロー越しに間接キスするのも気が引けた。
誤魔化すように、ティナはカイルから受け取った地図を眺める。
「……本当にここで情報収集ができるの?」
「カイルの情報収集力は我が国いちだと言い切ってもいいぞ。『毎週水曜日、ここで王立学院のOG女子会が開かれる』という情報には、間違いがないはずだ」
ティナの頭に、綺麗な顔の青年が思い浮かぶ。
彼の仕事っぷりを考えれば、情報は確かなんだろうが、なにせこのままでは、ただデートをしているだけである。
ティナが、ぼーっと顔だけは綺麗な男を眺めていた時だった。
「聞きました? ……ほら、ルシアン様の話!」
ティナとアリスティドは、ぱちんと目を合わせる。無言のまま頷きあい、ぴんと聞き耳を立てた。
ちょうどティナの後ろの席に、わらわらと人が集まってくる気配を感じる。
「聞いたわよ、あれでしょ、卑しい女にハマって婚約破棄したんでしょ? お相手が可哀そうよねぇ」
「そんな方には見えなかったけれどね!」
「確かに! ルシアン様ってちょっと冴えない感じだものね」
「でも、眼鏡外したら、すっごくカッコいいんですから」
「えぇ!?」
きゃっきゃと会話に花を咲かせている女子たちは、まさか自分たちの会話が聞かれているとも思うまい。
令嬢の1人が思い出したように「あ」と声を上げる。
「そういえば! この前、深夜歩いてたら、見たのよ! ……びっくりするくらい綺麗な女性と歩くルシアン様!」
「あれ、でもルシアン様って領地に帰ったんじゃなかったかしら」
「なんか王都に滞在してるんじゃないの? 知らないけど」
「うーん、よくわかんないわね」
「ていうか、聞いてよ。私のこの前のデートの話なんだけど――――」
そこで、ルシアンの話は終わり、令嬢たちは恋バナに花を咲かせ始めた。ティナは、話に聞き入ったせいで、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。
(ルシアンは、やっぱり拘束されてないのかしら。夜に女の人と出歩けるくらいには……)
「なるほどなぁ……」
アリスティドは、なぜかニヤニヤとした笑みを浮かべて、バニラアイスをソーダに溶かし込んでいる。
その顔は、どう考えてもルシアンのことを考えているわけではなさそうだ。
「そうだった……君、フッたんじゃなくて、フラれたんだったな」
「…………」
ティナは、遠い目をした後、開き直ったように、息を吐いて言った。
「そうよ、私はフラれたの。残念ながらね!」
演じていたルイーズはティナとは似ても似つかない性格ではあるが、やはり自分であることには変わりはない。
(わざわざ分かっていることを何度も言う必要ないじゃない!)
クリームソーダを飲みながら、アリスティドはティナをじっと見つめてくる。深海のような、闇夜のような目が、なぜか愛おしそうにティナを捉えた。
「――――勿体ない男だな」
「えっ?」
ぽつんと呟いた言葉を聞き返そうとしたけれど、アリスティドは、「なんでもない」と言って教えてくれなかった。




