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第六話

 四方を森に囲まれただだっ広い平原。その隅の小さな丘にカミールたち士官は馬に乗っていた。目下に広がるのはまるで壁のように横列に広がった兵士たち。右翼、中央、左翼の三つのパイク部隊がハリネズミのように密集し、その前面には銃兵達が横一列に並んでいる。左右パイク部隊の後ろには一番重装備をしている騎兵隊がおり左翼騎兵隊の中にはジークフリートも混ざっていた。


 カミールは単眼鏡を構える。彼らの遙か前方にはゴブリンを中心とした魔族が歪な形の剣を打ち鳴らし今か今かと戦うのを待ちわびている。やがてしびれを切らしたのか魔族はリーダーと思われるオークの指示により前進する。


 彼らの構成は、前面に突撃隊のゴブリンが配置され十匹に一匹程度の割合でオークが混ざっている。後方にはゴブリンの弓兵が二列横隊で配置されていた。


「俺たちも行くぞ」

 軍団長は漆黒の馬に鞭を打つと丘を駆け下りていく。

「前進! 前進せよ!」


 軍団長の号令で各大隊の太鼓が軽快なリズムを奏で、兵士たちはリズムに合わせて足ぶみを始める。鋭い笛の音が空気を切り裂き大隊旗が振り下ろされ、壁とハリネズミの行進が始まった。


 カミールも馬に乗りながら移動し、徐々に近づいていく彼我の距離と共に心拍数を高鳴らせていく。無意識にマルタを見た。彼女がいる場所は事前に確認していたのですぐに見つけることができたが、やはり男たちに混じる彼女の姿は余計に小さく感じられ、生き残ることができるのか心配になってくる。とは言え当の本人は決意に満ちた顔でしっかりと銃を抱えて一歩一歩を踏みしめており、むしろ周りの男どもの方が今にも泣きそうな顔でビビっていた。


 両者の距離はまだ余裕があったが、何千もの魔族が立ちふさがるのを見ると距離感がわからなくなり手が届いてしまいそうに錯覚してしまう。やがて弓兵の射程に入ったのかゴブリン達が弓を構える動作をした。同時に太鼓が停止のリズムを鳴らし、戦列が止まる。パイク部隊最前列のマスケット銃兵は一脚を地面に立てると大口径のライフルを敵に向かって構えた。


 弓兵の一斉掃射により弧を描くように飛んできた矢は大半が目前の地面に突き刺さったが、何本かは隊列に命中しパイク兵が数人倒れる。


 轟音と共にマスケット銃から白煙が吹き上がり最前列のゴブリンが何人かひっくり返る。ゴブリンらは盾を構えながら前進を続けるが、銃弾は木の盾を簡単に貫通し、木片と血潮を後列の仲間に振りかけた。


 弓兵が掃射を行う。今度は半分以上の矢が降り注ぎ、食らった兵士らは悲鳴をあげながら地面をのたうちまわる。


 修羅場を経験している傭兵は仲間が隣で死んでもうろたえる様子はないが、銃兵達は今にもパニックを起こしそうな状況であり、実際兵士数人が逃げ出そうとしたがジークフリートがピストルで一人を撃った。


「逃げるな! 逃走兵は射殺だぞ!」

 一緒に逃げようとした兵士は殺されたのを見て慌てて隊列に戻る。そうこうしている間に彼我との距離は詰まっていく。


「構えぇ!」

 号令によりアルケブス銃兵の最前列が銃を構える。

「撃てぇ!」


 マスケット銃兵とは比べ物にならない程の銃声が脳を震わせ、白煙で視界が塞がれる。驚いた馬に振り落とされそうになりながらも何とか体制を立て直す。視界が晴れると、敵の隊列が乱れていた。


「撃ち方よーい!」


 魔族たちは逃げるより一か八かの突撃をする道を選んだようだ。不気味な咆哮をあげながらこちらに向かってくる魔族に、ジークフリートはあくまで冷静に命令を下す。


「撃て!」


 突撃したことで隊列が多少バラけたからか、一度目程の効果は得られなかったが集中砲火を食らった魔族の一部隊が敗走し右翼の騎兵が突撃していく。距離から考えて、士官ははもう一度撃つのは無理だと判断し銃兵を下がらせた。


「お前らの出番だ! パイク兵前へ!」


 待ってましたと言わんばかり傭兵達は長いパイクを地面と水平に構え突撃に備える。カミールも馬から降りると剣を抜き、最前列に加わる。

 針山を前にしても構わず突っ込んでくる魔族に思わず冷や汗をかくが、体中にアドレナリンが回っており恐怖心は感じない。魔族たちは速度を緩めないまま武器を振り上げ、彼らの攻撃が届く前に傭兵はパイクを突き出した。


 ゴブリンも槍を持っていたが、パイクの長さには到底届かず一方的に串刺しにしていく。隙きを突いてパイクの下をくぐり抜けようとするものもいるが、カミールらが剣で一人ずつ切り捨てていった。


 銃により戦力を削られていた魔族はパイク部隊との消耗戦に耐えられなくなり、中央の部隊が瓦解したのを皮切りに撤退していく。


 勝敗は決した。銃兵に好きなように撃たせ、煙が晴れると死んだもの以外、魔族の姿は見当たらなかった。

 兵士たちは歓声をあげて勝利を喜ぶが、ジークフリートは難しい顔で魔族が去っていった方角を眺めていた。


「追撃するのですか?」


 戦闘後、野営地に戻ってから召集された士官会議でジークフリートが逃げた魔族の後を追うという発言をし、場にざわつきが走る。


「もう村は取り戻した。村人達は終戦ムードだぞ。俺らは傭兵だから金さえもらえりゃ続けてもいいが、手柄を得るために村人を使い潰すわけじゃないよな?」


 カミールもこの決定には懐疑的だった。しかしジークフリートは首を振ると呆れるように溜め息をついた。


「お前は戦闘のプロかもしれんが戦争に関しては全くの素人だな。先ほどの戦いでは俺達が勝ったが、大半の魔族は逃げていったんだぞ」

「それがどうしたんだ?」

「奴らはバカだが理由もなく集結し村を襲ったりしない。襲撃した理由がなんであれ、一度追い返されたぐらいで諦めるとは思わないけどな」


 ジークフリートの意見は理に適っていた。しかし、もう一度戦うということはまたマルタが危険な目に合うことになる。カミールにとってはそれが唯一の気がかりだった。


 テントに戻るとマルタは疲れたのかぐっすりと眠っていた。魔族と戦っていたとは思えない、その安らかな寝顔につい見とれてしまう。やはり彼女を失うわけにはいかないと再認識するのだった。

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