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第五話

 次の日から銃兵は射撃訓練に並び、パイク兵と隊列を組んで移動する訓練も行われた。陣形の中央には四メートルもあるパイクを針山のように並べる傭兵が四角形に敷き詰められており、その左右を一般人らで構成された銃兵の三列横隊が伸びる。パイク兵の最前列には、銃兵の大多数が装備している銃よりも口径が大きいマスケット銃を装備した傭兵がしたり顔で陣取っていた。


 カミールはジークフリートと共に馬に乗り陣形の横を駆けていく。陣形から百歩程度の距離まで離れるとジークフリートは手を上げて士官へ指示を出した。


「前進!」


 兵士たちはリズミカルな太鼓の音に合わせ前に進んでいく。三百人の兵士たちが列をなして迫ってくるのは中々迫力があるものだったが、この手の集団行動は流石に傭兵も未経験なようで、進んでいくごとに列は崩れていき目前に迫る頃にはパイク兵は無意味に広がり銃兵の列は蛇のように曲がっていた。



 

「実は、作戦の決行が早まることになった」

 ジークフリートは難しい顔をしてつぶやく。夜、士官たちはいつものように集まり会議をしていた。


「輪番撃ちがまだ実践運用出来るほど洗礼されていません。何とかならないんですか?」

「それは他の大隊も同じことだが、我々が集結しているのを嗅ぎつけたのか魔族の動きが活発化している。奴らが混乱している内に片付けたいと言ったところなんだろう」

「何もぐるぐる回る必要はないんじゃないのか? 弾幕を張り続けたいのなら、三列になって撃った列をしゃがませればいい」

「なるほど、それなら器用に動く必要もないしすぐにでも習得できる。シンプルだがいい案だ」


 ジークフリートに褒められカミールは頬が上がるのを抑えることができなかった。他の士官達も感心するように頷く。


「今日はこれで終わりだ。干からびた雑草のようだった銃兵も徐々に兵士として成長している。最後まで気を抜かず練兵に励むように」


 会議が終わり皆はそれぞれのテントへ戻っていく。カミールも寝ようかとテントへ向かい歩いていると、地面に刺さったトーチの明かりが届くか届かないかの場所に何か丸っこいものがあるのに気がついた。しかももぞもぞと動いている。


「魔族、か?」


 気配を消したまま周囲を見渡すが人影はない。応援を呼ぶには声をあげるしかないようだ。しかし正体もわからない相手を興奮させるのは危険だと判断し、静かに剣を抜くと警戒しながら近づく。


 やがてその全体像がはっきり見えるほど近づくとカミールは安堵のため息をついて剣を仕舞った。マルタだった。小さな背中に栗色の髪が川のようにかかり寒そうに身を縮めている。


「マルタ」


 名前を呼ばれ彼女はビクッと肩を跳ねさせるとキョロキョロと辺りを窺う。緊張した面持ちのマルタはやがてカミールを見つけると露骨に表情を崩した。


「カミールさんか」

「こんな所でどうしたんだ? 夜風に当たると体調を崩すぞ」

「いやあ、それがですね……」


 彼女はバツが悪そうに苦笑を浮かべる。同じテントの奴らと喧嘩でもしたのだろうか。銃兵として参加した村人はほとんど男だったが、四、五人女も混じっていたはずだ。女は全員同じテントで寝泊まりしており、村人ではないマルタは疎外感を味わっているのかもしれないな。

「あ……」


 マルタはどこかを見て表情を固くする。勢い良く立ち上がるとショートソードを固く握った。

「どうした?」


 彼女の視線を追うと、暗闇の中から銃兵の男が歯をほじりながらのそのそと歩いてくる。その濁った瞳はマルタを真っ直ぐ見つめていたが、カミールと目が合うとすぐに逸し逃げるように闇の中へと消えていった。


 なるほど。カミールは彼女が一人でいる理由を理解し静かに怒る。最近は訓練も安定してきたから余裕が出てきた馬鹿が遊びを求めているのだろう。部外者のマルタは女しかいないテントにいても落ち着かず剣を片手にうとうとしていたのか。


 彼女の震える肩に手を乗せると振り返りじっと見つめてくる。こいつは俺が守らなくてはいけないな。


「マルタ、今日から俺のテントで寝泊まりしろ。あの辺りは日が暮れると士官しか寄り付かないし、広くてベッドも良品だぞ」

「え、えぇ⁉ 何言ってるんですかカミールさん! 年端もいかない女の子に俺と寝ろだなんて、はしたないですよ!」


 何を想像したのか、マルタは顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る。

「いや、俺も一緒に寝るとは言ってないんだが」


 そう言うと彼女は熱した鉄のように顔を赤くしてうつむいてしまった。気まずくなり、どうしたものかと頭を抱えていると彼女はぼそっと呟く。


「じゃあ、カミールさんはどこで寝るんですか?」

「野宿用の寝袋を持ってきて星を見ながら寝ようかな」

「それじゃあ寒いですよ……分かりました、カミールさんは自分のベッドで寝てくだい。わたしは、寝袋を使いますから……テントの中で」

「まあそれなら安全だな」


 耳まで赤くなっているマルタとは反対に、カミールは何食わぬ様子でテントへ入ると散らかった荷物を隅に押しのけ、寝袋を敷く。剣をベッドに投げると自身も倒れるように寝そべった。遅れて入ってきたマルタはまだ緊張しているようだったが、上着を脱いで丁寧に折りたたむと枕代わりにして寝袋の中に入る。


「ろうそく消すぞ」

 燭台の火を消すと真っ暗になり、僅かに差し込む月明かりが風で揺れるテントの布を映し出している。マルタはどくどくと高鳴る自分の心拍音を聞きながら、か細い声で名前を呼んだ。

「カミールさん」


「なんだ?」

「わたし、生き残れるでしょうか」

「強いやつも弱いやつも、死ぬ時は死ぬ。変なこと考えてないで早く寝ろ」


 疲れていたのですぐに睡魔が襲ってくるが、マルタはまだ眠れないのか話を続ける。


「もし死んでしまったら、お父さんとお母さんに会えるんでしょうか」

 どうなのだろうか。戦場で育ってきたカミールにとって宗教など遠い世界の話だった。死んでからのことなど、死んでから考えればいい。


「一つ確かなことは、魔族がいる限り殺される人間も増え続けるだろう。あの世が人で溢れかえったら、いざ死んだとき両親を探すのに苦労するぞ」

「くすっ、そうですね。今は精一杯戦ってみます」

「満足したか? 明日は早い、夜更かしすると体が動かなくなるぞ」

「は~い。おやすみなさい」


 やがてマルタのか細い寝息が聞こえてくる。それを確認し、カミールも眠りに着いた。

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