なにか思い違いをしているよ
なるべく浅葱さんを一人きりにしたくないので、あたしは帰り道を急いでいた。駅までの道のりにはまばらな街路樹の影しかないので頭がくらくらする。
コンビニのカフェがあたしを誘惑していたけれど、なんとかあたしは耐えきった。
駅の近くで誰かがあたしの横に並んだ。
あたしは『悪意』のことを思い出してどきっとしたけれど、それはべつに変な人ではなくてよりこちゃんだった。
「だれか見てるかも知れないから、歩きながら聞いて――」
よりこちゃんはあたしの方を見ずに並んで歩きながら言った。
「――初花、わたしのことをさけてたでしょ。ちょっと傷ついた……でも、なんとなくわかるよ。わたしは初花が盗んだだなんて思ってない。だって、学校で盗んだものを学校に持ってくるなんて……かなり馬鹿だよ? ふつうそんなことしないよね」
よりこちゃんは恐い顔をしていた。たぶん怒ってる。よりこちゃんはなんていうか男前なので、曲がったことが大嫌いだ。
「初花のまわりでおかしな事が起こってる。あたしに隠す必要はないよ。ほんとうのことを言って」
「ほんとうのことって? どうしたのよりこちゃん」
「誤魔化さないで、初花が変になったのは、あの浅葱とかいう女がやってきてからだよ。わたしちゃんと見てた」
「ちゃんと見てたって……な、なんのこと」
「言わなきゃダメなの? 部活では初花だけぼろぼろのラケットとシューズを使ってた。シューズなんか底に穴が空いてたじゃない」
――それは、たんにあたしがずぼらで、買い物が面倒だったからだ。言えば浅葱さんはいつでも新しいのを買ってくれた。
「持ってきてるスポーツドリンクは水と同じ、あんなの薄めてるってレベルじゃないよ。お弁当の料理はどれも塩気がなくて病人食みたい。嘘をついてもダメよ、わたしちゃんと確かめたんだから。見た目はまともだけど人間の食べ物じゃないわ」
――浅葱さんは味覚音痴なので、それは仕方ない。べつに悪気があってしていることじゃない。
「今だって、まっすぐ帰るのはあの女のためでしょ。それって洗脳の手口だよ。時間と自由を奪えば、どんな考えだってふきこめる」
「よりこちゃん……もうやめて――」
「やめない! それって虐待だよ……それでいいの初花?」
「……よりこちゃんは、きっと、なにか思い違いをしているよ」
よりこちゃんはあたしの腕をつかんで向き直らせた。睨みつけるようにあたしの目を覗き込こむよりこちゃんは、なんだか知らない人みたいで怖かった。
「思い違いじゃない。初花だってわかってるでしょ。どうして隠すの?」
「ほんとうに、そんなんじゃないの。あたし隠してなんか――」
「我慢する必要なんかない。あたしのお父さんはPTAの役員だし、親戚のおばさんは市役所の福祉課につとめてる。あんな女どうだってできるよ」
よりこちゃんの目は底光りがするようで、まるでよりこちゃんじゃないみたいだった。
こわくなったあたしは、つかむ手を振り払ってよりこちゃんから逃げ出した。
軽いパニックで、頭が真っ白になっていた。
そんなわけない、浅葱さんはいつも優しくて、ほんとうのお母さんみたいにしてくれていた。あたしを傷つけようとするわけがない。もし、そうだとしたら……それは浅葱さんが自分でも知らない、もう一つの人格のせいだ。




