大切な人が傷つくのは
どこをどうやって歩いてきたのか覚えていない。
パニックのせいで記憶が飛んでいた。
気がついたら地下鉄のホームに下りてきていて、改札の前だった。
ぼんやりと立っているあたしを迷惑そうによけながら、通学の学生が通り過ぎていった。
よりこちゃんが追いかけて来ているかもしれないと思って、あたしは地下鉄構内の大きな黒い柱に身をかくした。あたしのあやしい行動を駅員さんが見ていて、恥ずかしくなったあたしはうつむいて自分の爪先を眺めた。
女の人の悲鳴が聞こえた。それは年配の女性の声で、助けを求めていた。
「だれか! だれか救急車を呼んで下さい! 早くだれか!」
胸騒ぎがして、じっとしていられなくなった。なんだかひどくいやな予感がした。あたしは来た道を学校の方へ戻った。
立ち止り、騒ぎの方を眺めている男の人がいた。
笛をふきながら走ってくるのは、構内を警備しているガードマンで、腰に黒い折りたたみ式の警棒が見える。
地下へ下りる階段のところは、たくさんの電光広告に囲まれていて。その真ん中に人だかりがあった。
人だかりの中心には、あたしと同じ制服の女の子が倒れていた。
そんな、そんな――。
「よりこちゃん! 通して! 通してください!」
夢中で人ごみをかき分けようとしたけれど、なかなかよりこちゃんにはたどり着けない。
――わたしの敵は、わたしの大切な人を傷つけようとするの。
浅葱さんの言葉が、頭の中によみがえった。
――そんな……よりこちゃんは関係ないのに。
よりこちゃんは両手で膝を押さえ、体を丸めていた。顔は真っ青で、額には脂汗が浮かんでいる。
あたしは浅葱さんの気持ちを理解した。
大切な人が傷つくのは、自分が怪我をすることより、ずっと怖かった。




