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10.扉

雨上がりの夜だった。


こども食堂『聖焔ベーカリー』は営業を終え、店内にはパンの残り香だけが漂っている。


厨房ではマリアが静かに片付けをしていた。


その奥で、ルシフェリアが珍しく真剣な顔をしている。


ルシフェリアの前には、空中に浮かぶ大量の魔法陣。


そして店の壁際には、一枚の木の扉が立っていた。


ただの扉。


だが、その周囲だけ空気が歪んでいる。


「接続確認」


ルシフェリアが呟く。


ガルディオスが答える。


「VR魔王城との空間同期率98%。一時ゲートとしては安定しています」


「よし」


マリアが少し不安そうに聞く。


「本当に現実世界へ繋げるのですか?」


「実験だけ。通路を固定できるか確認したいだけだから」


「危険では?」


ルシフェリアは少し考える。


「……まあ、多少は」


多少、ではない。


VR魔王城は「攻略型高難度ダンジョン」である。


・即死罠あり

・ボス魔物あり

・呪詛エリアあり

・初見殺し多数


つまり普通に危険。


その時。


入口ベルが鳴る。


「おーっす」


嫌なタイミングで現れた。


ユウである。


ユウは店内を見回し、すぐに扉に気づく。


「何これ?」


ルシフェリアが即答する。


「触るな」


「え、なんで?」


「危ないから」


ユウは真顔になる。


「……つまり、勇者案件か」


「違う」


マリアが口を開く。


「ユウさん、その扉はまだ実験段階で――」


しかしユウはもう近づいていた。


「いやでもこういうのって、“選ばれし者だけが入れる扉”とかだろ?」


「違うって言ってる」


ユウはドアノブを握る。


ルシフェリアが顔色を変える。


「待っ――」


カチャ。


扉が開く。


黒い風が吹き出した。


そしてユウの姿が吸い込まれる。


静寂。


数秒後。


ルシフェリアが頭を抱える。


「なんで開けるの……」


ガルディオスは淡々と言った。


「自称勇者として極めて自然な行動です」


「最悪の自然だよ」




◇◇◇




ユウは石畳の床に転がり落ちた。


「いてっ……」


顔を上げる。


そこには巨大な城門。


暗紫色の空。


燃える篝火。


遠くから聞こえる咆哮。


完全に“魔王城”だった。


ユウは数秒黙る。


そして立ち上がり、なぜか少し嬉しそうに言う。


「……やっぱ俺、勇者だわ」


違う。


その瞬間。


城壁の上から警報音が鳴り響く。


《侵入者確認》


《侵入者確認》


《低レベル個体の生存率:3%》


ユウは固まる。


「え?」


次の瞬間、床から槍が飛び出す。


「うおぉぉぉぉ!?」


間一髪で転ぶ。


偶然避けた。


通路の奥からは鎧の魔物が現れる。


ユウは叫ぶ。


「いや聞いてない!!」


一方、現実側。


ルシフェリアは猛烈な勢いで制御パネルを操作していた。


「なんでよりによって中央侵入ルートに飛ばされてるの!?」


ガルディオスが答える。


「勇者属性判定による自動振り分けです」


「余計な機能つけた過去の私!!」


マリアは冷静だった。


「助けに行きましょう」


「当然!」




◇◇◇




ユウは全力疾走していた。


後ろから魔物。


横から罠。


上から火球。


完全に死にゲーである。


だが奇妙なことが起きる。


なぜかユウは、


・初見なのに危険地帯を避ける

・崩れる床のタイミングを読む

・魔物の攻撃を直感で避ける


本人も理由が分からない。


「なんで分かるんだ俺!?」


だが身体だけが覚えている。


前世の記憶ではない。


もっと曖昧な、


「勇者だった頃のクセ」


だけが残っていた。


そして曲がり角を抜けた瞬間。


目の前に巨大な扉が現れる。


禍々しい玉座の間。


ユウは青ざめる。


「いやこれ絶対ラスボス部屋!!」


その時、転移光が走る。


ルシフェリアが現れた。


「帰るよ!」


「助け来るの早くない!?」


「死なれると面倒だから!!」


直後。


背後の扉がゆっくり開き始める。


中から漏れる圧倒的な魔力。


ユウは震える。


「……あれ何」


ルシフェリアは即答した。


「私」


「怖っ!?」


そして二人は強制転移で現実へ戻される。


静かなこども食堂。


ユウはしばらく床に座り込んでいた。


そしてぽつりと言う。


「……俺、たぶん本当に勇者なんだと思う」


ルシフェリアは疲れ切った顔で答える。


「その思い込み、たまに世界を壊しかけるからやめて」


その日以降。


扉には大きく張り紙が追加された。


『絶対に開けるな』


翌日。


ユウはそれを見て言った。


「こういうのって開けるフラグだろ?」


ルシフェリアは本気で泣きそうになった。

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